反競争性・正当化理由・競争促進効果(2025年7月の質問に応えて)
質問
(長い文章でしたが、おおむね、次のような内容であると理解しました。)
弊害要件の成否の判断において、反競争性と正当化理由の比較考量がされる、と解説されているが、
(1) 後記(2)のように反競争性の議論の中に回収されるものを除くと、反競争性と正当化理由は性質を異にするので、単純な「比較考量」はできないのではないか。
(2) 効率性向上やインセンティブ確保は、競争促進効果を持つため、反競争性との比較考量がしやすいとは言えるが、これはむしろ、「反競争性」の枠内で、競争変数が左右されないという判断を導くための要素として捉えればよいのではないか。
回答
前提として、「白石忠志の著作における「反競争性」の概念について」を置いておきます。質問者は、この点を踏まえた上で質問している、と理解しています。他の読者もいるので、前提を共有するために置くものです。
質問(1)は、ご指摘のとおりであり、検討を深めるべき難問です。ただ、性質を異にするものの比較は、法学のあらゆる分野の随所において、常にされていることです。質問者の質問の重点は質問(2)のほうにあるように理解しましたので、ここでは質問(1)にはあまり踏み込まずにおきます。
質問(2)でご指摘のものの中には、ごく一部ですが、ご指摘のとおりのものがあります。典型的には、市場の中で弱者連合が作られ、複数の弱者の間で「効率性向上」がされた場合には、強者との競争が促進され、競争変数左右が起きなくなることがあり得ます。このようなときには、「効率性向上」を「競争変数左右」(反競争性の一つの解釈)の中に取り込んで検討することが可能です。
このような「反競争性の成立を否定する要素としての効率性向上」には、『独占禁止法 第4版』110頁註295とそれに対応する本文で言及しています。過去には『独禁法講義』でも言及したことがあるかもしれません。しかし、実際の事例にはほとんど出てきません。そこで、『独禁法講義 第11版』では言及していません。ほとんどの「効率性向上」は、関係者が自覚しているか否かは別として、下記のような「正当化理由としての効率性向上」です。
質問(2)でご指摘のものの多くは、実は、競争変数左右の成立を否定するものではありません。
多くの「効率性向上」は、競争変数左右の成立があるとしても、ベースとなるコストが下がるので、結果として得られる価格(等の競争変数)も、結果として、需要者にとって問題行為の前より有利なものとなるので、問題はない、というものです。これは、競争変数左右の成立を前提として認めている点で、競争変数左右の中に取り込める要素ではなく、競争変数左右が成立しても弊害要件は成立しない、という意味での正当化理由の要素と言わざるを得ないと考えられます。言い換えれば、「反競争性」の解釈として競争変数左右が採用される際には、その競争変数の高低は問題とせず、とにかく左右されるのは不適切である、という考え方が、その中核部分に存在しています。
なお、グリーンガイドラインやクボタ/日本鋳鉄管事例が示すように、「需要者にとって使用上の価値に直接の変化がない場合であっても、品質の向上と評価できる」と言うに至っては、需要者にとっての現在の競争変数に全く関係がないものでも考慮するという意味で、反競争性の枠外の正当化理由であるという意味合いが更に強まっているもの、と言うことができます。まとめとして、2025-07_01。
「インセンティブ確保」が「競争促進効果」と言われるのは、多くの場合、その論旨は、知的財産権の行使によって製品市場において他者排除が起こり製品市場の競争に影響が生じても、それは、そのような知的財産権に係る発明をしようとする研究開発の競争を促進するから問題がない、というものです。ここでは、製品市場においては競争変数左右は起きており、そのことを、その市場の川上においてインプットとして必要とされる研究開発成果(=技術=知的財産権)を得ようとする競争を促進するために必要であるのだから目を瞑れ、というものであるわけですから、競争変数左右が成立しても弊害要件は成立しない、という意味での正当化理由の要素と言わざるを得ないと思われます。
なお、知的財産権の行使による製品市場での競争変数左右が起こる時点では、川上インプットである知的財産権に係る発明の研究開発は終わっているので、過去の研究開発競争を活発化させるために現在の競争変数左右を正当化する、とも言えます。しかし、そのような形で研究開発競争の勝者は優遇されるという考え方を示すことにより、将来に向けて多くの分野での研究開発を促進する、という観点から、現在の製品市場での競争変数左右を正当化する考え方である、とも言えます。そのように説明するのであれば、ますます、現在の製品市場(検討対象市場)との関連性は薄まることになります。
なお、国内外を問わず、いわゆる「グリーン関係者」を中心に、「正当化理由は検討対象市場の内部で成立する必要がある」旨を述べる論者が、存在するようです。そのような論者は、上記のように、検討対象市場の外で良いことが起こることによって正当化する事例が過去から連綿と存在することを(そのようなことを言語化できていなかったために)理解していないのでしょう。正当化理由をめぐる議論が、「グリーン」で初めて出てきた、と思っているのかもしれません。そもそもその段階で、説得力を欠く議論です。
以上で、お答えになるかと思います。
なお、以上の検討から明らかであると思いますが、「競争促進効果」という言葉は、「検討対象市場において競争を促進するので競争変数左右などの反競争性を起こさない」という意味で用いられているわけでは、実は、なく、「検討対象市場においては競争変数左右などの反競争性は起こるのであるが、何か別の意味で良いことがあるのでそれに「競争促進効果」という名前を付けて、正当化理由という概念を認めようとしない競争至上主義者を含めた皆さんに納得してもらおう。」という程度の言葉です。厳密に、どのような市場においてどのような競争をどのような形で促進する、ということを明瞭に言語化して使っている論者は、いないと言って差し支えありません。つまり、「正当化理由」という言葉に抵抗のある筋にも正当化理由に相当する議論を受け入れてもらうための方便に過ぎないのです。以上のことは、『独禁法講義 第11版』155頁1〜4行目あたりに書いていますが、もっと総論的な箇所に書くべき共通問題でした。『独占禁止法 第4版』では、96頁註223。