健康禍
https://gyazo.com/6ac7d57631219500da5a4345680ff8cc
2020 原著は1994
ペトル・シュクラバーネク(Petr Skrabanek, 1940-1994)
毒物学者、医師。ボヘミア・モラヴィア保護領(現在のチェコ)ナーホトに生まれ、1968年のチェコ事件の際、偶然滞在していたアイルランドに移住し生涯を過ごす。『Lancet』編集委員、ダブリン大学トリニティ・カレッジ公衆衛生学教室准教授、アイルランド王立医学院フェローを歴任し、多数の論文と著書を残した。 ジェイムズ・マコーミックとの共著『医学の誤解と愚行(Follies and Fallacies in Medicine)』はデンマーク語、オランダ語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語に翻訳されている。本書(The Death of Humane Medicine and the Rise of Coercive Healthism)の原稿は死の数日前に完成した。
1983年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。出版社勤務、医療情報サイト運営の経験ののち医師。著書に『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』(生活の医療社)。
「この本は医学の本ではない」著者シュクラバーネクは序で早速釘を刺す。確かに、氏の博覧強記でもって文学、医学史、哲学、タブロイド、(1990年代最新の)医学誌を横断して紐解く「健康百面相」、さらには、健康・医学と政治の結びつきに鋭く切り込む描出は、一般的な医学の書の枠組みには留まらないかもしれない。
しかし、こうも言えそうだ。
医学の文学でありつつ、医学史を掘り起こし、健康主義に正面からぶつかる本書こそが、現代医学が忘れつつある「人間的医学とは何か」を語りえている、と。
レビュー
評者は市中病院勤務の脳神経内科医
本が書かれたのは前述した通り1994年で既にそこから30年近く経過しているわけですが、健康主義に向かうベクトルが強い構造は、本質的に今も特に変わっていないと思います。
健康と商業との結びつきが強くなる可能性は高く、その分消費者の不安を煽ったり、価値を過剰に演出する可能性が高い
保険診療に関わる医療従事者や製薬会社などの医療関連企業も健康への意識を高めることで利益につながります。特に予防的な医学やスクリーニング検査は市場の拡大にもってこい...
健康や病気というのは時代や状況、本人の認識によって変化しうるぼんやりとした概念である
リスクを計測する手段がなければ「健康」
メリットがデメリットを上回ればいいが、そう言い切れるだけの証拠を感じていない?基素.icon
生活習慣への介入がメリットとして研究で示されているものは多くが後方視的研究です。背景因子の調整のため補正を必要とするので、個人における効果の正確な推定が難しいです。また総じて劇的に大きな結果を生み出すことはない(有効であってもそもそものイベント数が少ないことが多い)ので効果を実感することはかなり難しいでしょう。
最近の統計的因果推論に則ると、ここまでで述べた問題のうち、集団ではなく個人における効果の推定やある介入がなかったときにどんな結果となったかの推測(潜在的な結果)は、十分なデータがあればより詳細に求めていくことができるようになるのではないかと思っています。しかしながら、この因果推論であっても、その大家であるJudea Pearlが著作『The Book of Why』*6で述べているように、データがあれば客観的・中立的な状態で因果関係が導き出されるわけではありません 悪い習慣がなくても確率的に病気にはなる
どこまで制限するのか問題
逆に医学の力を過信して何でも介入しようとすると、その分だけ生活は不自由になり、主体性は失われます。
目次
第1部 健康主義
1.健康主義の勃興
2.イリッチ以後
3.イリッチ以前
4.売りに出される健康
5「.先制的」医療
6.健康への不健康な執着
7「.積極的健康」とその推進運動
8.緑の健康主義
9.死の恐怖症と死の医療化
第2部 生活習慣主義
1.長寿のレシピ
2.フィットネスの大流行
3.食品主義
4.罪で稼ぐ
5.悪魔の飲み物
6.呪われたタバコ
第3部 強制的医学
1.理論から実践へ
2.強制的利他主義
3.国家の代理人としての医師
4.全体主義的医療
5.妊娠警察
6.生活習慣の監視事業
7.スタハノフ的労働者
8.遺伝子の圧政
10.自己決定権
原著引用文献
訳者あとがき