自分でコントロールできないものは外注するな
金にならなそうだが必要ものはアウトソースするのは良いこととされるが、この視点だけでは足りない
失敗例
https://youtu.be/6jFShgOV5WM?t=337
右肩上がりの時代には球(商品のバリエーション?)を出すことが優先だった
右肩上がりの時代とは~2000ごろか?基素.icon
https://gyazo.com/f2e91787e542307e57559cbde924adf3
チャートとしてはなんだかんだ右肩上がりではある
経済は成長するものなので、日経平均を差っ引いて考えなければならない
工数削減の観点で外注化
組織が細分化された
多分こんな感じ
同じ組織にいていくつかの部署が共同で関わっていた
組織が大きくなると人や関係者との仕事がふえ、コミュニケーションコストが爆増する
分社化によって意思決定を委譲し、階層を浅くしてコミュニケーションコストを低減するために、部署ごと分社化
ここで人が物理的に、あるいは論理的に切り離されてコミュニケーションが取れなくなる
時間が経つ(十年スパン)につれて知識が消えていく
エンジンのソフトを作っていたベテランと若手で内製を進める話をしているので
ここがなぜなのかは不明。分社化した段階で教育体制が整えられていれば問題がなかった可能性がある。仕事が属人化しているのかもしれない。
長期的には競争力が失われた
不適切な外注の負の面がここで浮き彫りになっている基素.icon 原価低減ができなくなった
でも出した時には「外注は(トータルで見れば)安かった」と判断したはず。二の轍を踏まないためにはどうすれば?基素.icon
失敗したのは愚かだったからではない。文脈を踏まえる必要がある。その時そう判断する合理的な理由が大抵はある。基素.icon
「シャドー IT」などとして排除する動きが、この自律的な ICT 能力の向上の自然な流れを断ち切ってしまいました。....
我々日本組織は、サーバー、ネットワーク、プログラムの作成を社員や職員が行なうと何か不具合があったときに問題だからという理由で、お金を支払って責任を社外に押し付ける仕組みを発達させてしまいました。 これらの、良かれと思って実施してしまった我々日本組織の施策は、その後 20 年間で、逆に、組織的、国家的に、壊滅的な結果を招いてしまいました。これらは、まさに自業自得というべきものであります。
そのときは良かれと思ってやったが、結果は失敗だったので方針を変えようという文章