集団の偏見を使うと対話ができない
大雑把に理解するためには集団まとめて評価が楽で、その集団に対しておおむね合っている偏見を身につけることができる
あまり興味のない物事には個人と属する集団を同一視する誤謬
これによって偏見を獲得する
偏見は対話を生みづらい
全数が大きくなると悪評の絶対数が多くなるのだから、組織が不当に評価した偏見を身につけてしまう
極端な意見で誤解が拡散する
精緻な議論をするためには個別ケースを見る必要がる
「自民党はクソ」と主語がでかい意見で十把一絡げに相手を括って議論を拒否するより、「自民党は別に一枚岩ではないからA派閥の議員に話を持っていこう」の方が建設的である
https://twitter.com/motoso/status/1369930221818839041
自称社会学者の「お粗末な議論」がきっかけで社会学が批判されていることについての私見
組織より個人の方が有名な場合がある
無名の組織の場合、所属している個人のアウトプットやチームのアウトプットからその肩書きに箔がつく
この場合、「あの会社知らなかったけど良いアウトプットしてる」となる