2024/12/21-2024/12/28
▷色々あくどくはあるんだけど、狭い空間で渦巻いた情念が相手に向かっていく感じはなくて、カラッとはしているのかな。あとは自分の肉体を自分で(≒主人公の肉体を作家が)対象化していなくて、利益を絞ろうとするか、命をさくっと取りにくる。マウント的でもないのかな。
▷『エスパー魔美』にあれこれ出てくる詐欺達の手口は、まあ胸糞か? ヤクザの脅しの「お嬢さん、可愛いらしいですな」みたいなのは嫌といえば嫌なんだろうな。 ▷ゲンスルーが、約束通り「解放」してやるよ、というシーンとか? 鳳凰幻魔拳は絵が気持ち悪くはあったけど…。主人公の外見が変わってしまって、元の仲間と分からなくなる系はまああるか。エリア88の契約書なんかもまあ、今で見ればムナクソ展開なのかな。JoJo黄金のボスの輪切りなんかはそうか。
⇒歴史的に男がいじめや拷問をしないわけでもないのにな
▷別に「男性作家は胸糞展開を書かない」ということはないんだろうけど、だとすると何が違うんだろう。男の考える胸糞展開(レ○プ以外)って言ったら、何があったかな。
▷たまに考える。漫画なんかを読んでいて、女性作家、男性作家、ってすぐ気づいたり気づかなかったりするけど、「女性作家の作る“胸クソ展開”」って、独特な印象があるよな、と。パッと今思い浮かべているのは、鬼滅の下弦会議と鋼錬の勘のいいガキのシーンなんだけど。
▷ちょうどいい気温、もそうなんだが、「ちょうどいい湿度」も、こんなに得難い物なんだな。
▷長期保存水みたいな形で、長期保存可能な解熱剤ってないのかな。ブリスター+アルミの内袋未開封で、10年使用期限くらいのやつ。
そしたら、それを3年ごとぐらいのローリングストックで、合計72錠くらいキープしてもいいかなと思う。
▷@rashita2 小説にChatAIが出てくる時代になったのですね……。
PCSというのは自前のブログのような文章の公開場所のことでしょうか?
▷そういえば、最近は「ビッグデータ」って言葉をあまり聞きませんね。
▷LLMがビッグデータの進化形の一つだ、という言い方はできるかもしれませんが。 RT▷少なくとも、選挙で「おかしいなあ、自分の支持する人、いつも負けるんですけど、なんでだろ」みたいな人は人民裁判的な方向への変更を支持しない方が賢明だと思うんですよね。
メモ▷人民裁判、怖いですよ。要は選挙の原理と同じなんで、兵庫県知事選の時みたいなデマゴーグが出てきてあることないこと言いふらし、死刑にしてしまってから「あれは嘘」ってわかったりして、とか。
⇒民意裁判になった時に立花孝志が蠢動したら嫌すぎるな……。
いや、当時さんざん盛り上がったというか湧き上がっていたから、どれほどグダグダな終わりになっているのかと思ってたけど……。
全然いいじゃないか! 全然いいじゃないか!
▷まあ、「単行本派だから」ってのは、かなり大きいのだろうけどもな。
▷@kusakari27 踊る5人が完全に同じモーションで同期しちゃわないで、ちょっとずつ違う揺れかたをしてる感じなの自然さを感じていいなあ。
▷しなきゃそもそも(そんなに多くは)伝播しない、という冷徹な構造があることを見つめた上で、さて、どうしよう。
「単純化」というパイプラインを通って情報は伝播していく。
だから「解凍力」のようなものが、情報の有効利用には必要になる、ということだろう。
▷論文が紹介されていたりして、全文を手に入れるのが難しかったり、原文が英語だったりすると、「もういいや、AIに聞いちまおう。どうせ食ってんだろ? お前」ってなってきた。
▷非母語話者だと、ななめ読みでスキミングするとかできないから、先に日本語で概要をもらえるのはありがたいし、「この結論って交雑因子を何かの方法で除去してるの?」とか「この結論を筆者達はこう解釈してるのか、それともこう解釈してるのか、どっち?」みたいな概要から分かりにくかった箇所に
▷質問を重ねて、知りたかった部分をピンポイントで情報をもらえるし、崖や障害を数個まとめて飛び越えてる感覚がある。
▷@rashita2 あまりにもなめらかに知識にありつけて、一瞬「人間をダメにする○○」というミームが頭をよぎりましたw
嘘つかれるのには注意が必要ですが、非母語者にはスキミングやスキャニングがうまくできない関門があるので、「英語のを読め」ってのは二の足を踏む対象になってましたよね。
▷「否定を理解できないのでは……?」は、画像生成をやっているとうっすら感じる。たまたま変なものが映り込んだときに、「○○は無しで」みたいにプロンプトを付け加えると藪蛇になっていく感覚 >
否定文を理解できないAIたち - ジョイジョイジョイ joisino.hatenablog.com/entry/negation
が、この個人的な不平不満をば、自覚せる政治意識にすりかえることは断じて許されない。そのような器用なまねをするのは民衆それ自体ではけっしてない。知識階級は自分自身の心理を始末するのにこうした無意識的な混同をやりかねないのである。(福田恆存)
とにかく事実は、国民一般が戦いに狂奔し、その一部に見られた反戦気分も結局はたんなる個人的な不平不満にすぎなかった。しかしぼくはそれがたんなる不平不満であったからといって否定しようというのではない。むしろそれを無視したことに政治の貧困を見ている。が、
▷⇒そうかなあ、民衆もかなりそんなことやってる気がするけどな。「それってあなたの怨念ですよね」
▷@rashita2 思考のこわばり、というところまで広げてよければ、「書かないで書く」とかにつなげられそうな感じはしますね。
RT▷「根無し草の大衆が全体主義台頭の基盤になった」というアーレント的な全体主義論は、以下の論文などで実証的に否定されていて、むしろ真相は逆だったとする研究が多数派。しかし、未だに言説として流布していて、ポピュリズム台頭の説明に援用されたりするのは解せない。
RT▷何となく皆さん知ったようにSNSのエコーチャンバーは問題だ駄目だと言ってますが、分断/極端化を生むのはそういうエコチェンのせいというecho chamber仮説は最近否定され始めてて
それより対立的言動に触れるのが問題な事が最近研究で解ってきている
pic.x.com/9KAEBWj2o3
▷o1の文章って「語り」がないなあ。
RT▷こういう類のディスられを見るとなんか応援してもええかなって思えてくる。結構、いやかなり嫌いだったんだけどな。
カップ麺を肘を付いて食べる品がない人間が我が国の総理大臣とか恥ずかしい w w w
メモ;
驚くべきことですが、女性にとって「論破」は『言い返すこと』そのものを意味します。論理的矛盾を指摘するとか、根拠に基づいて否定する等ではない。皮肉やユーモアで"上手い返し"をするのでもない。本当に単純な『言い返すこと』を論破だと思っている節がある。なぜなら「文章が読めないから」
です↓
前から言っているように、きっと定型発達なるものは「人間の大多数に与えられたチート能力」であって、本来なら1Q130くらい必要な生活能力を1Q70くらいで実現可能にしてくれている。
ネットで大炎上してる案件って、たいてい炎上要素が2種類以上混ざってて、うち1つは内部事情に詳しい人から見ると炎上するようなことではないんですよね。いろいろ見てきてこのパターンがとても多い。だいたい「ガチアウト案件+誤解」の組み合わせで炎上している。
専門外の分野はどれも気持ち悪くへんてこに見えるものだという洞察は持ってほしいですよね。普通に生活していたら専門外の分野に触れないから、その奇妙さに気づかないだけです。叩くべきものは叩けばいいが不用意に追加するのはおかしい。
日本人、未だに大岡越前が裁判やってるんだと思ってる人多そうです。「法律上アウトだけど可哀想だから今回は見逃してあげる」「法律上セーフだけど
人として許せん死刑だ」が出来る(やってほしい)
と思っているみたいな
従って「『嫌だ』は拒否を意味すべき」といった規範的な話をするのはそもそもズレていて、そうであるべきとしてもそれとは関係なく、「ここで個別的に用いられた『嫌だ』が性行為全体への不同意を立証できるような使われ方をしているか」を映像証拠から判定しているだけだし、まさにそうすべきである。
裁判官が判断しているのは「同意があったか否か」じゃなくて、「同意があった可能性があったか」、「同意があったと考えていた可能性があったか」で、これらのどちらかの可能性が少しでもあれば無罪にしなければならないのが刑事裁判だと言ってももはや伝わる気がしない。
紀州のドンファン事件もそうだけど、雰囲気的には明らかに有罪でしょうという事件に無罪判決が下るのは、その雰囲気に甘えた検察の立証が甘くなっていたのではとまず疑うべきだと思うけどな。「いやあ、その論証ではいくらなんでも通せませんよ」ということならセクシストじゃなくて職業倫理なので。
「若いうちに金を使え」とか「経験を買え」という話もあるけど。基本的に「金使わなくても溜まる経験は無限にある」。そこにちゃんと時間をつぎ込めば大丈夫。カネ使うのは、「自分の人生に必須なパーツ」だけでよいのではと思う。
「エッチな絵だって表現の自由だろ」というのが冷笑で「お前はシコリたいだけだろ」というのが冷笑じゃないとされる景色はTwitterでよく見る。後者のほうがどう考えたって冷笑だと思う......。 宗教。頭の上には真なる世界があり、眼の前の雑多な事々は全てその照射を受けて道徳的命題の性質を帯びる。正しい判断に必要なのは真なる世界に心で繋がる事であり、それ無しの理屈とか整合性はつまらない些事。真実を感ずれば自ずと意見は収束する。...という思考回路
明らかに若者の方がドーパミンの感受性が高く、年取って「そこまで人のこと見てないよ」というのはその年代だから見てないのであって、下北沢に行けばどう見ても若者が互いの顔と服と髪型と化粧と歩き方と言葉遣いと所作を頭の先から靴の先まで見渡して牽制し合っている、若者だったことを人は忘れる、 「一個ダサければ全部が終わり」「世界の全てと思ったら蛙だった」というのは自分が21くらいの頃を思い出せば日常茶飯事で、なんとかそれを起こさないようにニキビを潰したり服を買ってた、ダサさが愛せるのはそれを経たから、そして「見てないよ」と言ってくる人に見られたくやっていたわけではない。
確かに歳を経ると刺激に鈍化するし、他人の視線は気にならなくなるし、見せ方より考えることが増えてそれどころじゃなくなるけど、そういう若者の世界を尊重できない、悠に踏み込んで説教し始めたら何歳だろうがみっともない年寄りになると思う、経たことだからこそ共感性働くまである、その方がダサい
なんというかこう、言葉を選ばずに言えば、人間は老いると老化というロボトミー術を自然に受けてしまうんだよなぁ。発達障害もパーソナリティ障害も摂食障害も性的逸脱もだんだん落ち着いてくるし、統合失調症でさえ認知症が重なる頃にはほぼ治ってしまうこともある。
一方でこの老化というロボトミー術によって、てんかんや妄想性障害や激越性うつ病など年寄り特有の錯乱が出てくるところも含めてロボトミー術に似ている。
日本では、急進左派ないし穏健左派は、社会変革の方法として司法での主張を選択することが多いけど、これは端的に「少数派なので選挙では勝てない」ことが原因だと思う。だから少数派の最後の砦である司法を選択する。ここで司法にまで「民主的介入」を認めると、左派が勝てる場所が無くなると思うよ。
「十人の真犯人を逃すとも一人の無を罰するなかれ」という考え自体に欠陥があるのになぜその前提が正しいと思ってるの?トロッコ問題として見れば「一人の無を罰してでも十人の真犯人を逃さず」は社会防衛としてはありでしょ。近代裁判原則はたかが百年程度の社会実験であって最終的真理ではない。
これ、一番楽なのが「11人の真犯人を捕まえるリソースがもったいないから11人の無の民を犯人にする」ことなんよ。だからインテリ共は手続き論にうるさいの。こういう思想は察権力の腐敗を肯定する意見だ。
今回の件が実際どうだったのかは関知しないけど、それはそれとして、世の中に「SMプレイ」とか「乱交」とか「ハメ撮り」みたいな性文化があたかも存在しないかのような発言をする人たちが悪目立ちしている。「嫌かどうか」と「不同意かどうか」の間に横たわる、巨大なグレーゾーンの認識もない。
性欲がもしつまらない問題であるとすれば、夫が風俗に行っていたってそれはやはり「つまらないこと」であるにすぎない。後者を否定しつつ前者を主張するのは、端的に意味がわからない。
ある程度に人口が減れば、子供への教育よりも子供の数に対するインセンティブが上がって、ある種の平衡状態に落ち着くと思います。
「彼氏が製氷機に水を入れてそーっと運んでるのを見るとなんか生活しててかわいいなと思う」みたいなツイートをずっと昔に見てから、自分がこういう深い愛情を他人に向けられることは死ぬまでないのだろうなという諦めの感情がつねに人生をうっすらと覆っている
ワイが人狼系ゲームから学んだのは「論理性とか嘘のテクニックより、普段から発話していないと濡れ衣を着せられがちになる」という事やな...逆に積極的に会話してると苦しい嘘でも意外と通って驚いた
昔これ言われて悔しくてね....
でもセルフネグレクトだから見方によっては当人自身が罰を受け続けている人生なんだよね。色々考えた結果、こういう人たちは今生で畜生道を生きているんだと受け止めるようになったよ。
平気側、本に気にしていなくて交換したいなら勝手にすればいいと思っているため、「あー交換したんだなあ」くらいにしか思ってない
「俺は平気」は暗に「お前がやれ」という意味を含んでいるのではなく、「気になってたんだなあ」としか思わないので、恩とか思ってない
⇒ネグレクトね……。いいえて妙ではあるし、そう思っていただくことで共存が可能になるのであればそれはそれでいいかもとは思うのですが。こちら側の、自認的感覚としては、「神にすべてをささげて清貧の日常生活を己に課している敬虔な信徒」という感じなのですよね。捧げる対象が「競争社会」とか「資本主義」という、愛を返してくれない対象だということだけで。
⇒でもって、こういう思考様式(というか、深層価値体系)の人には、「ワークライフバランス」って言葉が標語としてきちんとはまる。「ワークがライフ(ここでは≒「プライベート」)の上位になってしまってはいけませんよ」という。 不当な性的行為等で精神的被害を受けたことの救済は、刑事裁判ではなく民事裁判での損害賠償が本来は想定されている
被害が実際にあっても行為者が刑事裁判で有罪とされるにはハードルが高く、それよりは民事の損害賠償の方が認められやすい
(たとえば伊藤詩織氏の例参照)
それには理由があり
→
私が分かるのはその時私は正常な判断力を失うだろうということだけです。友人たちは私に寄り添いつつ、手近のナイフをそっと隠してくれるでしょう。
ナイフを渡そうとしてくる人間は友人ではなく無責任な野次馬に違いありません。あなたはどちらですか?
あの、本当に...あなたの娘とか妻が、同じように集団レイプされたと考えても、今と同じコメントをされるんですか?今回の署名に対して諫めるコメントをされている方々に聞きたいです。
まじで女性が男性に期待するものって「他者のことを考える余裕」に本質があると思ってる。身なりに限らずすべて。
逆に精神疾患等で「余裕がない」状態になると如実に身なりに現れますからね。わずかな髪の跳ね方さえ違ってくる。
女性のファッションもそうですよね。しばしば「あなたのためにこれだけ準備できる余裕が私にはある」といったメッセージ性を読む必要がある。必ずしも異端の排除ではない。