夏が終わってしまうよ
静が手首を切った夜のことが脳裏によみがえって、僕の手は震えとった。 「静?」
僕は冷静なふりをして、電話に出た。
やっぱり、静は泣いとった。
「どしたん?」
僕の不安が静に伝わらんように、優しい声を出したつもりやった。
「遥」
絞り出すような声で、静が僕の名前を呼んだ。
「なんでも言うてごらん」
僕は静が話し出すんを待った。
「遥、こんなことで電話して怒らんといて」
静の言うこんなことがどんなことかまだわからんかったけど、僕は首を横に振った。
「どんなことで電話してもええんよ。24時間365日、クレーム対応しております」
僕がほう言うと、静は泣きながら笑った。
「夏が終わってしまうよ。僕寂しいよ」
静はほう言うてまた泣いた。
「ほうやな、寂しいな」
静と過ごした初めての夏。二人で初めていろんなことした夏。終わるんは僕も寂しかった。
人一倍感受性が強い静やから、夏が終わるんが寂しくて泣くんも僕には理解できた。
「僕、秋嫌い」
「なんでな?」
「秋が来るせいで夏が終わるけん」
ほうか、と僕は言うた。
「冬も嫌い、寒いけん。春も嫌い、みんながキラキラしとうけん」
ほうやな、と僕はうなずいた。
僕がほう言うと、電話の向こうで静がわあっと泣いた。
アカンなぁ、静が泣くと、僕まで涙が出そうになるわ。
「紅葉狩り行っておいしいもん食べたい。遥の誕生日二人で祝いたい。遥の手作りのお弁当持ってお花見行きたい」
子供みたいに泣きながら、静が言うた。
ほうやろ?と僕は言うた。
「二人なら、一年中楽しいことでいっぱいや」
自分で楽しいことでいっぱいやって言うとんのに、泣いてどうするんや、僕は。
「僕、楽しみや。秋も、冬も、春も、来年の夏も」
静が鼻をすすりながらほう言うた。
ほうやな、僕も楽しみや。ほう言いたかったんやけど、上手いこと言葉が出んかった。
「あとな遥、クレーム対応は僕の仕事やけん」
静の言葉に僕は泣きながら笑った。
「電話に夢中でアイスクリーム溶かしてしもうたわ」
精一杯のクレームを入れさせてもろたよ。
「申し訳ございませんでした。新しい品物をご用意させていただきます」
静が鼻声でかしこまって言うのがおかしかった。
「ええよ」
静が笑った。僕も笑った。
楽しみやな、秋も、冬も、春も、来年の夏も。
ずっとずっと、いつまでも二人で、何度も季節を重ねていこうな。