窮屈……やないですか……?
休日の午後、静が甘いもんが食べたい言うけん、僕たちはよう行く喫茶店に来とった。
店の中は相変わらず人が多くて、老若男女が食事をしたりコーヒーを飲んだり、話に花を咲かせたり勉強したりしとった。
ココア風味のバウムクーヘンには、ごっつい紫色のソースがかかっとって、それが季節限定の紫いもソースらしかった。
「いけるん?」
「いけていけて!」
僕が訊ねると静は満足げに答えた。
「秋限定やけん、今しか食べれんけん」
「秋といえば」
僕がつぶやくと、静はすかさず「紅葉狩り?」と言うてきた。 言いながら、僕は自然と苦笑いしとった。
「なにぃ?ほの顔。なんか面白い思い出でもあるん?」
静はスプーンですくったソフトクリームを舐めて、面白そうに僕の顔を見た。勘のええやっちゃなぁ。 別に東雲さんに口止めされとうわけやないし、僕が恥ずかしいだけの話やけん、静には話してもええか。
ちょうど今くらいの季節やった。
僕は仕事で失敗したんと、そのとき付き合うとった彼女に振られたんとのダブルパンチで、だいぶ参っとった。
「伊勢原さん、僕の誕生日を一緒に祝ってくれませんか」
東雲さんはほう言うて、半ば強引に僕を飲みに連れていった。
なんで落ち込んどうときに人の誕生日祝わなアカンのやと思たけど、東雲さんなりの優しさやったんやろな。
飲みながら、東雲さんはひたすら僕の愚痴を聞いてくれよったけん。
僕は酒はだいぶ強いつもりなんやけど、ほのときはホンマに珍しく酔いつぶれてしもた。
「伊勢原さん、全部吐いたほうが楽になりますよ」
「ほなって僕、物心ついてから吐いたことやないけん」
僕がほう言うと、背中をさすってくれとった東雲さんが、ジャケットを脱いで腕まくりして、僕の口に指を突っ込んできた。
僕がどうなったんかは、お察しの通りやな。
ほれから先の記憶は全然なくて、目が覚めたら知らんベッドの上におった。 服は、やけに着心地のええパジャマに着替えさせられとった。
寝返りを打って、僕は変な悲鳴を上げた。
東雲さんが、黒目がちの少し眠そうな目で僕を見つめとった。
僕たちは東雲さんの家のセミダブルベッドで、一晩一緒に寝たらしい。
「窮屈……やないですか……?」
「かなり」
東雲さんが真顔でほう答えたんがおかしくて、僕は思わず笑うてしもた。
東雲さんも笑い出して、ベッドの上で二人でさんざん笑うた。
ほの後は、激マズのソルマックを泣きながら飲んで、シャワー借りて、東雲さんちでゆっくりさせてもうた。
ほの一件から僕ら、付き合うとんちゃうか言われるくらい仲良うなったんよ。
「東雲さんとはなんもなかったん?」
身を乗り出して静が言うた。
ソフトクリームはきれいさっぱりなくなっとって、紫いものソースがかかったバウムクーヘンが少し残っとった。 「どしたん、ジェラシー?」
僕が笑うと、静は上目遣いに僕を見て少し怒ったような顔をした。
「ヤキモチなんか焼けへんよ、遥は僕のことが一番好きって知っとうもん」 不服そうに言うて、静は残りのバウムクーヘンを口に運んだ。
「静は僕のことよう知っとう」
「僕、もっと遥のこと知りたい。遥が東雲さんと寝た話も知らんかったもん。ほなけん、もっと聞かせてな、遥の話」
「寝た言われん、寝とらんけん。いや、寝たけども」
僕はおかしいなって笑うた。静も笑うた。
東雲さん、すんません。全部静に話しました。静には僕のこと全部知ってほしいけん。