言葉にする/言葉にしない
#cover
言語化する暴力/言語化しない暴力
東京大学「ボーカロイド音楽論」講義 256頁
世界は言語に規定される。だからこそ、言葉にすることによってそれは存在する。言葉にしないことは、それを存在しないものとすることだ。「言語化しない」ことには、そのような暴力性があると言えるでしょう。
ただここで考えてきたようにも、別の暴力性があるわけです。選択肢が、Bさんの提示したように男女の二択ではなかったとしても、LGBTQIAP、あるいはもっとたくさんの選択候補があったとしても、言語化することは「分類に収まりなさい」という言語の命令に相手を屈服させることです。その文節体系への服従を強いることです。
言葉にすることで掴めるものがある
Lost in Translation
Eckhart Tolle wrote, "Words reduce reality to something the human mind can grasp, which isn't very much." I'm hesitant to agree. Words allow us to grasp and hold onto an extraordinary amount. Sure, all languages can be picked apart and reduced to just a few vowels or symbols or sounds, but the ability that language gives us is incredibly complex. There may be some small essential gaps in your mother tongue, but never fear: you can look to other languages to define what you're feeling, and these pages are your starting point.
曖昧なものを曖昧なまま
言語化によって失われるものがあるものはそもそも存在しない
言葉にすることは捨象すること
しかし残念ながら、僕らはことばがことばであり、ことばでしかない世界に住んでいる。僕らはすべてのものごとを、何かべつの素面のものに置き換えて語り、その限定性の中で生きていくしかない。
もし僕らのことばがウィスキーであったなら