体軸の形成
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2.5 体軸は、ショウジョウバエ胚がまだ合胞体のうちに形成される
左右相称のすべての動物で見られるように、ショウジョウバエの幼虫は、おおむね独立した2つの体軸を持っている この2つの体軸とは前後軸と背腹軸であり、これらは垂直に交わる これらの体軸はショウジョウバエ卵のなかで既に部分的につくられており、多核性胞胚葉ステージの初期胚において、完全に確立される 胚は前後軸に沿って、将来に幼虫の頭部、胸部、腹部を形成することになるいくつかの広い領域に分けられる https://gyazo.com/856ef4a7e6b0cadf9759492704d4e961
胸部と腹部は、胚が発生するにしたがって、体節に分けられる 幼虫のそれぞれの体節と頭部は、クチクラの外部構造や内部構造からわかるように、独特な特徴を持っている 胚の背腹軸は、胚発生の初期に4つの領域に分けられる 筋肉や体内の他の結合組織を形成することになる
幼虫の神経系を形成することになる
胚の表皮を形成する
胚の背側で胚膜を形成する
初期胚の前後軸と背側軸に沿った組織化は概ね同時に起こるが、それぞれの体軸は、独立した機構により、異なったセットの遺伝子によって指定される
このため、転写因子の濃度勾配が多核性胞胚葉の中で形成され、核はこれを位置情報として解釈する 初期発生でのパターン形成は、胞胚用表層に一層に並んだ核で、あるいは細胞化が起こった後では一層の細胞で起こるため、基本的には二次元の現象 しかし、体軸に基づいて形成される内部構造を持つ幼虫は、三次元の物体
この第三の次元は、のちの原腸陥入によって形成される
2.6 母性因子が体軸をつくりあげ、ショウジョウバエ発生の初期段階を制御する
約50の母性遺伝子が、2つの体軸をつくりあげるために働き、位置情報の基本的な骨組みをつくっている この位置情報は後に、胚自身の遺伝的プログラムによって解釈されることになる
胚性遺伝子の発現によるその後のパターン形成は、母性遺伝しの産物によってつくられた骨組みをもとにして起こる https://gyazo.com/b217af0ed400f4c76a56237c7a069567
発生が始まったあと、母性mRNAは翻訳を受け、合成されたタンパク質は胚の核に働きかけて、それぞれの体軸に沿った空間パターンで胚性遺伝子を活性化する
その結果、次のパターン形成の舞台が設定される
ショウジョウバエからは、発生の全般的な原則がよくわかる
胚のパターン化は一連の段階を経て起こる
広い領域の指定が最初に起こり、これらの領域は遺伝子活性に見られる固有の特性で特徴づけられる、多数の小さな領域へと細かく区分されていく
発生に重要な遺伝子は、厳密な経時的連続性をもって機能する
それらは遺伝子活性の階層をつくり、あるセットの遺伝子の機能は次のセットの遺伝子が活性化するのに必須
これによって順次、次のステージの発生が起こっていく
2.7 3つのクラスの母性遺伝子が前後軸を決める
母性遺伝子の産物がどのようにして胚の前後軸をつくりあげるのか 母親の胎内で卵が形成される際の母性遺伝子の発現によって、受精前の段階で前後軸に沿った違いが卵の中につくられる
これらの相違によって、将来の成虫の前端と後端が既に区別されている
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胚の前方に影響を与えるもの
bicoidのような前方クラスの遺伝子の突然変異では、頭部や胸部の構造が縮小したり無くなったりするほか、それらが口部構造で置き換えられる場合もある 胚の後方に影響を与えるもの
nanosのような後方クラスの突然変異では、腹部領域の欠失により正常より小さな胚になる 胚の両端に影響を与えるものの
末端クラスの突然変異には、先端と尾節似影響を与えるtorsoなどがある ショウジョウバエの遺伝子に特有の命名法では、その突然変異の表現型の特徴を描写しようとした発見者の試みが反映される
nanosはギリシャ語で小人、torsoは胚の両端が欠失していることを反映
2.8 Bicoidタンパク質は、前後軸に沿った濃度勾配をつくるモルフォゲンである
受精の後、bicoid mRNAは翻訳され、Bicoidタンパク質が前端から拡散することで、前後軸に沿った濃度勾配を形成するものと考えられてきた しかし、最近得られた証拠と古い研究成果を合わせると、Bicoidタンパク質の濃度勾配に先立って、卵表層の微小管に沿って輸送されるbicoid mRNAの濃度勾配が形成されていることが示唆されている https://gyazo.com/af8e498326625deafd78ddd549648b50
bicoid mRNAの翻訳によって、Bicoidタンパク質の濃度勾配が形成され、これが前後軸に沿ったさらなるパターン形成に必要な位置情報になる
歴史的に見て、Bicoidタンパク質の濃度勾配は、パターン形成を制御していると仮定されてきたモルフォゲンの濃度勾配の存在を示した最初の確実な証拠 bicoid遺伝子の役割は、ショウジョウバエ胚を用いた遺伝学的実験と物理的実験によって解明された
bicoid遺伝子を発現していない雌成虫からは、正常な頭部と胸部を持たない胚が得られる
局所的に存在する前方部の発生に必要な細胞質因子の役割に関する別の研究では、正常な卵の前端に小穴をあけ、細胞質を漏出させた
この胚はbicoidの突然変異胚と驚くほどよく似た異常を示した
この結果は、bicoid突然変異の卵で欠失した因子を、正常な卵は前端の細胞質に含んでいることを示唆している このことは、野生型胚の前端の細胞質で、bicoid突然変異胚を救済できることによって確認された
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つまり、野生型の前端の細胞質を、bicoid突然変異胚の前端に注入すると、正常に発生する
さらに、もし正常な前端の細胞質をbicoid突然変異受精卵の中央部に注入すると、頭部構造が注入した場所に形成され、その周辺は胸部体節に変化する
これによって、注入した場所をはさんで鏡像対称のからだのパターンが形成される
これらの実験の最も単純な解釈は、bicoid遺伝子は前端で最も高くなるBicoidタンパク質の濃度勾配をつくりだし、その機能が胚の前方構造をつくりあげるために必要であるというもの
→Box 1D
Bicoidタンパク質に対する抗体を用いた染色では、Bicoidタンパク質は未受精卵には存在しないことが示されており、bicoid mRNAは受精後にタンパク質に翻訳される
受精後、bicoid mRNAは前端から拡散し、mRNAの前方から後方への濃度勾配を形成する
このmRNAの濃度勾配は、Bicoidタンパク質の能動勾配へと翻訳される
Bicoidは転写因子であるため、胚の核に入って、胚性遺伝子の転写を活性化する 多核性胞胚葉が形成される時期までには、前端で最も高レベルな、核内のBicoidタンパク質の前後軸に沿った明瞭な濃度勾配が認められる 測定の結果は、有糸分裂ごとに核の数が増加し、核膜が壊れたときにBicoidタンパク質が核から細胞質に漏れ出るにもかかわらず、濃度勾配に沿った任意の場所にある核内のBicoidタンパク質が一定に保たれていることを示していた Bicoidタンパク質は、モルフォゲンとして機能している
これによって、前後軸に沿った新しいパターンでの遺伝子発現が始まる このためbicoidは、ショウジョウバエの初期発生の基本となる母性遺伝子である
前方クラスのその他の母性遺伝子は主に、卵形成の過程での卵の前端へbicoid mRNAを局在化させることや、bicoid mRNAの濃度勾配の形成、あるいは受精後の翻訳を制御することに関係している
ショウジョウバエの発生におけるbicoid遺伝子の重要性を考えると、bicoid遺伝子が、ミバエやクロバエ類などの最近に進化した双翅目の小さなグループだけに存在することは指摘しておくべきだろう 昆虫のように大きく多様なグループの動物においては、多くの異なる発生機構が進化したとしても驚くにはあたらない
2.9 後方のパターンは、NanosとCaudalタンパク質の濃度勾配によって制御されている
1つの体軸に沿ってパターンが適切に形成されるには、両端が規定されねばならないが、Bicoidタンパク質は前後軸の前端だけを指定する
後端は少なくとも9つの母性遺伝子の働きで来いめられ、これらを後方クラス遺伝子と呼ぶ 後方クラス遺伝子に突然変異が起きた幼虫は、腹部を持たないため正常より短くなる
母性の後方クラス遺伝子(例えばoskar)の産物の機能の1つは、未受精卵の後極にnanos mRNAを局在化させること bicoid mRNAのように、nanos mRNAも受精後に初めて翻訳される
この場合には、胚の後端を最大とするNanosタンパク質の濃度勾配が形成される
しかし、Nanosタンパク質は、腹部のパターンを形成するモルフォゲンとして直接働くわけではない
Nanosは、Bicoidとは全く異なった機能を持っている
母性 hunchback mRNAは胚全体に分布し、受精後に翻訳される
しかし少し後で、Bicoidタンパク質は胚の前方半分で胚自身のhunchback遺伝子の発現を活性化させる
前後軸に沿った正しいパターン形成には、Hunchbackタンパク質の分布が前方領域だけに限局されていることが必須
この分布パターンが胚の後部にある母性のHunchbackタンパク質によって乱されないよう、hunchback mRNAの翻訳は口部で抑制され、母性Hunchbackタンパク質の前後軸に沿った濃度勾配が形成される必要がある
Nanosタンパク質は、もうひとつの後方クラス遺伝子によってコードされるPumilioタンパク質とhunchback mRNAから成る複合体に結合することで、hunchback mRNAの翻訳を抑制する https://gyazo.com/a9e87fb6519a8c0a19de880f111b257e
母性Hunchbackが完全に除かれた胚では、Nanosは前後軸に沿ったパターン形成には不必要
進化は、すべての機構を"見渡して"、それを経済的に再設計することはできない
もし、遺伝子が"間違った場所"で発現してしまうことが問題であるとすれば、遺伝子の発現パターンを再設計するのではなく、Nanosが不必要なタンパク質を除去したように、新しい機能を導入してその問題を解決する
前後軸の後端をつくりあげるのに必要な第4の母性産物は、caudal mRNA このmRNAも受精した後にのみ翻訳される
caudal mRNA自体は卵全体に均一に分布する
しかし受精後に、BicoidによるCaudalタンパク質合成の特異的抑制によって、Caudalタンパク質の前後軸に沿った濃度勾配が形成される
Bicoidタンパク質は、caudal mRNAの3'非翻訳領域に結合する
胚の後端では、Bicoidタンパク質の濃度が低いので、Caudalタンパク質の濃度はその領域で高くなる
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caudal遺伝子の突然変異は、腹部体節の発生異常を誘発する
したがって、受精の直後には、前後軸に沿っていくつかの母性タンパク質の濃度勾配が形成されていることになる
Bicoidタンパク質とHunchbackタンパク質の濃度勾配は、前方で高く、後方で低い
これに対して、Caudalタンパク質の濃度勾配は、後方で高く、前方で低い
2.10 胚の前方端と後方端は、細胞表面受容体の活性化でつくられる
第3のグルーpの母性遺伝子は、前端に位置する先節よよび頭部領域と、後端に位置する尾節および最後端の腹部体節という、前後軸の両端の構造を指定する
torsoの突然変異胚は、先節と尾節を欠く
このことは、胚の両端の領域は空間的には離れているにもかかわらず、独立してではなく、同じ経路を用いて指定されることを示している
胚の両端の領域は、受容体タンパク質の局所的な活性化が関連した興味深い機構によって指定を受ける
活性化された受容体は、それが存在する細胞膜に面した細胞質にシグナルを伝達し、この細胞質が末端として指定される
この受容体がTorsoであr,torso遺伝子の突然変異体では、胚の両端が欠失する 受精後、母性のtorso mRNAが翻訳され、Torsoタンパク質は受精卵の細胞膜全体に均一に分布する
しかし、Torsoは受精卵の両端だけで活性化される
これはTorsoを活性化するリガンドが両端にのみ存在するから Torsoに対するリガンドは、分泌型タンパク質であるTrunkの断片であると考えられている Trunkタンパク質は、囲卵膣全体に分布すると考えられている
しかし、Trunkタンパク質を切断して、Torsoに対するリガンドとして働くTrunkタンパク質断片に変える作用の活性は卵の両極にしか存在しないため、このリガンドは卵の両極だけでしかつくられない
受精後に発生が開始されるまでには、少量のTrunkリガンドが産生され、Torsoと結合することになる両極の囲卵膣に存在するようになる
Trunkリガンドはごく少量存在するだけなので、そのほとんどは両極でTorsoと結合し、残って両極から拡散してしまうものはほとんどない
このような仕組みによって、受容体が活性化を受ける領域は両極に限定される
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リガンドの結合によって活性化されたTorsoは、発生中の胚の内部に細胞膜を横断してシグナルを伝達する
このシグナルは、胚の両極の核で胚性遺伝子の活性化を起こし、胚の両極を特徴づける
このキナーゼ活性は、受容体の細胞外ドメインにリガンドが結合したときに活性化され、受容体の細胞内ドメインは、細胞質のタンパク質をリン酸化することで、内に向かってシグナル伝達する 局所的な領域で受容体を活性化する巧妙な機構は、胚の両端の決定だけではなく、次に述べるように、背腹軸の形成においても用いられる 2.11 胚の背腹極性は、卵黄膜に存在する母性タンパク質によって形成される
背腹軸は、前後軸を決定するものとは異なる母性遺伝子によって指定される
基本的な機構は前節で述べたものとよく似ている
背腹軸の形成に関与する受容体は、母性タンパク質であるToll Tollタンパク質は、受精卵の細胞膜全体に存在する
背腹軸の腹側は、Toll受容体に対するリガンドが、腹側の囲卵膣だけでつくられることで決定される
ここでのリガンドは、Spätzleと呼ばれる母性タンパク質が分解されてできたタンパク質断片 受精後、Spätzleタンパク質自体は、胚の外部にあたる囲卵膣全体に均一に分布している
局所的なSpätzleタンパク質のプロセシングは形成中の卵の表面の3分の1にあたる
将来の腹側を覆う濾胞細胞だけで発現している少数の母性遺伝子によって制御されている 次にPipe酵素は、あるプロテアーゼの活性を胚腹側の卵黄膜に局在させるが、その機構はまだよく理解されていない こうして切断されたSpätzleタンパク質の断片は、胚の腹側の囲卵膣だけに存在するようになる
TollのmRNAは、卵母細胞に蓄えられ、受精までは翻訳されないと考えられている
Tollは受精卵の細胞膜全体にソンジするが、リガンドが囲卵膣の腹側に局在するために、Tollが活性化されるのは胚の将来の腹側だけ
Tollの活性化の程度は、リガンド濃度が最も高い領域で大きい
また、リガンドの濃度が低いと、限られた量のリガンドが受容体によって除去されてしまうために、その活性化レベルは急激に落ちる
Tollが活性化されると、その領域で胚の細胞質にシグナルが伝達される
この時期に胚はまだ多核性胞胚葉であり、このシグナルは、母性遺伝子の産物である細胞質タンパク質のDorsalを、近くの核に移行させる https://gyazo.com/c97c549e86b0ed807575d1521630f213
Dorsalタンパク質は、背腹軸の形成に重要な機能を持つ転写因子 2.12 背腹軸に沿った位置情報はDorsalタンパク質によって規定される
胚の最初の背腹軸は、前後軸が末端/前方/後方領域に分けられるのとほぼ同時期に、前後軸と直交して形成される
胚は最初、背腹軸に沿って4つの領域に分割されるが、このパターン形成は母性タンパク質のDorsalの分布によって制御されている
Bicoidタンパク質とは異なり、Dorsalタンパク質は卵の中で均一に分布している
最初、Dorsalタンパク質は細胞質に存在するが、腹側で活性化されたToll受容体からのシグナルの影響によって、段階的に核移行する
Dorsalタンパク質の濃度は腹側の核内で最も高く、Toll受容体のシグナルが弱くなる背側に向かうにしたがって、その濃度は減少していく
このため、胚の背側では、Dorsalタンパク質は核内にほとんど存在しない
Tollの機能は、Tollを欠いた突然変異胚が著しく背側化(dorsalize)する、つまり、腹側の構造が形成されないという観察によって明らかにされた これらの胚ではDorsalタンパク質が核に移行せず、細胞質に残って均一に分布する
野生型の胚の細胞質をTollの突然変異胚に移植すると、新しい背腹軸が形成される
このとき、腹側はいつも、細胞質を注入した側となる
Tollが存在しないと、もともとの腹側で産生されたSpätzleタンパク質の断片は、囲卵膣全体に拡散する これは、Spätzleと結合するTollタンパク質は注入された場所で細胞膜に取り込まれる
Spätzleタンパク質の断片はこれらのTollタンパク質に結合し、細胞質が注入された部位で、腹側を規定する一連の事象を開始させる
Tollタンパク質からのシグナルが無いと、もう1つの母性遺伝子の産物であるCactusがDorsalタンパク質と細胞質で結合することで、Dorsalタンパク質の核移行が妨げられる Tollが活性化されるとCactusタンパク質は分解され、もはやDorsalと結合することができない
このため、Dorsalは自由に核内に入ることができるようになる
Cactusを欠いた胚では、ほとんどすべてのDorsalタンパク質は核内で検出される
まとめ
母性遺伝子はハエ卵巣の中でmRNAとタンパク質を局在化させることによって、卵の中の領域的な差をつくり上げる。
受精後に母性mRNAは翻訳され、タンパク質の濃度勾配あるいはその局在として、胚の核に位置情報を与える
前後軸に沿って、母性Bicoidの前後方向の濃度勾配が形成され、これが前方領域のパターンを制御する
正常発生のためには、母性Hunchbackタンパク質が広報領域に存在しないことが必須であり、この翻訳抑制は、後方から前方の濃度勾配をもつNanosの役割である
胚の両端は、受容タンパク質Torsoが両極で局所的に活性化されることによって指定される
背腹軸は、核内のDorsalタンパク質の腹背方向の濃度勾配によってつくられる
これは、Spätzleタンパク質の断片によって、Toll受容体タンパク質が腹側で局所的に活性化されることによる