【いちなま】第五話
from いちごと生クリーム
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月曜日の朝。
伊織がいつものように床にモップをかけていると、スーツに身を固めた一団が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。
低い声で交わされる事務的な会話、ピリピリした雰囲気。大方、役員による視察――そんなところだろう。
いずれにせよ、清掃員が彼らの目に入る必要はない。
伊織はいつものように、壁際に身を寄せる。まるで自分が、存在しないもののように。
小さく頭を下げていた伊織が、ふと出来心で視線を上げた、その瞬間。一団の中心にいた、社長と呼ばれた人物と目が合った。
薫だった。
まさか、と思った。
会うときにいつも見せていた、柔らかな笑顔はそこにはなかった。それでも、見間違うはずなんてなかった。
なにより、彼の胸元に光る銀のネクタイピンは、クリスマスに伊織が贈ったものに違いなかった。
伊織はめまいに襲われて、その場から逃げ出した。
その日はそれ以上仕事を続けることができず、早退した。
帰宅した伊織はベッドに寝転がり、自分が清掃を担当しているビルに入っている会社の名前を、スマホで検索した。
鳴神 薫(なるかみ かおる)。それが社長の名前だった。写真も載っていた。伊織が愛している男の顔だった。
金持ちと、貧乏人。それならよかった。よくある話だ。ただの経済格差だ。
薫は金持ち。伊織は貧乏人。それでよかった。お互い知らないことを教え合えた。対等だった。
だけど現実は違った。
大企業の社長と、そのビルで働く清掃員。
もう、対等だとは思えなかった。きっと誰も、対等だと思わない。
男として、都合よく消費されるだけの存在。そんな考えがふと頭をよぎって、伊織はひどく気分が悪くなった。
それでも。
その指先は無意識のうちに、胸元に光る金のネックレスに触れていた。伊織自身、そのことに気が付かないまま。