こんなに幸せな気持ちは初めてや
#もっと静のこと教えてだ
香川の水族館に着くと、静は嬉しそうに僕の手を取った。
「ええやろ?ここやったら知っとう人誰もおらんし」
甘えた声でほう言う静の手を、僕は握り返した。
「僕は知っとう人がおったってかんまんよ、悪いことしとうわけやないし」
僕がほう言うと、静は「お~?」と声を上げた。
「ええの?僕と手ぇつないで歩いとうとこ、みんなに見られても平気?」
「えっ、みんなに見られるんか?」
僕はわざとらしく驚いたような声を出した。
「ほうじゃよ?」
静は僕の手を握り締めて、僕の顔を覗き込みながら言うた。いたずらっぽい目をしとった。
「ええに決まっとるやん」
僕が言うと、静は嬉しそうに笑うた。
「遥、チンアナゴおる」
静が指さす小さな水槽を見ると、砂地から白地に斑点のついた細い魚が顔を出しとった。
「え?ちんこ?」
僕が言うと、静は僕の腹にグーパンを食らわせてきた。
「チンアナゴじゃ!遥はホンマに子供やな!」
ほう言うて静はケラケラ笑うた。僕もワハハと笑うた。
「遥、次はメンダコ見よ?僕メンダコ見たい」
「どっちが子供な?」
僕の腕に細い腕を絡ませて甘えた声を出す静を、僕は目を細めて見つめとった。
僕はただ、幸せやった。
「遥、ペンギンおる!」
静は僕の手を引っ張ると、ペンギンを指さして足早に歩きだした。
「臭い!鳥のにおいする!」
顔をしかめる静を見て、僕は笑うた。
「かわいいな、でも臭いな?」
静は困ったように言うた。
「ほうやな」
僕はうなずくと、静の後ろに回ってふわふわの髪に顔を近づけた。
「なんしよん?」
振り返って静が僕に訊ねた。
「静の匂いをかいどる。静はかわいいし、ええ匂いや」
僕が言うと、静は恥ずかしそうにクスクスと笑うた。
幸せに匂いがついとったら、きっとこんな匂いやと思った。
「見て遥、これタピオカのクリームに写真がプリントされとんの。すごない?」
タピオカ入りのカフェオレを僕に見せながら静が言うた。
静は飲み物を両手で持つんよな、僕はその癖がめっちゃ好きなんや。
「すごいなぁ」
僕は写真がプリントされたホイップクリームを見て、それから嬉しそうな静の顔を見た。
静はいつも事務所におるから、こうして太陽の下で顔を見れるんは外に出かけたときくらいや。
今日は日差しが強うて、静の白い肌が焼けるんやないかと僕は少し心配やった。
「なー、もったいないなぁ。でも飲むけどな」
僕の心配をよそに、静はストローでタピオカを飲んどった。
僕は静の首筋を流れる汗を、ハンカチで拭いた。
僕はホンマに、幸せやった。
静はイルカショーの一番前の席を陣取って、水しぶきに濡れながらはしゃいどった。
僕はほんな静の写真を撮った。
きっとすぐに、僕のアルバムは静でいっぱいになってしまうね。
最後にミュージアムショップに寄り、土産物を見て回った。
「静、好きなもん選んでええよ。誕生日のプレゼントや」
僕が言うと、静は目をキラキラと輝かせた。
「なんでもええの?」
「ええよ」
僕がうなずくと、静はくるくると店内を見回って、膝に乗るサイズのジンベエザメのぬいぐるみを持ってきた。
「僕これにする!」
「静、今年でいくつな?」
僕は意地悪な顔で静にほう言うた。
「25じゃ!」
静は無邪気な笑顔でほう答えた。僕はほんな静を、今すぐ抱きしめたかった。
「これ遥にそっくりや」
会計を済ませて、抱えたぬいぐるみを見ながら静が言うた。
「僕、ほんな顔なん?」
「目がキラキラしとうとこと、口がおっきいとこがそっくりや」
静は僕とジンベエザメのぬいぐるみを交互に見て、満足げに笑っとった。
僕はほんな静が愛しくてたまらんかった。
静がくれた手紙を読んだとき、なんであんなにドキドキしたんかわかったよ。
僕も静が好きやったんや。ずっと、好きやったんや。
初めて静を見たときから、ずっと好きやった。
今でも昨日のことのように思い出せるよ。
糊の効いた真新しい制服、ふわふわの髪。僕が今まで見た中で、一番の美人やった。
こんなにかわいい人は他にはおらんよ。
こんなに幸せな気持ちは初めてや。
#サメです