高機能な福祉国家だけでは極右の防波堤にならない
【Tooze】高機能な福祉国家だけでは極右の防波堤にならない。人々は絶対水準ではなく「昔の記憶」や「隣の豊かさ」と比較して不満を持つ。本当に失われたのは社会民主主義の「政治的な筋肉」——なぜこの社会が成り立っているかを説明する公的言論と、それを支えてきた社会的組織。欧州の戦後福祉国家はそもそも前半世紀の「殺し合い」という極めて暴力的な経験の上に構築されたもので、その土台が静かに侵食されてきた。
【Krugman の問い】社会民主主義の理屈では「ちゃんと人々の面倒を見れば、人々は民主的秩序を支持する」はずだ。でも現実にそうなっていない。これは何を意味するのか?
【Tooze の答え①:人は絶対水準で満足しない】
福祉国家が機能していても人々が不満を持つのは、人間が「絶対的な豊かさ」ではなく「比較」で幸福度を測るからだ。ベンチマークは常に動く。アメリカのウェストバージニアと比べて「ましだ」とは誰も思わない。人々が比べるのは①自分の親・祖父世代が持っていた安定した生活、②同じ社会の中で自分より豊かに見える層、③「移民に先を越された」という感覚——こういった相対的な比較だ。
【Tooze の答え②:「政治のない社会民主主義」になった】
Toozeはここで核心を突く。高機能な再分配システムが残っていても、それだけでは不十分だということ。
本当に必要なのは「なぜこの社会が成り立っているか」を説明し、共有する公的言論の空間と政治的実践だ。
かつての社会民主主義には、労働組合、地域の党組織、協同組合、教会(世俗化した形でも)といった中間的な社会組織が伴っていた。それが「社会民主主義の筋肉」——単に給付金を配る仕組みではなく、人々が「自分はこの社会の一部だ」「この仕組みはこういう理屈で動いている」と理解し、参加する回路だった。その回路が過去30年で静かに壊れてきた。「ウォーク」な意味での政治教育ではなく、「社会民主主義とはこういう論理で動く、こういうトレードオフがある」という地に足のついた説明を担う主体が消えたということ。 基素.iconなぜきえたの?
Sonnet 4.6.iconこの点についてはToozeの発言の中に直接的な説明はなく、「パットナム的な話(Putnam story)」という言及があるだけです。なのでここからは記事の内容を超えた話になりますが、Toozeが念頭に置いているであろう文脈を補足します。
ロバート・パットナムの「ボウリング・アローン」論
Toozeが「Putnam story」と言っているのはこれです。パットナムは2000年の著作で、アメリカ社会における「社会関係資本(social capital)」——町内会、労働組合、宗教団体、ボーリングリーグのような地域の自発的組織への参加——が戦後から一貫して衰退してきたことを膨大なデータで示した。みんなでボーリングをする人は減り、一人でボーリングをする人は増えた、という比喩で知られる。これは欧州でも同様の傾向が確認されており、Toozeはこの「社会的組織の侵食」を社会民主主義の基盤崩壊として援用しています。 では「なぜ消えたか」ですが、主な要因として複数が絡み合っています。
①脱工業化と労働市場の変容:工場・炭鉱・造船所という物理的な「場所」に労働者が集まり、そこで労働組合が組織され、政治的社会化が起きていた。製造業の縮小と並行してその「場」自体が消えた。サービス業・フリーランス・ギグワークに分散した労働者はそもそも組合を作りにくい。
②テレビ・インターネットによる私的娯楽への撤退:パットナムが最大の要因として挙げたのがテレビの普及で、人々が地域の集会に行く代わりに家でテレビを見るようになった。これがSNS時代にさらに加速している。「参加」から「消費」へ。
③宗教の世俗化:欧州では特に顕著で、キリスト教会は単なる宗教施設ではなく、地域の相互扶助・教育・社交の中心だった。その世俗化による空洞化は社会的組織の喪失と直結している。
④ネオリベラルな「個人化」の論理:サッチャー=レーガン以降の「社会というものは存在しない、あるのは個人と家族だ」という思想的気候が、集合的連帯の倫理を「古くさいもの」として周縁化した。連帯の言語そのものが失われていった。
⑤冷戦終結による「選択肢」の消滅:皮肉な話だが、ソ連という「あちらがいやならこちら」という対抗軸が存在していたとき、社会民主主義は「資本主義と共産主義の間の第三の道」として積極的に説明・正当化される必要があった。冷戦終結後、その緊張感が消え、社会民主主義は「空気のように当然あるもの」になり、説明する努力が失われた。
まとめると「消えた」というより「必要とされなくなったときに維持コストを払わなくなった」に近い。制度が成熟して成功したがゆえに自明化し、それを支える政治的実践が「もう要らないもの」として切り捨てられていった——その間に地盤が空洞化したというのがToozeの見立てだと思います。
基素.icon右派的なものがなくなって個人主義的なものが残った結果極右が台頭してるってこと?
Sonnet 4.6.icon少し違います。消えたのは「右派的なもの」ではなく、左右を問わず「集合的な社会参加の回路」全般です。ただそれによって受けるダメージが左右で非対称だった、というのが問題の核心です。
整理するとこういうことです。
消えたのは「中間組織」全般——労働組合も、地域の党支部も、協同組合も、教会も、みんな弱体化した。これは左派系の組織も右派系の組織も同様に侵食された。
しかしそのダメージは左派により大きかった。左派の支持基盤(労働者階級の連帯、組合、社会民主主義政党)はそもそも「組織による集合的行動」を前提に成立していた。個人に分解された労働者を「組合員・党員・連帯する仲間」としてまとめ上げる回路が命綱だった。それが消えると、左派政治の担い手が消える。
一方、右派ポピュリズムは個人化した社会に適応した。「あいつらのせいで俺の生活が悪い」という感情は、組織に参加しなくても個人レベルで持てる。SNSはその感情を増幅し接続するのが得意で、組合や党支部のような中間組織を経由しなくても「怒りの連帯」が形成できる。極右は組織なき個人の集合として機能できるが、社会民主主義は組織なしでは機能しない。
つまりご指摘の構図をより正確に言い直すと——「集合的な中間組織が消え、個人化した社会が残った結果、組織を必要とする左派が弱体化し、感情的な個人の怒りを束ねるのが得意な極右が台頭した」ということです。「右派的なものが消えた」というより、「左派が依存していたインフラが消えた」という非対称な被害の話です。
基素.icon自分は右派を連帯とか団結とかコミュニティが好きな人だと理解していたがそうではない?それともそうだけど今回は関係ない?
Sonnet 4.6.icon 「右派」は一枚岩ではなく、少なくとも二つの系統があります。
保守主義的右派——これはまさにあなたの理解通りで、教会・家族・地域共同体・国家への帰属意識を重視する。バークに始まる伝統的保守主義はまさに「有機的なコミュニティ」を左派の抽象的な個人主義・普遍主義に対置させるのが基本姿勢です。この系統にとって中間組織の侵食は本来「悲劇」のはずです。 新自由主義的右派——サッチャー・レーガン以降の系統で、個人の自由・市場・脱規制を重視する。「社会というものは存在しない」はサッチャーの言葉。この系統はコミュニティより個人の選択を優先し、中間組織の解体を積極的に推進してきた。 20世紀後半の欧米では、この二つが同じ「右派」として選挙連合を組んできた。そして実際に政策を動かしたのは後者の新自由主義的右派で、前者の保守主義的コミュニティ重視は選挙の「飾り」として使われながら、実質的には空洞化させられてきた——これは保守主義の思想家たちが長年嘆いてきたことでもあります。 今台頭している極右ポピュリズムはこの文脈でいうと面白い位置にいます。
「国民共同体・民族的連帯」を強く打ち出すので表面上は前者(保守主義的コミュニティ)に見えます
が、その「連帯」の中身はSNS上の怒りの共鳴であって、労働組合や協同組合のような相互扶助的な中間組織の再建には基本的に関心がない。「誰かへの怒りで束ねる連帯」と「共同作業の中で育つ連帯」は似て非なるもので、前者は組織インフラを必要とせず個人化した社会に適応できる、というのが今回の話の肝です。 基素.icon私は右派の同調圧力、パターナリズムが嫌いだが、それはそれとして相互扶助的な中間組織の再建は必要に思う
Sonnet 4.6.icon
相互扶助的な中間組織は本来、右派の専売特許でも左派の専売特許でもありません。19世紀末から20世紀初頭にかけて、労働組合・協同組合・共済組合・クレジットユニオンといった組織を作っていたのは、国家にも大資本にも依存したくないという動機からで、むしろ国家パターナリズムへの抵抗として発展した側面がある。クロポトキン『相互扶助論』(1902)もそうですし、初期の協同組合運動もそうです。「上から与えられる福祉」ではなく「横のつながりで自分たちで解決する」という発想は、同調圧力やパターナリズムとは本来対立します。 問題はその後の歴史の中で、左派はこれを「国家による再分配」に回収し、右派は「家族・教会・民族」に回収してしまったことで、「国家にも民族共同体にも依存しない、自発的な相互扶助」という第三の選択肢が思想的に居場所を失ったことです。
基素.icon「国家にも民族共同体にも依存しない、自発的な相互扶助」ってのはなんだろう?私の感覚ではコミュニティがあって国家がそれを緩くバックアップするイメージだった。コミュニティには家族とかも含まれるな
Sonnet 4.6.iconつまりあなたのイメージを図式化するとこうなります。
家族・親密圏 → 選択的中間組織(コミュニティ) → 国家による最終バックアップ
問題は現代社会でこの「真ん中の層」が薄くなっていることで、家族がうまくいっている人は家族に閉じ、家族が機能しない人は一気に国家(福祉)に直結するか、完全に孤立する。その孤立した個人が怒りのはけ口を極右ポピュリズムに見つける、というのが一つの経路です。
基素.iconコミュニティは家族以外にもインターネットの関係でも近隣関係でも部活動でもなんでもコミュニティと呼んでいて、家族がだえなら他に行けばいい、みたいな感じでしょ?一つに依存することはないってイメージだから別に自分のイメージでも問題はないと思う。まあそれらのコミュニティが組織だって活動してるイメージはあまりないけども
Sonnet 4.6.icon「複数のコミュニティに緩く所属していて、一つがだめなら別に行ける」というのはむしろ理想に近い形で、社会学的には「弱い紐帯 弱いつながり」の豊かさとして重要視されている話です。 最後の「組織だって活動するイメージはない」というのがまさに今回の議論の核心です。
緩いコミュニティの帰属感と、組織だった相互扶助は別物で、両方必要だということです。
たとえば、インターネットのコミュニティで精神的に救われる、部活で友人ができる、近所の人と顔見知りになる——これは「生きていける感覚」を支えるという意味で非常に大事です。
ただToozeが言う「社会民主主義の筋肉」はもう少し機能的な話で、たとえば労働争議のときに団体として交渉できる組合、地域の病院を守るために陳情できる住民組織、価格を共同で交渉できる農協や消費者協同組合、みたいな「集合的に何かを変える力」のことです。帰属感や居場所とは別に、この「集団として動く力」が相互扶助の実効性を支えていた。
今の緩いコミュニティはその前者(居場所・帰属感)は部分的に代替できているけど、後者(集合的行動力)はほぼ代替できていない。SNSで怒りを共有しても、それが組合交渉や政策変更に繋がるパイプがないと、エネルギーは発散して終わるか、むしろ極右的な「とにかく壊せ」という方向に流れやすい。 そこが「緩くていい、でも組織だった活動もどこかに必要」という話の分かれ目だと思います。
基素.icon労働組合とか、コミケの準備会みたいな、ある程度の利益が共通していて組織的に動けるものがないってことか。政府の信用がある場合政府に回収したほうが効率的にも思えるし、そうなっちゃうんだろうな
Sonnet 4.6.iconそうそう、まさにそういうことです。そして「政府に回収した方が効率的」というのは短期的には正しくて、だからこそそうなった。労働組合が獲得してきた権利を法律に組み込んでしまえば、組合費を払わなくても全員が恩恵を受けられる。協同組合でやっていた相互保険を国が社会保険としてやれば、規模の経済で安くなる。合理的な選択の積み重ねです。
ただその結果として「組織的に動く筋肉」が使われなくなり、萎えた。コミケの準備会の例えは面白くて、あれは「同人誌を安全に売り買いしたい」という共通利益を持った人たちが、政府に頼らず自分たちで場を作って運営するという見事な自己組織化の例です。ああいうものが政治・労働・地域の領域でも機能していたのが20世紀前半の社会運動の時代で、それが福祉国家の成功とともに「もう自分たちでやらなくていい」になった。 問題が出るのは、政府への信頼が揺らいだときです。政府が信頼できる間は効率的だが、政府が機能不全に陥ったり、緊縮財政で給付を削ったり、あるいは単に「政治家は俺たちのことを分かっていない」という感覚が広がったとき、本来なら中間組織がクッションになるはずが、その筋肉が萎えているので直接「全部壊せ」という怒りになる。極右ポピュリズムはそこを突いている。 コミケ準備会が面白いのはもう一つあって、あれは国家でも市場でもない第三の領域として機能していて、参加者が「自分たちが作っている」という実感を持てる構造になっている。その実感こそがToozeの言う「自分はこの社会の一部だ」という感覚を支えるもので、給付金をもらうだけでは得られないものです。
基素.icon多くの人が一致団結して目標のために主体的に参加して作り上げてる参加感みたいなのが重要ってことか。貢献欲求みたいなもの? Sonnet 4.6.iconそれは確実に一つの重要な要素です。ただ「貢献欲求」だけに還元すると少しずれる気がします。
貢献欲求で説明できる部分——「自分が関わって何かができた」という感覚、オープンソース開発、コミケ、地域の祭りの運営、ボランティアなど。これは確かに人を動かすし、「受け取るだけ」の関係とは質的に違う。
ただ中間組織が果たしていた機能はそれだけじゃなくて、もっと即物的な側面もあります。
労働組合なら「一人では言えないことを束になって言える」という交渉力。
協同組合なら「個人では買えない価格で仕入れられる」という経済的合理性。
共済なら「一人では背負えないリスクを分散する」という保険機能。
これらは別に参加感や貢献欲求がなくても、純粋に得だから参加するものです。
むしろ歴史的に強い中間組織は、貢献欲求に訴えるより先に「参加しないと損」という構造を持っていた。ユニオンショップの労組がそうだし、農協もそう。
Toozeが言う「社会民主主義の筋肉」は、その両方が合わさったもので、「参加したら得だし、参加する中で仲間ができて、仲間と一緒に社会を変えた経験が積み重なって、自分はこの社会の一部だという実感が育つ」という順番だったと思います。貢献欲求は原因というより、うまく機能した中間組織の中で育つ結果に近いかもしれない。
今この種の組織再建が難しい理由はいくつかあります。労働市場が流動化・分散化して「同じ場所に集まる」機会自体が減っていること、デジタルプラットフォームが「コミュニティのふり」をしながら実際には個人データを売る商売になっていること、そして参加に時間とエネルギーが要るのに生活の余裕がない人が増えていること。
ただ皮肉なことに、危機の時代には自然発生することもある。コロナ禍での近隣助け合いネットワーク、各地の食料銀行やフリーマーケットの爆発的な普及など、インフラが壊れると人は横につながり始める。問題はそれが持続的な組織に育つ前に消えてしまうことで、Toozeが言う「政治的な筋肉」とはたぶんその「持続させる意志と仕組み」のことです。
【Tooze の答え③:戦後福祉国家の「起源」を忘れてはいけない】
ここが一番重要な指摘かもしれない。戦後欧州の社会民主主義的福祉国家は、20世紀前半の極めて暴力的な内戦・大量殺戮の経験の上に築かれた。イタリア人がイタリア人を、フランス人がフランス人を、ドイツ人が周辺全員を、ポーランド人がポーランド人を——文字通りの殺し合いと革命と占領を経た社会が、「もうあれは繰り返せない」という強烈な集団的記憶を土台にして、きつく縛り上げられた冷戦期の妥協として作り上げたのが現在の福祉国家だということ。
つまりあれは「余裕があったから作った理想の制度」ではなく、「あんな地獄は嫌だ」という恐怖と経験から絞り出した妥協の産物だった。その恐怖を知っている世代が消え、「殺し合いの記憶」という土台が風化した。制度の外枠は残っているが、それを支えていた「なぜこれが必要だったか」という実感がなくなりつつある。
日本もそうだ基素.icon
①日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。...
戦後80年経って当時の記憶がある人がいなくなり、「合理的だ」といいながら戦争の足音をならす 【結論:ドイツ福祉国家は再分配の機能は残っているが、連帯の実感は消えた】
Toozeはこう締める。ドイツの福祉国家は今でも税引き後のジニ係数を劇的に改善する機能を持っている(数字は本物だ)。しかし「自分たちは機能する社会民主主義の一員だ」とドイツ人が感じているかというと——答えはノーだ。制度は生きているが、制度に魂を吹き込んでいたはずの政治的・社会的共同体の感覚が失われてしまった。
要するにToozeが言いたいのは、「福祉国家=お金を配るシステム」と矮小化したとき、そのシステムは脆くなるということ。本来の社会民主主義は再分配の仕組みと、それを支える政治文化・社会組織・歴史的記憶の三位一体だったのに、後の二つが30年かけて侵食された結果、前の一つだけが残って、しかもそれでも人々の不満は抑えられていない——というのが現在の欧州の構造的問題だという診断です。