外出自粛の週末
世の中は新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されている。ここ熊本も少数とはいえ感染する方が出て、先週には「クラスター」の発生が確認された。感染者が温浴施設に数日間滞在していた、というもので、接触人数が多いことも想定される。これを受けて、熊本市長、熊本県知事は立て続けに先週末の外出自粛要請を発表した。
なんとなくこうなることは想定していたし、子らも学校の臨時休校から春休みに入り、iPadでの読書や自宅の前でのバドミントンなど、家での過ごし方にも慣れてきていたので、生活自体にはそれほど心配はなかった。
唯一の大きな影響は、日曜に予定されていた子らのピアノ発表会の中止。苦渋の判断をされた先生の気持ちは察しても察しきれないほどのものがあるが、子らも日々テレビなどの報道から「世の中が大変だ」というのは理解しているし、ひどく落ち込む様子もなく「仕方ないね」という感じだった。学校が休校になってから、災い転じて福と為すではないが、発表会に向けた練習に多くの時間を割くことができ、ピアノに向き合う姿勢のようなものも明らかに良い方向に変化したように見えた。だから、発表会そのものは中止になっても、彼らの練習成果が彼らの血肉になったという大きな収穫があった。その感覚は、親である自分だけでなく子ら自身も感じていたと思う。無理に発表会を開催して万が一のことがあっては取り返しがつかない。これでよかったのだ。
とはいえ、せっかくドレスやスーツも——通販で破格に安いものを——用意していたし、なんらかの形で披露する場があればいいなと思って、発表会があるはずだった当日、我が家で演奏会を開くことにした。家族4人で演奏会らしい格好に着替えて、2つ並べて客席に見立てたチェアに妻が座り、私はアップライトピアノの脇からiPhoneで動画を撮る。子らは一人ずつピアノの前に進み、iPhoneに向かってお辞儀をした後、鍵盤の前に座って演奏を始める。姉弟でそれぞれ独奏を1曲、2人で連弾を1曲、披露してくれた。家族以外の客のいない演奏会だというのに2人ともなんとなく緊張していた。きっとそれは、これまで練習を積み重ねてきた自負があるからこそのプレッシャーだったのかもしれない。
撮影した演奏の動画を、息子が「先生にLINEで送りたい」と云う。それはいい、と思った。リモートワークならぬ「リモート発表会」だなと思った。
◆◆◆
土曜の夜。事前の計画では、ケンタッキー・フライドチキンの『とりの日パック』を買って夕飯にする予定だった。ところが、近所にある店舗ではドライブスルーに車の行列ができていて、今にも国道にはみ出しそうな勢いだった。予想されたことだったのか、警備員の姿もあった。国道にはみ出して渋滞の原因になりながら『とりの日パック』の行列に並ぶのにはなんだか引け目を感じたので、少し離れた郊外の店舗に車を走らせてみた。 しかし、結論から言うとその店舗をこの目で見ることすらできなかった。その店舗に向かう道の渋滞は1店目のそれを遥かに上回っていて、渋滞ではなく停滞と呼ぶ方が適切だった。
とはいえ、家で待つ子らのために何か夕飯を調達しなければならない。妻と2人、『とりの日パック』は買えなかったけれど……と話し、結局この日の夕飯は鶏の唐揚げや魚のフライを並べた揚げ物パーティーになった。なんというか、我ながら安直な思考回路だけれど、子らからしてみればケンタッキーのフライドチキンと家で揚げた唐揚げのどちらも好物らしく、喜んで食べていた(とくに市販のからあげ粉ではなく生姜とにんにくと醤油に漬け込んだ鶏の唐揚げが好きらしい)。
そして、日曜の夕飯にはビーフシチューを仕込んだ。これも子らにとっては大好物で、箱の裏には10皿分と書かれた分量が、いつもあっというまになくなる。普段はあまり炭水化物をがっつかない息子が「パンがおいしい」とバゲットを次々と口に運んでいたのが印象的だった。
ぱっと見は、自宅での「自粛生活」に慣れているように見える子らも、おそらく——少なからず——ストレスを抱えながら過ごしているのだろうと思う。友達と思い切り遊ぶことは当面叶わないけれど、我慢が増えた分、食事の時間くらいは普段より楽しいものにしてやれた……だろうか。だとすれば良いのだけれど。
◆◆◆
もう一つ、外出自粛要請で急な変更を余儀なくされたことがあった。ピアノの発表会に向けて父子で美容室に行って髪を切る予定だったのだ。息子は平気そうだけれど、私は後ろ髪が伸び過ぎて気になって仕方がなく、止むを得ず自宅の洗面所で「セルフ散髪」をすることにした。幸い
1年ほど前に自分で髪を切っていた時期があって——散髪代をけちっていたわけではない——、作業には慣れていた。案の定、うまいこと後頭部がすっきりとしてとても満足している。
何事も、ある程度は捉え方次第だと思う。さすがに、たとえば「病気になってよかった」とまで思えるほどの度量はないけれど、できるだけポジティブに生きていきたい。
突然訪れた休校期間のおかげで子らが読書の楽しさに気づいて良かった。
休校期間にピアノ発表会の練習という「向き合うこと」があって良かった。
「リモート発表会」を恥ずかしがらず楽しめる家族でよかった。
奥さんも子らも夕飯をもりもり食べてくれて良かった。
自分で髪を切ることに慣れていて良かった。
こうやって文章に書く楽しさを、知っていて良かった。
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