2026-04-10
今の行動は情動ベースで動いているが、合理化してみる
キーポイント:AIによって自分のできることは急速に自動化されつつある
現在においては、「AIの使いこなし力」が問われている
https://gyazo.com/33490301d2dbf12a18ae47215eb0229c
ベース能力(黒色)が高い人は、AIを使いこなす力も高い
システムを自動化できるかどうかというノウハウもあり、使いこなし力が出る局面だと思う
しかし、Agentic codingなどの発展を見るに、早晩このようなロジカルな作業自体をプラットフォーム側が提供するようになると思う。こうなったときに、個人の能力の比較は次のようになるはずだ
https://gyazo.com/6dd6c1d61939caebc52530f4bb8a4b83
個人の能力の差異よりも、AIのもたらす能力のほうが圧倒的に大きいので、トータルで見ると差異は小さくなる
もしこの洞察が正しいのならば、リソースを机上の知的作業に偏っている今の状況はよくない
とはいえ、知的な作業をできるポジションに行くためには、微小な差異で勝敗は決まるかもしれない。
超長期目線でAIに代替されないものはおそらくないが、自分が全盛期を終えるまでの数十年のスパンでものを考えてみよう。
その間に代替されないだろうと思うものはある
物理的な肉体を伴うあれこれ
人間関係
責任を取ること
この領域にリソースを多めに取ることは、良いことのように思える
職能を奪うものとしてのAIの恐ろしさは、計算資源のスケーリングに根幹がある
1人の人間の力には限界があるのでできなかったことが山ほどある。それに人材獲得も問題だ。専門家を育成するには長い年月が掛かる、取り合いだった。
それが、それが人間を雇うよりはずっと安価に、しかもほしいだけ手に入る。制約条件が大きく緩むことになるのだ。文字通りゲームチェンジャーであり、ルールが変わる時、何が起こるのかを予想し、適応しなければならない
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Q1. AIによって自分のできることが自動化されていく時代に、何にリソースを振るべきか?
A. 机上の知的作業への配分を下げ、「物理的な肉体を伴うこと」「人間関係」「責任を取ること」への配分を上げるべき。AIの底上げが個人のベース能力差より圧倒的に大きいので、知的作業における個人差は相対的に縮小していく。数十年スパンで代替されにくい領域にリソースを寄せるのが合理的。
Q2. 「何をAIにやらせるか」を決める力や、曖昧な状況での判断力は残るのでは?
A. 調査のように目的が明確なタスクなら、問いの分解・探索自体もエージェントにやらせられる。会社員の場合、最上位の目標は上から降ってくるので、自分が担う方向づけはスコープが限定された判断にすぎない。異分野横断的な判断や曖昧な状況での意思決定も、「AIにできない」というより「AIに任せるインターフェースがまだ整っていない」過渡期の問題である可能性が高い。知的作業の中に本質的に人間固有の優位性があるとは考えにくい。
Q3. では何が人間に残るのか?
A. 意志とリーダーシップ。正解が事前にわからない判断では、分析の質ではなく「やると決めてやり抜く」ことが勝敗を分ける。そのためには人を巻き込む必要があり、AIには人がついてこない。Q1の3領域はリーダーシップという行為の中で統合される。意志を持って決め(責任)、人を巻き込み(人間関係)、自分の身体で現場に立つ(身体性)。
Q4. クリエイターにとってはどうか?
A. 「自分の意志で目標を設定する側」に立つので、AIの実行コスト低下がレバレッジとして最大限効く面白い時代。ただし「何を表現したいか」で勝負するということは人気商売に身を置くことであり、安定とレバレッジのトレードオフがある。
Q5. 自分はリーダーではない。無力化されていく感覚がある中で、どうするか?
A. クリエイター活動や弁護士として独り立ちする道は、組織内の知的ワーカーとして代替される構造から抜け出す動きとして整合する。どちらに進むにせよ人間関係はヘッジとして機能する。クリエイターならネットワークがべき乗則の緩衝材になり、弁護士なら信頼と紹介が仕事の基盤になる。どちらに転んでも使えるオプション。
Q6. どちらの道にも進まなかったとしたら?
A. それでも人間関係は重要。というより、自分のあがきを認めてくれる人が必要だという欲求がある。これはポートフォリオ配分の合理的な帰結ではなく、もっと根本的な欲求の話。
Q7. この議論全体を通じて見えてきたことは何か?
A. 出発点は「今の行動は情動ベースで動いているが、合理化してみる」だった。合理的に分析した結果、知的作業の価値低下→代替されにくい3領域→リーダーシップ→人間関係、と論理が進んだ。一方、情動のレベルでは最初から「自分のあがきを認めてくれる人が必要だ」という方向に向かっていた。合理化してみたら情動と同じ結論が出た。これがこの思考の一番正直な着地点。
Q8. スケーリングの本質は何か?
A. 知的作業の価値を支えていたのは育成コストと供給制約による希少性プレミアム。計算資源のスケーリングはこの希少性を崩す。便利なものは必ず使われ、やがて制度になる。
Q9. スケーリングされない知的作業はあるか?
A. 言語化可能な定型作業は最終的にすべてスケールする。AIは全領域スペシャリストなので、ジェネラリストであること自体にも優位性はない。残るのは「論理ではないところ」——賭ける対象を選ぶセンスと、リスクを取って突っ込む胆力。それが何かはまだ言語化できていない。
Q10. 制約緩和で何が起こるか?
A. 既存の仕事の代替だけでなく、今まで諦めていた需要が顕在化する。たとえばエンジニアリング部門を持てなかった小規模組織がAIで技術的なことを始める。この新規需要の供給側に立つことが起業の方向になりうるが、具体的に誰の何を解くかは業界の現場に出ないと見えない。
Q11. 自分の方向性はどう統合されるか?
A. 法律家として現場に立ち、業界課題を理解し、法律×技術の交差点で起業する。この順序は急がなくても論理的に正しい。今やれることは「AIで制約が緩んだとき、どの業界の誰が何を始めるか」のアンテナを張り続けること。
Q12. この議論全体の最終的な着地は?
A. Q7で「あがきを認めてくれる人が必要」に着地した。スケーリングの脅威を解像度高く分析した結果、その結論はさらに強化された。人と関わらなさすぎた。あとは動くだけ。
Q13. ジェネラリストとして浮気してきた経歴は負債か?
A. 知的作業としては負債。AIに最も代替されやすいポジションにいる。ただし複数領域を渡り歩いた経験は「何が面白くて何がつまらないかの嗅覚」と「新しい領域に飛び込む耐性」として残っている。これは知識ではなく性向であり、賭ける先を選ぶ材料にはなる。市場価値の毀損は認めた上で、人との関わりの中で次の賭けを見つけるしかない。