薔薇寓話08
------------------------------------
たとえどんなに悪意をもって新任の教授の経歴をくさそうとも、プラハ魔法大学の医化学博士にしてルドルフ学寮首席の称号は、O・W・LやN・E・W・Tをひかえた上級生の意識の上に、ダモクレスの剣のように威圧的にひっかかっていた。という訳で、最初の授業でスネイプが一度も教科書をひらかせず、魔法薬学の最新の研究動向についてひたすらノートをとらせた時、生徒たちは殺気ばしりながらも異議をさしはさまなかった。だが、二度目も三度目もそうとなると話は別だった。スネイプは授業のはじめに教科書を読みはするものの、教科書の章立てをあからさまに無視して自由に学説の検討をすすめた。教科書の範囲をはみ出すことなど、気にもかけなかった。
ついにある日、スネイプが黒板に紋章のような図を描きながら薬効の普遍理論と流出説の相違について説明していると、
「先生、教科書にはそんなこと載っていません」
後ろの方で、誰かが声をあげた。
スネイプは目を細めて教室をながめわたした。床板がきしむ音をクラスは聞いた。
発言者はレイブンクローの女子生徒だった。流れる金髪が自慢のミランダは、周囲の生徒たちが下を向いておしだまるなか、青ざめた顔を昂然とあげて、スネイプの視線に対抗しようとした。
スネイプはゆっくりと視線を動かし、彼と目があいそうになるとあわてて顔を伏せるクラスの様子を観察した。
「なるほど、君がクラス代表という訳だなーー立候補したのか、くじで負けたのかは知らないが」
おそろしく冷ややかな顔と声で、スネイプは少女に告げた。
「君の勇気は称讃に値する。だが、このクラスの方針を決めるのは我輩であって諸君は口をはさむ権利を持たない」
誰も口をきかなかった。身じろぎすらしなかった。
「教科書は単なる備忘録にすぎん」教卓のうえの教鞭をいじりまわしながらスネイプは続けた。「ただ項目を並べてあるだけで、真理のかけらすら啓示しない。諸君はその実、教科書ではなく試験のことを気にしているようだが、我輩の講義を理解しさえすれば、何一つ心配する必要は無いはずだ」
「でも、ーーこれでは僕ら、予習できません」
ミランダの隣に座っていたハッフルパフの少年が反論した。スネイプは眉をひそめた。
「予習できない? どういうことかな」
「先週、先生は第三章からはじめました。でも、『薬草と寓意』は十四章だし、『大宇宙と小宇宙の照応』というのは教科書にありません。今日は四章を飛ばしていきなり五章です。これでは予習が追いつきません」
言ううちに、少年はしどろもどろになり、着席した時にはほとんど泣き出さんばかりだった。
「四年生にもなって勉強の仕方を知らんとは」
さげすみと悪意をかくそうともせずにスネイプは言い放った。「教科書の内容くらい、授業が開講される前に頭に入れておこうとは考えないのか? 今の諸君には心おきなく勉学に打ち込める最良の環境が回復されているというのに? ーーあらかじめ言っておく。これまでも、これからも、我輩の授業は教科書の内容をすべて理解していることを前提にすすめる」
高窓からさしこんでくるぼんやりとした光の中で、白くかがやくホコリばかりがかろやかにおどっていた。生徒たちは黙りこくって座っている。五分。とうとう鐘が鳴った。スネイプは教科書を閉じた。
「結構だ、諸君。次の教室に移動したまえーーただし、来週までに五章までの内容を要約し、批判的コメントを付して提出すること。羊皮紙三枚以上」
そして、足早に教室を出ていった。
------------------------------------
◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
◆(c)Group_Kolbitar.