スケールの制御について
メロディを「今載っているスケール」と「スケール上のどの音か」で認識する時に、あいまいさがある。たとえば、絶対音程で
C4 -> D4 -> G4 という音の並びは、
C majorの「どれそ」と読むことも、
Fmajorの「そられ」と読むことも、
G majorの「ふぁそど」と読むことも
できる。しかし、「どれそ」「そられ」「ふぁそど」と心の中で歌ったときの印象は微妙に違うはずである。これは、
「どれみふぁそらしど」の音程感覚を我々が覚えているために、
「どれそ」で歌ったときはC majorの、
「そられ」で歌ったときはF majorの
「ふぁそど」で歌ったときはG majorの
スケールが共起するからだと思われる。つまり、全く同じ音であっても、それを「Cmajorの文脈]」の中で「どれそ」として歌うのと「Fmajerの文脈」の中での「そられ」と歌うときの感じ方は違うのだ。
この「文脈」というのは、上記のように単音フレーズを考えているときは、人間の脳内にしかないが、実際の楽曲ではもっと具体的に現れる。つまり、C4 -> D4 -> G4が歌われている直前、また上声下声の伴奏である。このメロディの物理的な時空間の直近で、CmajorなりFmajorなりGmajorなりの調が確定するに十分な音が出ているとき、我々はその調でこのメロディを理解しようとする。この文脈こそが調、スケールである。もしメロディが歌われる間に、この文脈のスケールに属さない音を出したら、文脈は打ち捨てられて更新され、それ自身が新しい文脈になる。あるいは、どのようなスケールにも入らないような音がごく短時間に詰め込まれると、スケール感覚が希薄化する。
スケールには、固有の雰囲気がある。しかし大半の人間は相対音感で音楽を認知しているはずだから、
正確にはスケールの変化には雰囲気がある。すると、スケールの変化がどのように起きるのか・起こせるのかが気になる。
一番単純な方法として、突然転調するというのがある。例えば、
https://www.youtube.com/watch?v=qIoDWTF0qSo
AメロBメロ間でいきなり転調が起きて雰囲気が変わる。
ガクンといきなり雰囲気がかわってわかりやすいのでよく使われる。
特にサビで半音上げるような手法は、半音ずれたスケールは共通音すくないことと、
半音程度ならボーカルの歌唱音域の負担が少ないので頻繁に良く用いられる。
しかし、変化の滑らかさは失われるし、必ずしも音を取りやすいとは限らない。
ではなめらかにスケールを変化させるにはどうすればいいか、というと、
最初のスケールのあいまいさを用いる。
次のようにする。メロディを3つの部分に分割して、順にA,B,Cとする。
このとき、
部分Bは、絶対音程で見たときに複数のスケールに所属し得る「スケールのあいまいな」部分であるとする。
部分Aと部分Bは、スケールXに属する。
部分Bと部分Cは、スケールYに属する。
このようにすると、最初AをスケールXで歌いつつ、Bに入ったら歌いながらスケールの認知をXからYに切り替え、そのままスケールYで歌うことでなめらかなスケールの変化が作れる。例えばブルックナー4番1楽章の
https://gyazo.com/afafc4112ee8f52864095bb91b7b3bf2
https://gyazo.com/12feb6d23c88f544220dd47b60269585
https://www.youtube.com/watch?v=LY7m119eOys
(3:12あたりから)
の第一バイオリン(一番上)は、
最初E♭ majorで「そふぁみど#れ」「ふぁーふぁみれ」「ど」「どみそらし」「どー」「どみそ#らし」「どー」
と歌えるが、この「ど」をE♭minorの「ら」に読み替え、二段目からはE♭minorで
「らーみーどしら」「らーみーどしら」と歌う。
二段目三小節目にはさらにFも♭になっていて、ここはC♭ majorで「そーどーみふぁそ」と歌う。
このために、C♭ majorの「”そーどー”みふぁそ」の"そーどー"は E♭ minorの「どーふぁー」とも読めるようになっていて、
歌うときはここで頭の中をC♭ majorに変えればよいようになっている。
こうするとなめらかに歌いながらスケールを切り替え、切り替えたことによる雰囲気の変化も引き起こせる。
つまり、歌いやすく、雰囲気ががらっとかわるメロディが書ける。
雰囲気の変化が確定するのは、メロディを冒頭から追っていって、もはや同一スケールに収めることが不可能な音が出現したときである。その音が出た瞬間に古いスケールが認知から捨てられて、新しいスケールが認知に載る。モード理論的には、こういう音を新しいスケールの特徴音とよぶらしい。
実際にこの観点から「スケールの変化」を使いこなすには、いろんな曲を見て行って、
どういうスケールの変化をどの音を軸として行うとどんな印象になるか、みたいなものを収集する必要があると思う。
モード理論的には、現在のスケールにたいして変化先のスケールが、#が増えるのか♭が増えるのかによって、
おおまかな雰囲気の分類があるらしい。#系だとアゲアゲ、♭だとダウナー。
(この#♭の変化は、いわゆる調の五度圏とは違うことに注意)
スケールを変化させて独自の雰囲気をつくる、というのは100年くらい前にクラシックの世界でも国民学派がぼちぼちやっていたりする。例えばシベリウスのバイオリン協奏曲はD minorだが、https://gyazo.com/c6ec4317f92e9d68421b3460be25ca28
9小節目でBがナチュラルしていて、つまりスケール的にはAminorになっている。
Dminorと思って聞いていたらA minorの特徴音であるBが出てくることでやや高揚感が増す。
もっと印象的なのは交響曲6番1楽章で、これはシベリウスも意識して教会旋法を使ったらしい。
https://gyazo.com/57acb5a3033ae9298efe4537b9431019
最初FとAが鳴るために、一瞬F majorかと誤解するが、5小節目でBが登場することでF major上でC majorのスケールを使っていることがわかる。冒頭でFmajorと誤解してから実はC majorだった(モード理論的にはこれは不正確な説明らしいがまぁそういうことだとして)となるため、聴いた印象はスケールが一つ上がったように聴こえる。
この2つの例ではどちらも、冒頭ではB♭の音は出ていない。なので、Dminor / Fmajorで始まった、というのは完全に聴き手の誤解だが、そうだとしても冒頭だけなら違和感がないので最初そのように解釈してしまう。西洋音楽の常識としては、主和音で開始するのが典型だし、3度は省略できないから、なおさら慣習的にこの部分はFmajorと解釈される。それがすこし進むと実は一つ上のスケールだった、とわかり、その瞬間にちょっとした雰囲気が醸される。
またしてもD minorだが、ストレイテナーのmemoriesもおそらく同じことをしている。
コードの繰り返しパターン(B♭->D9->C9->G6/B)でB♭とBの音が両方登場する。
これによって総じてD minorなのか A minorなのかあいまいになっている。
おそらくこれは意図的に揺らがせている。
ベースは4小節毎に両方の音をだしているが、
ボーカルはAメロではB♭の音はださず4小節目でBを出している。
ようさいとーしにさいたー 、はいいーろのはなーーあぁ"は"
👆の"は"のところがB。
一方BメロでははっきりとB♭の音を出している。
かたーらーれることーのない、しんじーつ”を、ひー”めていた
👆の"を"がB♭。これによって、ボーカルのメロディライン上はAメロとBメロで微妙に雰囲気が変わることになる。