表に出ろ
その日の夕方、僕がいつもみたいにへとへとに疲れて事務所の扉を開けようとすると、怒鳴り声が聞こえた。
声の主は、僕より10歳年上のドライバー、高槻やった。
高槻のおっさんは自分が気に入らんことがあったら声を荒げるけんなぁ、僕もちょっと苦手なんよな。
ほんで怒鳴られとんは、エビちゃんやった。
ちょっと聞いた感じでは、エビちゃんがミスして集荷に漏れがあったみたいやな。高槻は普段から事務員をあんまりよう思ってなかったけん、ここぞとばかりに怒りをぶつけとうみたいやった。
「わざとでないんやけんほんなに怒鳴らんだってええやないですか」
「わざとでなかったら仕事でやらかしてもええっちゅうんか?」
僕より先にもんてきとった和がなんとか高槻をなだめようとしよったけど、高槻は事務員と仲ようにしよう和のこともあんまりええように思ってないみたいやったけん、火に油やった。
まあ単純な高槻のおっさんのことやけん、適当に怒鳴らせといたったら飽きてどっか行くわと思とったんやけど、小さあなって何度も謝るエビちゃんを見るんはキツかった。
「もうほんくらいでええんとちゃいます?海老名さんやって反省しとうやないですか」
いつもやったらこういうもめごとにはあんまり口を出さんのやけど、今日は東雲さんが留守やし、なんとかしたらなエビちゃんがかわいそうでな。
ほしたら高槻のやつ、エビちゃんのことを「女みたいなガキ」呼ばわりして、今回の件と関係ないエビちゃんの外見や人格を否定するようなことまで言い始めよった。
エビちゃんが顔を覆って泣き始めると、今度はほれをバカにした。
「おまえ、調子乗んなよ…!」
握りしめた拳を震わせながら、和が声を上げた。僕はほんな和を押しのけて、高槻との間に割って入った。
「ええ加減にせえよ!」
自分でも信じられんくらいの大声が出た。
事務所は一瞬で静まり返って、エビちゃんのすすり泣く声と、電話の着信音だけが響いとった。
「ミスしたんは海老名さんが悪い。ほなからいうて海老名さんの人間性を否定してええってことにはならん。女の子みたいな言動や顔の何が悪い?男は泣いたらアカンのか?」
驚いた様子の高槻に、畳みかけるように僕は言うた。
エビちゃんは僕の大切な友達やぞ、こんなもん、黙っとれいうほうが無理な話やわ。
「なんやおまえ、いつもこいつや東雲とつるんどうと思ったら、やっぱりほういう趣味か?男同士で気色悪い……」
高槻は僕を見下すような目で見て、笑うた。
「表に出ろ」
僕は完全に頭に血が上っとった。
許せんかった。エビちゃんをバカにされるんが。僕とエビちゃんの関係を、ほんな風に笑われるんが。
高槻に詰め寄った僕の前に、立ちふさがったんは和やった。
「伊勢原さん!」
和の顔は青ざめて、体は小刻みに震えとった。
「伊勢原さん……え、エビが怖がっとうけん、やめたってください……」
ほう言われて、僕は我に返った。
エビちゃんはずっと泣いとった。
僕はエビちゃんのそばにしゃがんだ。小さな背中をなでると、エビちゃんの体は驚いたように小さく跳ねた。
「ごめんなさい、僕が悪いんです」
エビちゃんは僕に向かってほう言うた。さっきから何度も繰り返してきた言葉やった。
「ごめん、エビちゃん。……向こうに水飲みに行こ?」
僕がエビちゃんを連れだすと、事務所がざわつき始めるんが聞こえた。
普段やったら東雲さんが一人でうまいこと片付けとうことなんよな。
僕は、ただ和とエビちゃんを怖がらせただけや。