【いちなま】第四話 幸せな二人
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翌日の夜には、伊織はもう薫に連絡をしていた。
年が明けるのを待ちきれずに、十二月の終わりに時間を作り、二人はもう一度会った。
人込みを避け、公園のベンチに並んで腰を下ろす。
「忙しい時期にごめん。でも俺、早く伝えたくて……」
緊張した様子で口を開く伊織に対して、薫はゆっくりと頷いて、静かに続きを待っていた。
「俺も、ずっと前から……薫さんが好きだった」
伊織の声は震えていた。薫は微笑んで、伊織の柔らかな髪の感触を確かめるように、そっと触れた。
「二回りも年上の男でも、構わないのか?」
ゆっくりと、薫が訊ねた。
わかりきっていたことだった。
「それも含めて、俺の好きな薫さんだから」
伊織はまっすぐに薫の目を見つめて、微笑み返した。
冬の冷たい風が、伊織の火照った頬を優しく撫でていった。
それからは早かった。
年をまたいで二人は逢瀬を重ねた。手を繋いで歩き、別れ際には名残惜しそうに口づけを交わす。それが当たり前になっていった。
バレンタインデーは、高級ホテルのスイートルームで過ごした。
「こんな部屋に泊まる金、俺にはないけど?」
白で統一された広い部屋を見渡して、半ば呆れるような調子で伊織が言うと、薫は困ったように笑った。
「特別な日なんだ、私に払わせてくれないか」
薫の言葉を聞いて、伊織は可笑しそうに笑った。
「まぁ、たまにはいいかな」
おどけたように言う伊織に、薫はやれやれと肩をすくめる。
薫が経済的に豊かでも、そうでなくても、伊織の薫への気持ちは変わらなかった。
住む世界は確かに違う。けれど、抱きしめられれば薫の体温を感じることができる。
伊織にとっては、それがすべてだった。
その日も二人はデートを楽しんでいた。
人目をはばかることもなく、伊織は差し出された薫の手をぎゅっと握って歩いた。
「今日は伊織がランチをごちそうしてくれると聞いて、楽しみにしてきたんだ」
「ああ、きっと薫さんは初体験だと思ってさ」
そう言って伊織が薫を連れていったのは、回転寿司のチェーン店だった。
薫はなるほど、とうなずいた。
「確かに、初体験だ」
「だろ? じゃあやり方、全部教えるよ!」
それから伊織は、タッチパネルでの注文の仕方や、レーンの寿司の取り方、お茶の淹れ方などを丁寧に説明した。
薫は熱心に伊織の回転寿司講義を聞いていた。そして、タッチパネルで注文した寿司が“特急レーン”なるものを流れてきたときは、本気で驚いていた。伊織はそんな薫を見て、満足げに笑っていた。
「お皿はレーンに戻しちゃダメだかんな~」
「わかったよ。伊織は私の知らないことをなんでも知っているな」
「まあ、俺くらい庶民を極めてたら、これくらいはな?」
薫の言葉に、伊織はそう言ってくすぐったそうに笑った。
「それじゃあ、今度のディナーは“回らない寿司”を食べに行こうか。今日のお礼に、私がごちそうするよ」
薫が目を細めて言う。
「マジ? 俺、回らない寿司なんか行ったことねーよ」
伊織は焦って言い返した。
「それならなおのこと、行こうじゃないか。私も伊織が知らないことを、たくさん教えたいんだ」
「そんなこと言って、マウント取りたいだけじゃね?」
からかうように伊織が言うと、薫は声を立てて笑った。
伊織は薫の知らないことをたくさん知っていた。そして薫は、伊織の知らないことをたくさん教えてくれた。伊織はそれがたまらなく嬉しくて、気持ちよかった。