僕はエビちゃんのこと、何も知らんかった
インターホンを鳴らした。
返事はなかった。
ドアノブに手をかけると、鍵はかかっとらんかった。
「エビちゃん、入るよ」
僕の息はまだ乱れとった。
走ってきたせいもあるし、不安と緊張のせいもあると思う。
「エビちゃん?」
寝室のドアを開けると、エビちゃんはベッドで布団をかぶって眠っとった。 「ごめん、勝手に入ったよ」
でも、なんかおかしい。
僕が呼んでも触っても起きんし、呼吸も浅いし、冷や汗をかいとるし。
僕はエビちゃんの頬を叩いて、名前を呼んだ。でも、全然反応がない。
サイドテーブルに目をやると、空になったペットボトルが一本と、薬のシートが何枚も置かれとった。 給湯室で僕が見たんと、同じ名前の薬もあったし、僕が知らん薬もあった。 頭が真っ白で、どうやって救急車を呼んだんか自分でもわからんかった。 脈を取ろうとして握ったエビちゃんの細い手首には、いくつもためらったような傷があった。
エビちゃんの血がついた僕の手は、どうしようもないくらい震えとった。
エビちゃんがこのままおらんようになってしまうんちゃうかって、ほう思うと怖あておれんかった。
給湯室で見た、水も飲めんくらい震えとったエビちゃんの手を思い出した。 エビちゃんは、いつも独りで泣きながら震えとったんや。
いつもこんな怖い思いをしとったんや。
僕はエビちゃんのこと、何も知らんかった。