ええ加減にせえよ
その日の夕方、遥が集配から帰って事務所に入ると、すぐに怒鳴り声が聞こえた。
年配のドライバーのほうは遥よりも10歳ほど年上で、短気な性格をしていた。
話を聞いているとどうも静のミスで集荷の漏れがあったらしく、普段から静……というか、事務員をあまりよく思っていない風だったドライバーがここぞとばかりに怒りをぶつけているようだった。 和がその場にいて、なんとか年配のドライバーをなだめようとしていたが、火に油だった。
遥もすぐに間に入ったが、年配のドライバーはすでにかなりヒートアップしていたらしく、聞く耳を持たなかった。
円がいればいつもそうしているようにうまく間に入ってくれただろうが、今日は休みを取っていて不在だった。
年配のドライバーの言い分は次第にズレていき、静のミスから静の人格を否定するようなことまで言い始めた。
静が顔を覆って泣き始めると、今度はそれをバカにした。
「おいおまえ…!」
ついに堪忍袋の緒が切れたらしい和が声を上げたが、それを制して前に出たのは遥だった。 「ええ加減にせえよ!」
信じられないくらい大きな声を出した遥を見て、和ですら緊張した。
静まり返った事務所に、静のすすり泣く声と、電話の着信音だけが響いていた。
「表に出ろ」
遥は低い声で言った。いつものような優しいまなざしは消え失せて、猛禽類のような目で年配のドライバーを見据えていた。 あれほど怒鳴り散らしていた年配のドライバーは、完全に萎縮してしまっていた。
「伊勢原さん!」
止めに入った和は、小刻みに震えていた。
入社してからずっと遥とつるんでいた和も、遥がこれほど怒りをあらわにするところを見たことはなかった。遥には怒りの感情がないのだとすら思っていた。
「伊勢原さん……え、エビが怖がっとうけん、やめたってください……」
和にそう言われて、遥は我に返った。
静はずっと泣いていた。
遥は静のそばにしゃがんだ。静の背中をなでると、静の体は驚いたように小さく跳ねた。
「ごめんなさい、僕が悪いんです」
静は遥に向ってそう言った。さっきから何度も繰り返してきた言葉だった。
「ごめん、エビちゃん。……向こうに水飲みに行こ?」
遥が静を連れ出すと、事務所はようやく元の姿を取り戻し始めた。
普段なら円が一人で一瞬のうちに片づけていることだった。
残された和は、まだ自分の手が震えていることに気が付いて、驚いた。