2025-09-30
https://gyazo.com/1d883bee5099567a9bf15aba1ecfb936
民法は、ステークホルダーの誰をなぜ保護するべきなのか細かく考える。
例えば権利を持っていると日常的にいうとき、それは権利が実行できることを前提にしているが、民法においては権利があっても権利行使ができない状況がある。
無権代理行為
Twitterの脊髄反射とは真逆のベクトル。
このように考える人と感情に話させる社会運動は極めて相性が悪いだろう。
最高裁の判例には理屈がまともに立たないものもちらほらある。何も言っていないものもある。
思想や有形無形の圧力・制限があるだろう。
日記で猫の命日の画像が目に入り、悲しい気持ちになった。しかしこの悲しさは良い思い出と共にある。なくすべきものではない。
嫌な悲しみと良い悲しみがあるんだな