【いちなま】第二話 初めてのオフ会
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オフ会当日、薫はすぐに見つかった。
駅前にある公園の噴水の前で、ネイビーのニットを着た背の高い中年の男性が、スマホを片手に周囲を見渡している。いかにも、待ち合わせの相手を探している、という感じだ。
「あの、薫さんっすよね?」
恐る恐る声をかけると、男性はすぐにこちらを向いた。
「はい。あなたが伊織さんですね?」
男性はにこりと微笑んで、うなずいた。伊織もつられて、同じように微笑んでうなずいた。
薫は伊織より十五センチほど背が高く、肩幅も広かった。髪は自然なグレーで、丁寧に整えられていた。
エッセイの内容や文体から、紳士であると想像はしていた。それでも、実際の薫は伊織の想像を超えていた。穏やかな微笑みをたたえながらも、貫禄を感じさせるその姿は、まるで映画俳優のようだった。
「んじゃ早速、パフェ……行っちゃいます?」
照れ隠しのようにあえて軽い調子で伊織が言うと、薫は目を細めてうなずいた。
「ええ、そうしましょう」
薫はなめらかな低い声で、返事をした。
店へ向かう道すがら、二人は取り留めのない会話を交わした。
薫は若い頃はギラギラした夏が好きだったが、今は冬のほうが好きだ、と言った。
「冬は寒いじゃないすか」
伊織が言い返すと、薫は小さく間をおいてから答えた。
「だからこそ、温もりが沁みるんです」
「真夏のアイスだって、心に沁みますよ」
伊織がすぐさま言い返すと、薫は可笑しそうに笑い声を立てた。
「あなたは私のイメージ通りの人ですね。若くて、素直だ」
「俺、けなされてます?」
半ば本気で伊織が言い返すと、薫は首を横に振った。
「まさか。私はあなたのそういうところに惹かれたんです」
薫の言葉に、伊織は不意を突かれてキョトンとしてしまった。こんな言葉を、まっすぐに投げられるなんて思っていなかった。
そうこうしているうちに、薫が気になっていたフルーツパーラーが見えてきた。
店先のショーウィンドウには、薫がエッセイに書いていたように、色とりどりのパフェやスイーツの食品サンプルが飾られていた。
伊織が店のドアを開け店内に入り、店員に二名であることを告げると、すぐに窓際の席に案内された。
「薫さん、どれにします?」
たくさんのスイーツの写真が貼り付けられたメニューを見ながら、伊織が訊ねる。
「たくさん種類があってどれも心惹かれますが、やはりいちごパフェにします」
ひときわ大きないちごパフェの写真を指さして、薫が答えた。
「俺もいちごパフェの口になっちゃってるんで、同じのにします」
伊織が言って、二人は顔を見合わせて笑った。
しばらくしてパフェがやって来ると、伊織は記念にと写真を一枚撮り、薫もそれに倣った。
「普段は料理の写真を撮ったりはしないのですが、この店のパフェを食べることができたことと、伊織さんとのオフ会の記念ですから」
薫はスマホで撮った写真をよく確かめると、生クリームといちごを一緒にスプーンですくって口に運んだ。薫はすぐに感想を口にはせず、もうひと口食べて小さくうなずいた。
伊織はその様子を、少し緊張しながら見ていた。
「うん、おいしいです」
薫の言葉を聞いて、伊織はホッとしたように微笑んだ。
「でしょ? 男だからフルーツパーラーに入るのは勇気がいる、なんて言って食べ損ねてたら損なんすよ。食べたいものは食べないと」
伊織もパフェを食べながら、持論のようなものを口にした。
「伊織さんは、私のような男が一人でいちごパフェを食べていてもおかしくはないと?」
薫が訊ねる。
「んー、おかしくはないっすけど、浮きはしますね」
正直な伊織の言葉に、薫がまた笑い声を立てた。
周囲を見れば、二人以外の客はみな若い女性ばかりだった。確かに二人は少し、浮いていたかもしれない。だけど今は、二人にとってそんなことは恥ずかしいことでも何でもなかった。
パフェを食べながら、二人は簡単な自己紹介をして、何気ない雑談に花を咲かせた。
伊織は二十五歳で、薫は四十九歳だった。二人の間には年齢差があった。そして、薫が身に付けているものは――ネイビーのニットも、銀色の腕時計も、革靴も、何もかもが洗練されていた。
きっと、社会的な立場もまるで違う。
それでも不思議なことに、二人の会話は途切れることなく弾んだ。
薫が穏やかに自分のモーニングルーティンを語れば、伊織は遅刻ギリギリでパンをくわえて走った話をして薫を笑わせた。
二人の住む世界は間違いなく、違った。だが、少なくとも今、二人の間に超えてはならない境界線はなかった。
翌日、伊織がエッセイ投稿サイトを覗くと、早速薫が記事を投稿していた。
そこには、このサイトで出会った書き手と初めてオフ会をし、気になっていたフルーツパーラーでいちごパフェを食べることができたという文章とともに、あのとき撮っていた写真が貼り付けられていた。
新鮮で甘酸っぱいいちごと甘めの生クリームの相性がとてもよく、いちごジャムのかかったアイスクリームも美味しかったと書いてあり、伊織はまるで自分がパフェを作ったかのような誇らしい気持ちになった。
もちろん、伊織のことも書いてあった。若くて素直で、同じ時間を一緒に過ごして楽しい青年だと。ぜひまた話したいという言葉に、伊織は胸の奥が熱くなるのを感じた。
伊織はコメントは残さずに、交換した連絡先にメッセージを送った。
「今日投稿されたエッセイを読みました。いちごパフェ、本当においしかったですね。俺もまた薫さんにお会いしたいです」
それから二人は、頻繁にメッセージを送り合うようになった。
「雨がやみましたよ」と伊織が送れば、「こちらからは虹が見えますよ」と薫が返す。
そんな何気ないやり取りが、伊織にとってはとても心地良かった。