薔薇寓話09
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魔法薬学の授業は変わらず、セブルス・スネイプは全校の恐怖と憎しみのまとになった。一年生の教室など、さながら通夜か告別式かといったありさま、子どもたちは視線が向けられるけはいをさっするだけで落ちつきをうしない、へまをやった。上級生いわくーー蛇ににらまれた蛙のようなもので、肝心の知識なんか、とてもじゃないが頭に入りやしないさ。その上級生にしたところで、笑っていられるのは次の宿題が出されるまでのことだった。宿題も、とうてい教科書の要約だけでは終わらず、平行植物の成分と効用を扱った授業の時は、レオーニとかいうイタリア人の書いたイタリア語の文献が指定された。そして、ーー宿題の多いのはスネイプにかぎったことではなかったのだ。
こうしてホグワーツに、あたかもバルカンの山中のごとく義勇軍が発生したのである。寮ごとに多少の形態の相違はあれ、談話室にヘッドクォーターが設置され、夜毎、魔法薬学ほかの膨大な宿題を撃破するための作戦が練りあげられた。
司令部の決定にしたがって、皆はアンチョコをさがしたり、図書館で「自動翻訳」に関する魔法を調べたりした。かくてホグワーツの夜はひめやかな、だが歴然とした活気に満たされた。談話室の炎はあかあかと燃え、図書館には閉館まぎわまで書棚のあいだをうごめく影が絶えなかった。時には二つの寮のメンバーが同じ一つの本の下ではちあわせる。敵意にみちて互いの目をのぞきこむ、その一瞬。つぎの瞬間には先に背表紙に触れえた生徒が本を守るかに立ちふさがり、遅れたほうはにくにくしげに相手の指をねめつける。そうすれば気弱な指が本を離すのじゃないかとでもいうように。それからかたき同士はにらみあったまま通路を蟹歩きし、貸出手続と返却期限をめぐる次の攻防へとすすんでゆくのだ。時々、図書館の目のとどかぬかたすみで開架の棚がぴしゃりと閉まり、低い地鳴りが遅ればせながら、手おくれにもカウンターのマダム・ピンスの耳に達する。医務室ではベッドが足りずに、マダム・ポンフリーは干鱈のようにぺしゃんこになった生徒たちを束ねて暖炉の前に積み上げているという話だった。夜ごと、さまざまなエピソードがおりなされた。堅固な共同体意識が昔なじみの敵意へ横すべりし、真夜中の決闘によってクライマックスをむかえる、さまざまのプロットがえがかれた‥‥
たえまなく生徒たちが出入りするので、肖像画の貴人たちはおかんむりだった。ひとけのないはずの廊下を、任務中の生徒が、陰謀中の生徒が、単独行動の変わり者が、皆の成果だけを手に入れようとたくらむ卑怯者が通りすぎた。古い城の年ふりた石壁を、子どもたちの軽い足音がさかさまに走っていった。かつてのように。古い城は、砂地に押された鳩たちのあしあとに似たそのリズムを思い出した。そのうしろに、黒い猟犬のように着実に、一歩一歩近づいてくる気配があった/ある筈なのを。それでホグワーツたちは期待に胸ふくらませて笑った。勿論それは凡庸ではあっても面白いみものだ、不機嫌な夜警と不運ないたずらものの遭遇の図は!
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日曜の夕方になると、生徒たちは、自分が任務も使命も忘れてしまっていたことに気づくのだった。だが夕食後、談話室には幻灯機が持ち込まれ、シーツの上に模範解答を浮かびあがらせた。一体いつの間に完成したものやらいぶかしみながら、みなはそれを一心不乱に書きうつした。生徒たちの宿題がどのように生成されたかはあきらかであるにもかかわらず、先生方は、スネイプもふくめ、おもてだった減点はしなかった。むしろ皆の敵愾心をよびさましたのは、スネイプの教室と廊下におけるサディスティックなまでの厳格さだった。質問に答えられなければ点をひかれた。実験中、少しでもふざけたそぶりを見せれば減点。授業後、廊下を笑いながら走っていたというので減点、教師に対する態度が無礼だから減点‥‥ 血気さかんな少年たちは、スネイプが〈因縁の対決〉を嗅ぎつけるのに天才的であるのを発見していた。
「あいつには犬の血でも混じってるんじゃないのか。でなきゃ、学生時代からよっぽど夜歩きにせいを出していたんだろうさーー何が〈深夜の徘徊は十点減点〉だ」
計画の露見した生徒たちはこぶしで壁をたたいて怒りくるった。スリザリンとグリフィンドールの決闘は一度たりとも見のがされなかった。グリフィンドール生たちはーー現場をおさえられた時のスリザリン生の不満と憎悪の表情を黙殺して、一連の出来事を彼らとスネイプの仕組んだ罠だと信じた。その延長に、グリフィンドール五年生有志によるスネイプの減点状況の調査がある。芽ばえたばかりの双葉のように横軸の上におずおずと顔を出した棒グラフが三本。目盛をことごとくつき破って飛び出しているのがグリフィンドールだ。減点の内訳は「無礼な態度」がグリフィンドールの減点の実に六割を占め、二割が「決闘ないし暴力行為」、うち九割がスリザリン生の関係するものだった。
グリフィンドールの談話室に張りだされた調査結果は、寮生の憤激をよび、翌週には生徒たちのプロテストによって、グリフィンドールの減点状況はさらに悪化した。そのいきさつが耳に入ったものか、次の授業でスネイプはグリフィンドール有志をまとめて減点したーー実験データの読み方を全く理解していないという口実で。有志たちは大鍋の陰でにやにや笑っていた。その週末、談話室には新しい調査結果が張りだされた。いわく、サンプルの偏りは結論をあやまらせるーースネイプの指名状況について。スネイプは寮対抗杯のための加点を学年末考査と臨時試験およびレポートの結果に限定すると言明し、通常は減点のみを行うと主張しているが、減点対象行為には授業で指名されて答えられなかった場合も含まれる。ところでスネイプの質問の三問に一問は教科書の範囲をかろやかに逸脱するものだからして、指名は減点を目的としたものであると言ってもあながち間違いではない。しかるに誰を指名し、誰を指名しないかはひとえにスネイプの判断にかかっている。さて諸君、以上の前提と厳密なる調査の結果、我々は以下のように結論せざるを得ない。すなわち、スリザリンは贔屓されている。スリザリン生の指名回数は、他寮生に比べ有意に少ない。もし、それが偶然と言われるならーーよろしい、この事実をじっくり考えていただきたい。スリザリンのクィディッチ選手の指される確率が、一般のスリザリン生と比較しても極端に低いのはどういう偶然なのかを‥‥
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◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
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