サメです
#こんなに幸せな気持ちは初めてや
水族館のそばにあるベンチに、静と二人で腰かけた。
海が近うて、波の音が聞こえる。
静は僕と触れ合うように座って、ジンベエザメのぬいぐるみを大切そうに抱えとった。
僕が見よるんに気づいたんか、こっちを見て嬉しそうに笑う静は、いつもよりずっと幼く見えた。
僕は静の髪に触れた。ふわふわしとった。僕はこの柔らかい髪が好きや。
「サメです」
静はサメのぬいぐるみを持ち上げて、鼻にかかった声を出した。
僕はサメのぬいぐるみごと静を抱きしめた。
「これは静?それともサメ?」
「静じゃよ」
静が僕の背中に腕を回して答えた。
ふわふわした髪が、僕の頬をなでた。僕の好きな匂いがした。
「静、ごめんな。誕生日の約束忘れとって」
僕は静の髪をなでながら言うた。
「遅うなったけど、おめでとう。静、生まれてきてくれてありがとう」
静は僕の腕の中で小さく震えながら、泣いとった。
静はホンマにすぐ泣くな、僕はほんな静が大好きや。
「おいしいもん食べようか?静の好きなもん、教えてくれる?」
僕が言うと、静は涙をいっぱい溜めた目で僕を見上げた。
「ハンバーグ、チーズが乗っとうの」
静が瞬きすると、涙が頬を伝って流れ落ちた。
「ええよ。おいしい店探そ?」
僕は指で静の涙をぬぐった。
静も同じように僕の頬に触れた。
そのとき初めて、僕は自分も泣いとることに気がついた。
「静、来年も、その次も、ずっとずっと、二人で誕生日祝お?」
僕はもう、ホンマに泣けてきて、うまいこと声が出せれんかった。
「約束じゃよ?」
「うん、約束や」
僕は、目を閉じて静の赤い唇に自分の唇を重ねた。
波の音が聞こえる。
誰かが僕たちを見よったかもしれんけど、どうでもよかった。