DaPoe251129
基本的には詩っていうのは孤独だと思います。
もちろん、詩のボクシングでオルタナティブを示されたわけで、木下龍也的な世界観(詩はすべて「さみしい」という4文字のバリエーションに過ぎない、けれど.)から抜け出せる あるいはヒップホップやラップバトルを見よ。
とはいえ谷川俊太郎が27年前ですら、詩は究極のマイナーだ、というようなことを言っていましたし、いまも変わらない。
おそらく布施琳太郎の言葉を借りれば、詩の世界を広げるのではなく、詩によって世界を広げる必要があります。
code:布施琳太郎251129
今日のトークでも言ったけれど、僕の基準として、理想の展覧会とは(訪れる人の半数くらいは)自分が見ているものが展覧会だと気が付かないようなもの。展覧会の世界をひろげても意味なんてなく、展覧会によって世界をひろげたい。幸福にも人生でなんどか、そういう状況をつくったり観ることができた。
そこは自分が見る実行する詩の中心的なコンセプトとしたい。 どうやって詩/Poetryと名乗らずに詩/Poetryが可能か
他ジャンルと接続していくか
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もちろん一方で自分はジャンルとしての詩は好きなので、読み続けますけども。そこは土台としてあります。
東浩紀が雑談で言っていたけど、詩歌を読むということは芸術のジャンルやあるいは趣味嗜好として狭めるのではなく、少なくとも政治を考えるときに、他者への苦しみや痛みへの想像力を持ってない人が政治をやるべきではない、ということに通じる。 こうやって他者への想像力うんぬんとかいって、詩が好きだとか言っている自分でも、失敗が無限にある。具体的な人間関係における想像への失敗が、詩を読ませるとも言えるかも。
上の雑談、
「同意」問題(歴史修正主義と訂正する力の違いについての箇所)について、
「同意してたよね」「いま傷ついてないよね」と確認しても、相手は「我慢してるかもしれない」。
そしてあとで告発されたり、縁を切られたりして苦い経験をする、と。
それは思想の違いとかではなく、人間ってそういうもんだな…ってことの諦観のようなもの。
毎日、気分や体調、考え、捉え方は変わる。
それが人間の無責任さでもあり、自由でもある。
そういうことを、まずきちっと自認することから、愛が始まるのではないかな。
不条理だけど、
不条理をポケットに入れること。
code:太初の朝
春の朝でもなく
夏、秋、冬、
そのような日の朝でもない朝に
まっ赤な花が咲きだしたんだ、
日射しは青く透けているのに、
そのまえの晩に
そのまえの晩に
すべてはととのえられてあったのだ、
愛は蛇とともに
毒は幼い花とともに。
『空と風と星と詩』(ユン・ドンジュ)より
code:Famous
The river is famous to the fish.
The loud voice is famous to silence,
which knew it would inherit the earth
before anybody said so.
The cat sleeping on the fence is famous to the birds
watching him from the birdhouse.
The tear is famous, briefly, to the cheek.
The idea you carry close to your bosom
is famous to your bosom.
The boot is famous to the earth,
more famous than the dress shoe,
which is famous only to floors.
The bent photograph is famous to the one who carries it
and not at all famous to the one who is pictured.
I want to be famous to shuffling men
who smile while crossing streets,
sticky children in grocery lines,
famous as the one who smiled back.
I want to be famous in the way a pulley is famous,
or a buttonhole, not because it did anything spectacular,
but because it never forgot what it could do.
code:jp-translate
「有名」
川は魚にとって有名だ。
大きな声は沈黙にとって有名だ、
その沈黙は誰かが言う前から
地を継ぐのは自分だと知っていた。
塀で眠る猫は鳥たちにとって有名だ
巣箱から彼を見つめる鳥たちにとって。
涙はほんのつかの間、頬にとって有名だ。
あなたが胸に抱く想いは
あなたの胸にとって有名だ。
ブーツは大地にとって有名だ、
ドレスシューズよりもずっと、
それは床にしか知られていないのだから。
折れ曲がった写真は、それを持ち歩く者にとって有名で
写っている者にとってはまったく有名ではない。
私は足を引きずる人々にとって有名でありたい
通りを渡りながら微笑む人々に、
スーパーの列に並ぶべたべたした子どもたちに、
微笑み返した者として有名でありたい。
私は滑車が有名であるように有名でありたい、
あるいはボタン穴のように、何か壮大なことをしたからではなく、
ただ自分にできることを忘れなかったから。