薔薇寓話05
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大広間は数日遅れのハロウィーン・パーティのためにはなやかに飾りつけられた。くりぬかれた無数のカボチャが柱といわず、梁といわず、あらゆる場所におとなしくぶらさがって灯を入れられる順番を待っていた。それから彼らは、オレンジ色の残像を引きながら、宙のなかばに順序よくただよいのぼっていった。テーブルにはあらゆる質感と光彩をもったとりどりの食材があふれかえっていた。
生徒たちはため息をついた。誰も、このように壮麗なハロウィーンを経験したことはなかった。「こいつはすごいや‥‥百味ビーンズのつかみ取りだぜ」三角帽子がさかさまに置かれたテーブルを見て、グリフィンドールの三年生、マシュー・ノーランが口笛を吹いた。
「百味ビーンズなら、こないだの宴会でしこたま食べたじゃないか」緑の葉のまに見え隠れするローストチキン(たぶん。つかまえようとすれば反転して逃げだすエッシャー鳥のペキンダックではない筈!)を仔細に観察しながら相棒のマイケルが用心ぶかくつぶやいた。「ほんと、こないだはいかしてた。ペロペロ・キャンディ投げ合戦はともかく、寮対抗バタービールがけなんか、きっともう一生できないぜ。今日のは、‥‥」彼は壁ぎわのテーブルに軽蔑のまなざしを投げた。「今夜はあいつらもいるからな」
スリザリンのテーブルにスリザリン生がばらばらと着席するところだった。一瞬、広間の会話がとだえた。
「今夜のは学校の公式行事だからね。明日からの授業再開にむけて、そろそろ厳粛な気分に戻るべき時だと思わないか?」
監督生のせりふが沈黙のあいだを響いてきた。一座の生徒は顔をしかめた。だが、それが合図になった。
「僕、新しい先生が着任するって噂を聞いたけど」
マシューの横で、赤毛のチャーリー・ウィーズリーが周囲を見わたしながら口火を切った。一同はうなずいた。共感をこめて。それからみなはいっせいにしゃべり出した。「この季節はずれに!」「まあ、この二月、授業はあってなきがごとくだったものねえ‥‥休講つづきで」
「さすがに上級生の保護者から文句が出たらしいよ。必修科目が二つも欠けているだろ」
隣の五年生が大仰に天をあおいだ。
「『魔法薬学』と『闇の魔術に対する防衛術』! 恐怖の双璧だなーー資格試験と軍事教練の」
「新任の先生じゃなくて、老いぼれブランダンが戻ってくるんじゃないか?」テーブルの向かいから、別の五年生が指摘した。
パトリック・ブランダンは闇の魔術に対する防衛術の教授だったが、去年の今頃、魔法省の「闇の魔術に対する防衛」委員会の委員長に選出されてホグワーツを離れたのだった。この授業は事実上の軍事教練だったので、休講をよろこぶ生徒も多かった。不足単位は休み前の集中講義でおぎなわれることになった。ところがその補講たるやーー何人もの先生がリレーして、まれにみる資格試験仕様のつめこみ授業をやってのけた(一体、あの実技の山をどうすればペーパーテストに変換できるんだ?)。先の六月、そのためにみなはあやうく気が変になるところだったのだ。
「でも、教練はもう無い」
監督生がきっぱりと断言した。「『例のあの人』は没落したんだから。これからは正しい歴史がはじまるんだ‥‥」
彼の目にはしずかな誇りがうかんでいた。だが、他の生徒たちはしかつめらしく顔を見あわせて呟いた。「それじゃ、問題は試験だ」
「資格試験対策なら、『魔法薬学』に決まってるわ」四年生の輪でレイブンクローの女子生徒が話している。「姉が言っていたんだけど、O・W・LでもN・E・W・Tでも、『魔法薬学』の配点ってすごく高いんですって。そしてホグワーツ生の点数はここ数年、平均点以下だって」
「みんな、一年以上もたなかったんだよな」
「何年か前、一人爆発しちゃったんだろ」
「確か、釜がふっとんだんだよな‥‥精力剤か何かつくってて」
「せめて媚薬と言いなさいよ」
「あっ、ほら見て」
正面のテーブルには先生方がすでに着席していた。マクゴナガル先生の隣に、黒い髪に黒のローブをまとった若い先生がにこりともせずに座っていた。今や、ほとんどの生徒がそちらに気を取られていた。ささやきかわす声が夜を映した天井にわんわんと反響した。
その時、ダンブルドアが立ち上がり、手をたたいた。
「さてさて、生徒諸君。今宵の宴会は、我が校にとって、実に十一年ぶりにひらかれたハロウィーン・パーティじゃ。この十一年間ハロウィーンを祝うことのできなかった訳、よろこばしくも再開できるようになったいきさつについて、わしは今、多くを語ろうとは思わぬ。その訳はみなそれぞれに聞き知っていようし、みんなの関心が目先の料理にあるのは見え見えだからのう。ともあれ、これは、数日順延してまで実現しためでたい祝いごとですじゃ。とことん楽しみましょうぞ」
ダンブルドアが息をつぐのを見て、気のはやい連中がばらばらと拍手した。老人は微笑を浮かべ、そちらに頷いてみせた。それから、やや表情をあらためて各寮のテーブルを等分にながめわたした。「とはいえ、特にこの二か月というもの、諸君は十分に勉強に打ち込むことができなかった。そのことを、わしはホグワーツの校長として、心から謝罪したいと思う」
そしてダンブルドアがほんとうに頭をさげたので、広間は水を打ったように静まりかえった。生徒たちは固唾をのんでダンブルドアを見つめ、何が言い出されるか、待ちうけた。だが、校長はいたずらっぽい笑いを取り戻していた。
「明日からは、諸君はこころおきなく知識の大海に溺れることができるじゃろう。先生方もそれを楽しみにされておる。さらに、休講の続いていた学科についても、幸いなことに、優秀な水先案内人をお招きすることができたーー魔法薬学のセブルス・スネイプ先生じゃ」
何百ものまなざしが教授席に集中した。新任の教師は立ち上がって一礼した。そして広間を見わたすことも、愛想笑いを浮かべることすらせずに着席した。拍手はなおざりだった。「あんな若造! この学校は一体何を考えているんだ。おれたちがO・W・Lテストに全員落第すればいいってのか」スリザリン生のテーブルから聞こえた声は、ひとりごとというには大きすぎた。下級生たちは首をすくめ、気弱な連中は目をつぶった。
ダンブルドアは何ごともなかったようにスリザリン生たちを見た。「そして、スネイプ先生には、スリザリン寮の寮監もお引き受けいただいた」
発言者の五年生が一瞬鼻白んだのが遠くからもわかった。グリフィンドールの誰かの口笛が鳴ったのは、ダンブルドアが宴会開始の合図をしたのと同時だった。広間はどっと沸き立った。食器がふれあうカチャカチャいう音。わんわんと響く話し声。あちこちで笑いの波が揺れた。
「ナイス・タイミング、ダンブルドア」
やはりエッシャー鳥だったローストチキンに無慈悲にとどめを刺しながら、マイケルがたずねた。「どう思う、あのスネイプってやつ」
「ウン‥‥ひょっとしたらうまく取り込めるんじゃないか‥‥まだ若いし」
「あの目つきを見て言ってるのか?」マイケルは相棒の答えに目をむいた。「見ろよ、あの形相‥‥グリフィンドールに恨みでもあるって感じだぜ、まるでメドゥーサーーだろ。(「メドゥーサって女じゃないのか」と言いかけたチャーリーの足を、マイケルは思いきり踏みつけた) スリザリンの奴らのほうもーーこのダニどもがって顔だな。まあ、奴らはダニだけど」
マシューは百味ビーンズを調べるのに気を取られていた。「まずはお手並み拝見といこうや。対策をたてるのはそれからでも遅くないだろ」
「その前に石にされてなきゃな」
鼻の頭に皺を寄せたまま、マイケルは言い返した。
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◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
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