誰が書いても同じコードというのは目指さない
#設計 #設計原則 #エンジニアリング
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良い設計の標準化やプログラミング能力の底上げに対する気持ちを残しておく#63c60a0a86603000008668c0
属人性は低い方がよいが、属"技能"性はそうではない#63f56eaa8660300000dbbd69
フレームワークは思考を癒着させる
「実装の迷いを減らしたい」について
@sugimoto_kei: プログラマの視座を上げ、視野を広げるのではなく、やり方や書き方、言語の選択で、初級者でもできるようにしようというアプローチが、ないものねだりであって、基本的な部分で破綻している。僕がプログラミングを始めた頃からずっと続いている悪弊だ。時代に追随し衣は替えるが中身は変わらない。
@sugimoto_kei: 「仕様」と「オブジェクト構造」を、まったく切り離して検討しているなら、そういうことも起きるのかもしれないですね。前者はユーザー側だけで考え、後者はプログラマがユーザーの意見を聴かずに作る、みたいな。それこそまさに、DDDでいうところの分析と設計の乖離だ。
@sugimoto_kei: それで結局、こういう結末に落ち込んでいく。これは、オブジェクト指向というプログラミングパラダイムの問題というより、モデル作りという営為のあり方の問題、あるいは、ユーザーと作り手が共有できるモデルの不在という問題ではないですかね。
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分析と設計の乖離
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制度を作ると、結局そこから逸脱できなくなるのが嫌だ、ルールがなければ自分で考え、自分で意思決定できるでしょ
「安易に交換可能な部品」が何人いても高いパフォーマンスを生み出せるチームにならない
プログラム以外にもあらゆる観点でメンタルモデルと一致した状態を目指す
誰かの主観で決めた構造は長期的にメンタルモデルと乖離していく
それはその時点のスナップショットである
そこはサボるべきところではない
抽象化とモデリングの違い