【いちなま】第三話 クリスマス
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伊織と薫はオフ会をしてからニ週間後、今度は飲みに行く約束をした。
伊織が選んだのは、繁華街から少し外れたところにある、隠れ家的な雰囲気の居酒屋だった。
庶民的な店だったので薫に合うか少し不安だったが、いざ酒と料理が運ばれてくると、薫は無邪気な子供のように目を輝かせて喜び、伊織を安心させた。
酒の席では会話がさらに弾んだ。
アルコールのせいか二人の距離はより近くなり、言葉の端々が柔らかくなった。
「伊織さん、あなたが連れてきてくれたこの店、とてもいい雰囲気で楽しいです」
ビールの入ったグラスを手に、薫が言う。
「薫さん、俺に敬語はいいっすよ」
照れ隠しのように伊織が言うと、薫は目を細めた。
「それなら、私にも敬語は必要ないだろう。私たちは対等な関係なのだから」
穏やかな声で、薫が返す。伊織は小さく頬を掻いて、くすぐったそうに笑った。
「はは……でもさすがに年上の人を呼び捨てにはできないんで、薫さんって呼ばせてもらうけど、それでいい?」
「君らしいな。それで構わないよ、伊織」
薫が微笑む。伊織はまた、恥ずかしそうに頬を掻いた。胸の奥がじわじわと熱かった。
それからしばらくして、季節は冬、十二月を迎えた。
街中どこへ行っても、クリスマスカラーで彩られていた。そんな街を、伊織は一人で歩いた。
その日、伊織はエッセイ投稿サイトに「クリスマスにひとりぼっちのクリぼっち」についての記事を投稿した。
「クリスマスにひとりぼっちでも構わない。確かに寂しさはあるけど、特別な日だからといって無理に誰かと過ごす必要はない。心穏やかに季節の移ろいを感じようじゃないか。ごちそうはコンビニの唐揚げとショートケーキで十分。だけど、この歳になってもプレゼントは欲しいかも、なんて」
そんな伊織のエッセイに、すぐに薫のコメントが付いた。
「いつもなら私も一人静かにクリスマスを過ごすところですが、今年は少しにぎやかに過ごしたいと思っています」
そのあとすぐに、伊織のスマホが震えた。薫からのメッセージだ。
「もし君さえよければ、伊織、今年のクリスマスは君と過ごしたい」
思いがけない誘いに、伊織の胸が高鳴った。
断る理由はなかった。伊織はすぐに返信した。
クリスマス当日、伊織は薫に連れられてレストランに行った。
薫も伊織に合わせるようにカジュアルな装いで来ていたが、そのレストランが高級店であることは伊織にもわかった。
もっとも、通されたのは個室だった。そのおかげで伊織は周囲の視線を気にすることなく、料理と会話を楽しむことができた。薫の心遣いに、心が少しだけ軽くなる。
デザートの後、薫は伊織に小さな箱を差し出した。
「クリスマスのプレゼントだよ」
箱を開けると、そこには金のネックレスが入っていた。伊織の日焼けした肌によく映える、上品なデザインだった。
「こんな、高そうなもの……」
思わずそう漏らすと、薫は小さく首を横に振った。
「値段は関係ないよ、伊織。君に似合うと思ったから選んだ、それだけだ」
薫の言葉に伊織は胸がじわりと熱くなるのを感じて、恥ずかしそうに微笑んだ。
伊織も、用意していたプレゼントを差し出した。天使の翼を模した、銀のネクタイピンだった。
「こういうの、何を用意すればいいのかわかんなかったんだけど……」
不安げな伊織に、薫は柔らかな笑顔を向けた。
「ありがとう。とても可愛らしいデザインだ、気に入ったよ」
その一言で、伊織の不安はふわりとほどけていった。
レストランを出て、二人は夜の公園を歩いた。冬の夜風は冷たかったが、不思議と気持ちよかった。
「なんで、俺なんかとクリスマスを過ごしたいと思ったのか……訊いてもいい?」
伊織の素直な疑問に、薫は小さく笑った。
「君に、恋をしてしまったからだよ。伊織」
あまりにも率直な薫の言葉に、伊織は思わず息を呑んだ。
大人というのは、誰もが本当の感情を隠して生きるものだと思っていた。建前を並べ、都合のいい言葉を選び、愛想笑いをして、本心は胸の奥にしまい込む。そんな大人たちの中で、伊織はいつも息苦しさを抱え、ときには傷付いて生きてきた。
しかし、薫は違う。思ったことをまっすぐに伝えてくる。それで自分がどう思われるか、なんてことは考えない。ただ、伝えたいから伝える。伊織は薫のそんなところが、好きだった。
「今すぐに答えはいらない。よく考えてくれ。……ああ、でも、家に着いたら必ずメッセージを送ってくれ。心配してしまうから」
伊織は薫にそう言われて、駅前で別れた。
帰宅した伊織は、真っ先に薫に無事に着いたことを知らせるメッセージを送った。
薫からは、クリスマスを共に過ごすことができた喜びと、お礼を込めた短いメッセージが返ってきた。
それから伊織はシャワーを浴び、体を拭いて、薫がくれた金のネックレスを身に着けた。
そしてそっと、ネックレスを指でなぞる。
その金の輝きはとても自然に、伊織の肌になじんでいた。
「薫さん……」
伊織はネックレスを着けたまま、ベッドに横たわって薫の名前を呼んだ。
答えはもう出ていた。
伊織も――ずっと前から、薫を愛していた。