あと一分
遥が水を飲もうと給湯室に向かうと、人の声が聞こえた。 どうやら、誰か泣いているらしい。
のぞいてみると、静が一人、シンクの前に立っていた。
遥は開け放しになっている給湯室のドアをノックした。
「どしたん、いけるん?」
遥の声に静は小さくうなずいて、胸ポケットから銀色のシートを取り出した。 薬を出そうとしているらしいが、手が震えてうまくできないようだ。 「貸してみ」
遥は静の手から薬のシートを引きはがして、一錠取り出すと静の手のひらに置いた。
「ひとつでええんか?」
静がうなずくのを見て、遥は給水機で水を汲んだコップを差し出した。
静の手の震えが伝わって、コップの水が激しく波打っていた。
遥が手を添えてやっと、静は薬と水を飲むことができた。
「いけるか?」
ティッシュを差し出す遥に、静はうん、とうなずいた。
「なんかあったら東雲さんに言いよ」
遥は自分の分の水が入ったコップを手に、その場を去ろうとした。
「あと一分」
静の声に、遥が振り返る。
「あと一分、一緒におって」
懇願するようなまなざし。
「ええよ」
それ以上遥は何も言わなかった。静も、何も言わなかった。