手入れの思想
人の手が入らないまるっきりの自然ではなくて、少しだけ人工の側に引っ張ること nature は人工化される運命にあるもの。人間のまなざしが意識されているから 自然は、「自ずから然る」仕方で目に見えるもの
ここには、日本人の自然に対する独特の捉え方があるようです。
そこで、「自然」と訳語関係にある英語のnature(客観的対象)と比較しますと、nature は、それを見る人間が常に意識されていますから、「人工」化される運命にあると言えますが、日本語の「自然」は、何か目に見えない究極的なものがあって、それが「自ずから然る」仕方で目に見えるもの(自然)になっている、と理解されています(相良亨『日本人の心』)。 つまり日本人は自然の背後に究極的なものを意識して、自然を人間の思うままに振り回せるものではないと解っているから、「手入れ」をさせていただくとなるのでしょう。
「手入れする」で思い浮かぶもの
盆栽
機械いじり
車、バイク、自転車、デコトラ、
DIY
ぬか漬け
包丁とか
家
薔薇
自分のWebサイトや、SNSのbioとかトップビューとか 書店や図書館のフェアでは、本配置の編集のさまをつい眺めてしまうterang.icon ジュンク堂池袋本店の4Fの定期的にテーマが変わるデカい棚
挙げていたら自然とは関係なくなっちゃったか?
いや、自分と外界の間でいう外界は、完全な客観と捉えるとnatureだけど、何かが創発して「自ずから然る」仕方で目に見えてくるんだと思うterang.icon 生活道具の使い心地や、
知覚する情報や、
売れたり移動したりする大量の本は
完全な外界ではないものなあ
手入れは「愛」だそうです
愛とはたゆまなき手入れ行為である
(ぐさって笑terang.icon
この文脈だと
「愛する対象を奪われる」みたいな話になるのかもしれません
(まだ)愛せないものは手入れしなくてもなんとかしたい
あるいは、(面倒でも)手入れしていると愛が生まれる?
安い早い合理的タイパよしなのはどっちだろう?
他所から効率が悪く映ることも、本人にとってはそれで(が)よい。合理的ではないかもしれないが幸福。 似ている
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