思い出した?
夕方、事務所に帰るといつものように静が「おかえりなさい」と迎えてくれた。 僕が言うて集めてきた伝票を渡すと、静は上目遣いに僕を見て何か言いたそうにした。
「どしたん?」
「ちょっと、見てほしいものがあるんです」
ほう言うと静は僕を手招きして事務所を出て行った。
給湯室まで来て、静は周りに人の気配がないか慎重に確かめると、おもむろに制服の上着のファスナーを下げた。 「え?」
静が何をしようとしとるんか、僕はとっさに理解できんかった。
「わからん?」
静が甘い声で言うた。
「あっ」
思わず声が出た。
「思い出した?」
静がいたずらっぽく笑うた。
「思い出した、めっちゃ思い出した」
僕は口を半開きにして静を見つめとった。
少しダブらせた袖から見える手で、静が締めたネクタイ。ベッドの上で、僕が緩めたネクタイ。 僕にまたがった静が揺らしたネクタイ。
「ほうみたいやね」
静は視線を落として、楽しそうに言うた。
僕は静の視線の先を追って、恥ずかしくてそのまま顔を上げられんかった。
「ど、どうしてくれるんよこれ」
僕が言うと、静は「知らん」と言うて笑いながら事務所に帰ってしまった。
おあずけを食らった僕は、おさまるまで前かがみになってじっとしとるしかなかった。