平和と愚かさ
https://shop.genron.co.jp/products/9784907188672
東浩紀
https://www.youtube.com/watch?v=CBJ9h959e08
存在論的、郵便的―ジャック・デリダについての直系の本
思考不可能なものについて思考する、フランス現代思想
「思考不可能なものについて思考する」はありふれているものなのではないか?
本書の構造(ヘーゲル的弁証法でこぼれ落ちるものをなんとかしよう)はフランス現代思想やハイデガーをやっているとよく出てくる。そこに平和を入れたのがオリジナルな部分
平和について新しい現実的な定義ができる
本書での平和の定義「政治について考えないことが可能な領域ができるだけ大きく確保されている状態」
これは具体的に測れるはずで、実用的な定義だ
博物館は大事
歴史博物館の常設展を見る
Kindle以外でePub版はないのだろうか
https://gyazo.com/4252b7c57f14538c9a0beabadd8d9517
観光客の哲学以降出ていない?
第1部 平和について
1 平和について、あるいは考えないことの問題
旧ユーゴスラヴィアへの旅
共生の平和と隔離の平和
歴史修正主義と平和の記憶
第2部 ウクライナのまわりで
2 悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題
3 悪の愚かさについて2、あるいは原発事故と中動態の記憶
チェルノブイリという固有名
加害と中動態
虚構と大量生
4 ウクライナと新しい戦時下
第3部 断章
5 顔と虐殺
6 声と戦争
7 博物館の力
8 哲学とはなにか、あるいは客的ー裏方的二重体について
https://youtu.be/I7-4Jzw60N0?si=5J53hat03ZkdtWUT
聞き手:竹下隆一郎
平和の定義
作品と作者の評価を分ける難しさと関連する基素.icon
今のメディア環境の中では、平和の大切さを訴えても理解されない
「平和を保つために戦わなければいけない」と回収されてしまう
考えるだけでは幸せはやってこない
目覚めるなと関連する基素.icon
結果として、攻撃性だけがある上にすぐ忘れる空間になってしまっている
生きていることを肯定的になり、幸せになる哲学を作るのが難しい
生きていることは暴力的である
子育てすら新しい生命をコントロールする
すべてが暴力になってしまい、何もできなくなる
人間の動物性を肯定する
動物性とそうでないところの両方がある。西洋哲学は動物性を批判することで前進してきたが、消し切ることはできないのでどう付き合うのかという話をしなければいけないと理解した基素.icon
小さくて可愛いものの公共性
西洋から見ると無というところに日本は何かを満たしているのではないか?
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会
https://www.youtube.com/watch?v=t17vRwRnRE8
ロシアによるウクライナ侵攻
戦前と同じ
国際法を無視する
「勢力圏」のような単語を使っている
旅行記としても書いている
政治は根本的に対立を作るもの(カール・シュミット)
語れば語るほど、社会が攻撃的になる
e.g. SNSの対立。しかもすぐ忘れる
共存するという方向が失われ、「決着をつける」と思い始めていることが怖い
では、ロシアや中国がなくなったらどの価値観で統合されるのか?
第二次世界大戦後は、色んな国があるが共存しないと人類は滅ぶがコンセンサスだった
今は最終決戦に向かっている
平和とは考えないこと
考えないので愚かさに繋がり、悪も当然弓出す
平和は絶対に良い世界ではない。悪が発生することを認めること。その旅ごとに訂正するプロセスだ
これは抽象的に聞こえるだろうが、本を読んでほしい
正しさを追及すると最終的に戦争になる
当然、今はこういうことを言うと「悪いやつと共存する事?被害者はどうなる!」と言われる。反論は本に書いた
でも1週間後には忘れてる。人間は能力が限定されているから。すべてのことに倫理的になることはできないんだ。
平和は鈍感さだ。ぼーっとする時間を作ることだ。
パラドキシカル
平和は幻想だ。平和ボケが作れるのは貴重なことだ。そういう幻想を作るために政治をしているのだ。
みんなが考えている世界はおかしい
外交関係者の努力で「パンダかわいー」って言ってた。パンダを見て外交を思い出すのは失敗している。
過剰に政治的
チェルノブイリスタディツアー
30念経っても廃炉作業が始まっていない
作業員はイキイキしているし誇りを持ってる