速読の実態はスキミングではないか
僕はどうだろう
あまりやっていないかな
最近は小説ばかり読んでいて,飛ばす必要がなかったのでやっていない
馴染みがない
国語の試験でも大抵一度読んでから,必要な箇所を探していた
これは文字通りスキャニングと呼ばれるらしい
一通り読んでおけば大体の文脈が取れるため,一度読んでいる
フォトリーディングを軽く調べたが,落合さんの主張との食い違いが激しい
落合さんがやっているのはよく訓練されたスキミングだと思われる
決して胡散臭い読み方ではない,はず
それでも正直よくわからないが...
馴染みがなさすぎてよく分からない
読む速度と理解度にトレードオフがあるらしい
研究の結果だとかなんとか
裏取りは面倒なためしていない
実体験としてそういう理解をしている
実際,単に文字を流していくだけだと,その処理で手一杯になる
文字の内容について何か思考を回せる状況にはない
理解は深まらない
ただ,どこにどういう内容が書いてあるかは入ってくる...かな?
目的があって,必要な情報が分かっているなら読み飛ばすかもしれない
僕が主に読むのが基礎よりの専門書で,そういう需要がない
一つ一つ理解していくのが前提になる
他に読むのはそもそも味わいが大切だったり,やはり積み上げていく小説のため,尚更やらない
一部だけ読むとかはやっている
最低限必要な知識を得たと判断したため
もっと情報が欲しくなったらまた読みにいく
こういう形式でいいのでは?
一度で理解する必要はそもそもないし,特定の内容を知りたい場合にはこれが一番健全かもしれない
最初の方で結構満足した
落合さんの思考自体が気になり始めたので,翻って丁寧に読もうかという気持ちになった
思考の整理学は著者の意見の再現性が気になったのと,最初の方に僕の目的であった思考の整理のエッセンスがあったので,それ以降は読んでない だから一生積んである
必要になったら読めばそれで良い
気持ちが丁寧に読む側になった時に,私は大抵少ししか読まない,とかの記述が見えて,気持ちが萎んだ
僕は本の全部を理解したいのではなく,著者の主張の核となる思考を理解したい
大抵の場合そうだと思う
別に本のここで何をいっていた~とか,どうでもいい
具体例は自分の認識とのすり合わせで少し欲しい程度でむしろ忘れてしまった方が嬉しいかな
抽象的な部分を自分の中で溶かして,思考の糧にしたいという感じか
落合さんに言われるまでもなく,僕も同様のことをしているみたいだ
萎えたとかいっている場合ではない
僕も彼と同じように,一部だけ読んで,必要になったら後から読むような姿勢だ
数学書とか自分の分野の専門書とかはそうはいかないだろう
目的があってここが知りたい,とはっきりしていたら,別にそれでいいと思う
一度で理解する必要もないのだし
ざっくり内容を把握するという点で,スキミングも良さそうに思えてきた
最初はパラグラフを並行で読むとか,それこそ機械しかできないだろう,と思っていた
必要な単語だけ拾うと換言したらだいぶ印象が変わる
僕も似たようなことをしている
冒頭だけ読んで満足して読むのをやめるのは,大事な部分だけ読んで雰囲気を掴むのと似ている
全体を把握するという意味でスキミングは効果的なのかな?
要点だけ読み続けるということだろうし
やり方が分からないな
今まで必要になったことがない
訓練をしたことがない
普通の通読と何が違うのだろう?
というか僕はもしかして精読しかやったことがないのでは?
読み方に強弱をつける,というのはあまりやっていないかも
ネット記事で必要な情報を探して読むのはやっているが,それはスキャニングに近いだろう
通読は全体像を作るために些細な疑問を無視していき,精読は逆に理解を一つずつ積み上げていく
と理解している
高校の勉強は通読に近く,元来精読を好む,というかそれ以外の方法を知らない僕には厳しかった,という見方もできる
日本の高校は確か厳密なところは一旦無視して,まずやり方を覚えて,その後大学で理論の話をする,という流れだったと思う
通読は一旦全部読み切るということかな
僕の場合,出てきた概念を一々考え始めてしまうので一生進まないのだよな
これはこれで時間をかけて理解を進められるので良さそうだが