薔薇寓話04
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アルバス・ダンブルドアがホグワーツに戻ると、校内は乱痴気さわぎの真っ最中だった。彗星たちが青白い火花をちらして、くるったようにクィディッチのグラウンドを飛びかっていた。その一列縦隊がはでな追突をうけてぺしゃんこになった瞬間、城の塔からものすごい閃光が吹きあがった。見ると、グリフィンドール塔が「ほとんど首なし」ニックのようにぱっくり口をあけて、流れ星花火をうちあげたところだった。花火は壺からこぼれた金平糖のごとく夜空にあふれ、森のうえでひとしきり爆発してちりちりと落下した。うちの一つが暴れ柳に落ちたとみえ、ひらめく光のなかで、怒りくるった巨大蜘蛛のようなシルエットが、一瞬城の足元を叩きにきた。
窓という窓には灯がともり、歓声が外まで聞こえてきた。見上げると、夜空を、光りかがやくへんてこな姿がいくつも横切っていった。よろこびに我を忘れた連中が夜間飛行に繰り出したのだろう。老人はしばらくその軌跡を目で追った。だがその顔はきびしく、彼は足早に城の中へ入っていった。
校長室は、花瓶にさされた火の鳥の尾羽に照らされて、ぼんやりとしずまりかえっていた。ダンブルドアが入ってゆくと、窓際に立って外を眺めていた人影が振りかえった。黒髪を肩のところまでのばした、やせた、若い男だった。老人の姿をみとめると彼は一礼した。
「セブルス、よく戻ってきた」
ダンブルドアはつかつかと歩みよって声をかけた。窓からさしいる夜の光のなかで、かつての教え子の顔はあおじろく、けわしい表情をきざみ、憔悴しているように見えた。
「依頼のものはここにあります」
曖昧におのれをしめしながら、セブルス・スネイプは告げた。「わたくしの用意はできています。だが、この情報が今更何の役に立つと? 彼は昨夜、死なぬまでも決定的に没落したのではありませんか」
ダンブルドアはしずかに言った。「しかし、そなたも承知のとおり、いまだ死んではおらぬからじゃよ」
「今、ここで?」若者は性急にきいた。それから顔を歪め、すべてはくだらない冗談だとでもいうように、短い笑い声をたてた。「それとも今夜はゆっくり休み、明日、魔法省の尋問室でという訳ですか」
ダンブルドアは笑わなかった。
「手紙に書いたとおり、わし自身が昨日のいきさつをよりよく理解するために、そなたの知識を借りようとして呼んだのじゃ。断ってもかまわんし、断ったからといってどうする訳でもない」
「あなたを信用してよろしいのですね」
スネイプはコップに水をそそぎ、ローブの下から小さな薬瓶を取りだして、中のものを数滴たらし入れた。その手がかすかにふるえているのを、老人は見た。
「そなたにそのようなものは必要ないじゃろう」ダンブルドアはそっと言った。「真実薬など」
スネイプは顔を上げず、コップの水を注意ぶかくかきまわした。「わたくしは、自分をそれほど信用してはおりません。秘密を、鍵もかからぬ場所に放っておくなど」遠くで花火が炸裂し、ガラス窓がその反射にきらめいた時、スネイプは低くつぶやいた。
コップの水は白く濁った。だがやがて、はじめの透明さに吸いこまれるように色は消えていった。ドドーン。ドドーン。花火が鳴った。
「だが、ポッターが死んだ。あなたが手紙に書かれたように」だしぬけに彼は口をひらいた。「何故です?」
「ヴォルデモート卿が彼らを襲ったのだ」背後からダンブルドアは言った。「妻と息子を逃がすために、ジェームズは彼に立ち向かった」
「あの男は知らなかったのですか? 息子が生まれれば彼のちからは失われると。わたくしがあなたに指摘した‥‥」
「もちろん、ジェームズは知っておった。だからこそ、彼らは身を隠したのじゃ。しかし、たとえ死ぬことになろうとも、愛する者たちを守るためには、他に何ができよう‥‥」
「自業自得だ」背を向けたまま、若者は吐きすてるように言った。「彼はあまりにあけっぴろげにあの能力を使った。かの人物が、ーースリザリンのしんじつの継承者をさがしもとめ、ーーポッターをそれと悟ったとしても‥‥」
不意にスネイプは振りかえった。「誰が裏切りを?」彼はささやいた。暗い色の瞳がぎらりと光った。「勿論あなたではないのだから、裏切り者はあの男しかいない‥‥」
「真相は、まだ誰にもわかってはおらん」
ダンブルドアはきっぱりと告げた。だが、スネイプは肯んじなかった。「シリウス・ブラックは、今どこに?」
ダンブルドアは隠さなかった。「今日の午後、魔法警察が逮捕したとの知らせがあった」
若者の頬に陰惨な笑いが浮かんだ。彼はつぶやいだ。「では、ブラックは生きているのですね」
「断罪すべき者を断罪するのは、すべてが明らかになってからじゃ」
老人はくりかえした。しかし、相手は不意の熱病にとらわれたかのようだった。「では、真実の一部を明らかになさるがよろしい」彼は老人と目をあわせたまま、コップの薬を一息に飲みほした。
「校長、あなたはひとこと、〈語れ〉と言えばよいのです。あなたのその言葉が、わたくしが自らにかけた術を解く鍵なのですから」
スネイプは早口に告げた。薬はすみやかに効果をあらわすようだった。長椅子になかば横たわり、なかば目をつむって彼がささやいた時、薬は彼の意識の表層をすでに浸蝕しはじめていたに違いなかった。ーーあの時、あなたはわたくしに命じたではありませんか? 大いなる秘密を語り出す口調で、彼はつぶやいた。あなたが語ることを許さぬかぎり、語ってはならぬと。よもやお忘れではありますまい。‥‥
意識を失ったその頬を、外の花火が照らしだした。グリフィンドール塔から上がる花火だった。それに応えるかのように、ホグワーツ特急の汽笛にも似た野太い響きが窓ガラスを震わせた。レイブンクローとハッフルパフの塔が二羽の白鳥のようにーーというよりもむしろ、二頭の雷竜のように、首をからみあわせて鳴きかわしているのだった。スリザリン寮だけが黒ぐろとしたシルエットを夜闇に浮きあがらせながら沈黙していた。ダンブルドアは窓の外の狂騒をしばらく眺め、それから長椅子の傍らに腰をおろした。
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◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
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