2024/1/1-2024/1/4
▷「人工地震」、一回くらいトレンドワード欄に上がっていた気がするな。有害報告すればよかったな。スルーしちゃったよ。
▷「国の」じゃない、運輸安全委員会って、何かあるのかな。
▷まあ、その姿勢のまま歩いたり動いたりできるかって言ったら難しいわけだが。
▷よく、いい姿勢を作るときのイメージとして「頭のてっぺんから糸で吊り下げられている感覚」と言われることが多いのだけど、よく分からなくて。 で、ふと思ったのだが、「バレーボールのオーバーハンドパスを、後ろ側に飛ばすイメージ」のほうが猫背さんには向いている気がする。
▷大トリにMISIAが来て、「あんたほどの実力者がそういうのなら」的な納得感というか安心感ってさ、あったよね。実績者が、とか功労者が、とかの場合もある。 そういう納得感探しになるよね、最後はね。「こいつがトリやるくらいなら、コイツよりも俺の推してるこの人の方が上、この人のほうがよかった」
▷っていう声をなんとかして押さえ込まないと、ものごとが決まらないという。 それはなんというか、権威主義だったり長老支配だったりと、たぶん同じ根を持つんだよね。 派閥ごとに長老がいて、その人たちで談合してもらって(擦り合わせてもらって)それを下におらすと、下のものもどうにか納得できると
▷天災と対マスゴミ熱のおかげで、ようやくキックバックと政治資金パーティーのことが意識からはずれてきた。 いや、故意未記載はいけないんですよ? 証明されたら有罪ですしね。
▷直接は関係ないけど、総理大臣が現地入りなんかすると邪魔なだけだから、「陣頭指揮」とか「汗かき役」であることを思いつかないほうがよい。 また、現地の現場で働く救助の人達も、睡眠をちゃんととって長期的に働けるように、ローテーションを組んで動いてほしいな。
▷「安全神話の崩壊」とか「政治の劣化」くらいのことは、そのうち言い出す人がいそうな気がする。
posted at 21:02:52
▷日本には100年住宅がないと言われるけど、こんだけ年々耐震基準を上げていかないといけない土地で、長い建物が多いことをほこることにどんな意味があるのか。
▷@rashita2 ある意味、「日常使いの知的生産の技術」の標語としては決定版に近いですよね。生活にすてきを増やそうっていう。
▷ダジャレツイート枠なのか、知的生産分野ツイート枠なのかw
今年もすてきな生産をやっていきたいですね。すてき生産の技術。
役所広司がひたすら起きて植木に霧吹きして
用意して自販機でカフェオレ買って働いて弁
=食べて写真撮って働いて帰宅して銭湯行って居酒屋行って寝て夢見て起きて...以下無限ループはすごく好きだった。それを無限にやってほしかった
Vtuberにしてもそうだし、マスクで半分隠していてアイドル的存在とか。そのあたりも、歴史的に考える必要がある。
@masayachiba
とても面白いですね。
資本主義が勃興する社会に生きる
私たちは「間」に耐えられなくなっているのではないでしょうか。
分からないけど。
タイパ思考もあると思いますが、サブスクでは瞬間で気を引くためにごく短時間に情報を詰め込む事が多いからかなと思います。
はじめまして。ボカロ文化の影響では?
新卒で官僚になってよかったことは社会ではほとんどの人が自己利益やや承認欲求のために行動しており、それらを調整して初めて物事が動かせることを学べたことかな。この点は今後AIビジネスを推進するにあたりすごく大事になってくると感じてる。多分、研究一筋の人にはなかなか掴めない感覚だと思う。
「愛してる」とか「死んじまえ」とか言っても、人生の深みがないとか言われちゃうからその補完ですかね....。間は想像で理解できるけど、身体性が伴わないことを自覚しているから、やらざるを得ないというか。でもある意味、その補完された部分に新たな美が宿ることも信じたいですが
なぜ若い人の歌は早口になっていくのか。
@naika_hashikure さんそれでも、ジャニーズの1000倍良いと思うけど。
視聴料払っている人の完全投票制にすべきやな。得票数の高い歌手を上から出演させればええ。それでジャニーズが上位に食い込むようならそれも民意や。
紅白はジャニーズの代わりにK-Popを導入して、何か如実に国民国家の崩壊を感じさせるみたいな番組になってるな。
なんで歌を歌うと平和になると思うんだろう
ね
MISIAはもはや演歌やな
MISIAがこうなるとは98年のデビュー時には想像できなかった。上京の翌年。
むかしはこんなにも二礼二拍手一礼してなかったよ。SNS以降な気がするな。
千葉雅也『勉強の哲学 来るべきバカのために』、勉強の仕方を教えてくれてるんだけどまるで魔導書のようだ。
蔡英文 Tsai Ing-wen @iingwen・1日
日本の石川県を震源とする強い地震が発生したことにつき、心よりお見舞い申し上げます。現地の皆さまがご無事であること、そして一日も早く日常生活を取り戻せるようお祈り申し上げます。
震災発生の一報を受け、私はただちに外交部に指示を出し、日本台湾交流協会を通して震災の詳細を把握するとともに、必要な協力を提供する用意があることを日本側に伝えました。また、台北駐日経済文化代表処に対し、現地の台湾人の状況を随時把握し、その安全確保に協力するよう指示しました。
今月のどこかでブログに書こうと思うけど、おれの身体、年を取って、ホメオスタシスを保つ機構が弱くなったぶん、糖質過多や塩分過多が「効く」ようになってやしないか。若い頃は少々不健康な食事をとっても血糖値や血圧は動かなかった。最近はそれが怪しい。
不健康な食事への耐性の低下が疑われる。
人類の総体的な知はもう限界に達しているだろうし、Twitterで見られる知的めいた馬鹿騒ぎはその限界の前兆だろうな。
この記事、「対策」が提言されているんだが、現実報告された事態にその「対策」がさほど機能してないことが理解されてない。
「まとも」なセンスがあれば成立しないような「記事」が増えてるように思う。
自分、十代のころ、美空ひばりは知ってたが、世の中の大人になんで彼女が人気なのか感覚としてさっぱりわからなかった。
昨日の紅白歌合戦の、さまざま世代の年長者の受けが、十代とか、さっぱり理解できないでいるんだろうな。
中国では小学生に70篇くらい唐詩を暗唱させるらしい。リストを見ると、劉禹錫もあ
る。
日本でも詩吟に唐詩は多く、聴いていると演歌の節回しに近いと感じる。
そう言えば、雅楽なんかも、平安時代は今の数倍の速度の演奏だったらしい。
唐詩は日本では江戸の文化だから詩吟なども江戸中期あたりからだろうか。
演歌というのは、戦後に出現したもので、戦後からしばらくは、『ブギウギ』のように日本の大衆文化は米国的だった。敗戦の影響もあるが、『ブギウギ』にあるように戦前もあった。
どっから演歌が発生したかは、いろいろ考察されてるが、詩吟の節回しは近いものを感じる。ただ、詩吟からの直接影響ではないだろう。むしろ、浄瑠璃とかの影響だろうな。
源氏物語を読んでると、まあ、当然、和歌はいっぱい出てくるんだが、光源氏自身は普段口ずさんでいるのは催馬楽とかだし、清少納言や紫式部なんかは漢詩を詠してたみたい
だ。
これは異論もあると思うけど。
9.11のとき、僕は、幼い子供に衝撃的な映像を見せないようにした。つまり、それに食い入って見るような親の姿も見せないようにした。
昔全く同じローマ〜フィレンツェのユーロスターに乗ったら、私達の席に既に外国人が座
ってた。
何度もチケットと番号を確認してから
'Excuse me, I think this is my seat.... 」っても無視したから、私達も鮮度良く買って
日本語で「は?ここ私達の席だけど!どいてよ!早く」って言ったらどいた。
いまローマからフィレンツェに向かう満席の高速列車に乗ってるんだけど、我々の4人ボックス席が謎家族によって占領され妊娠中だから家族全員で座るんだとどいてくれない
明らかにアジア人を下に見ている態度だったので夫を下げて私が喧嘩を買いに行ったら席
が空きました
すると、普段強く言うことなんて滅多にない父が
「カツ美。あれはね、とても効率のいい休憩の仕方なんだよ。脚のむくみを和らげるんだ。君はまだ長距離運転の大変さを知らないとはいえ、相手の状況を想像もせずにひと言で他人を表現しようとすることこそ、とても無作法なことだよ」と言われた。
JALの会見に限らず、最近の「記者会見」の目的が、記事を書くために必要な情報を共有して戴くというよりも、会見する側のミスや不手際を糾弾し、謝罪を引き出すことが目的のようになっていて、なんであんなにとげとげしく、またミスをいちいち断罪するような取材をするのかと残念に思えます。
大仏建立とか改元待ったなしとかがタイムラインによく流れてくるけれども、これだけ天災が多い土地だと、「元首は祭祀を取り仕切る司祭の血筋にしておくか」という気分になるよなあ、、、と、日本の歴史に不思議な納得感が生まれるなあ、と。いやもちろんそんな単純な話だけではないにしても。
JALの会見でやらかした朝日新聞社会部には今日のサンドバッグとして羽田航空機衝突事故だけでなく能登半島地震の分まで国民の不安や怒りを受け止めて欲しいですね
羽田空港でJAL機と海保機が接触した航空機
事故
旅客機は事故発生時、非常用脱出口の「半分以下」を使って、90秒以内に乗客・乗員全員が脱出出来る構造になってます。
今回使われた脱出口は3カ所。
ここで飛行機を利用する皆様にお願いです。
安全ビデオや安全のしおりを離陸前に必ずご覧ください
朝日新聞「着陸許可は出ていたか?」
JAL「事故原因の根幹に関わる。確認中。申し上げられない。」
朝「出ていたという認識か?」
JAL「通常は出ているものと認識している」
朝「事故原因がとかじゃなくて御社の信用にも関わることなんですよ」
JAL「現状で断定的なことは申し上げられな
い」
何様?
東京新聞の記者、国交省の会見で『日航機の乗客誘導は適切だったか」とか聞いてるぞ。
バカだろ?お前どこの大学出てんだ?
全員脱出できてんのに不適切も何もあるか馬
鹿もん。
乗務員の指示で全員死者もなく脱出してるのに、いったい何の揚げ足取りに行きたいのか。記者以前に人間としておかしい。
朝日新聞や東京新聞の記者って、疲労困憊している企業担当者に対して、わざと苛々させるような質問をして、キレて失言するのを誘っているような聞き方をするから、心底不快。そんな新聞社がどんなに立派な主張をしても、聞く気になれない。それって、用第一の報道としてまずいだろうに。
返信ありがとうございます。
今回は火から遠い脱出口を利用したということですね。機内で早く脱出口を開けるよう叫んでる動画を見て、自分もこんな風にパニックになりそうだと思いましたが有事の際は訓練されたCAさんに従うのが一番ですね
羽田の事故で察が捜査するのを非難する声が上がっているが、察は「何らか刑法に違反しているかどうかを調べる機関」であるから、警察の立場としては然。
航空事故を警察の所管外とするわけにもいかないだろう。
事故原因の究明と再発防止を図る運輸安全委
とは目的が異なり、互いに両立するのよ。
これは視庁が出る必要はない。
航空機事故は「故意犯以外は罰さない」これが世界の常識。
これをすると航空機事故の原因究明に大きな支障をきたす。
長男と、東京への一極集中について話していたら、地球環境、省エネ的には地方に分散しているより集中した方がいいらしいとの知見を得た。確かにそうかもしれない。トレードオフがありそうですね。ここは考えどころです。
ふつうにできる人は映画とか YouTubeみ
よ。本読も。
それでも海上保安庁の人は民間機側に死者が出なかったことを安堵している特例思う。
イチ土方経験者として言わせてほしい。災害があった時、消防、レスキュー、自衛隊などの活躍が大いに話題になる。それは本当にありがたいことです。でも彼らがそこに行くまでに、倒れて道路を塞ぐ木を避け、陥没した道路を埋め、崩れた土砂を撤去してる土方達がほとんど取り上げられないことが不思議。
「若い人にはもっと過激になってほしい(ただし、自分の望むような方向で)」みたいな人、全然過激な若者の到来を望んでないよ
ね。
嫌いな同世代や年長世代に攻撃的で、自分たち(だけ)には従順な若者を望んでいるだろうと思っている。
お安く使える鉄砲玉がいないかなあ、とどう違うのかというね。
給油所の下に埋め込まれてるタンクの寿命がたしか3~40年でしてな。70~80年代のモータリゼーション興隆期にできた給油所が新たに設備投資しなきゃいかんのだが、先行きも暗いし、少子化とかで需要も減るし、後継者もいないし....ということで「やめるしかない」のね。
「日本の心」とか言われていましたが、本格的流行は昭和年代からだから、平成くらいでも50年くらいの歴史なんですよね。流行としてはかなり長く持ったほうだと思いますが
演歌ってじじいの音楽として永遠に不滅だと思っていたのに、普通に滅びかかっていて、結局ただの流行に過ぎなかったんだな。
⇒自分もアラフィフに近いけど、「最近の曲は、なんかガチャガチャして聞きづらいな」とは思うし、昔から好きだった曲や人ばかり聞いてしまうところはあるけど、「演歌の良さが分かるようになった!」的な変化は起きないもんな。
色々あるようでフォーマット確立したのは戦後しばらくしてからではないですか?
青い山脈とか戦後すぐは演歌と縁のない曲流行ってたみたいですし。
三橋美智也くらいですかね。今で言う演歌のカテゴリーに該するのは。春日八郎とかは違いますね。
被災地付近の海岸などのライブカメラをYouTubeで見ていると、「大袈裟に言わないと本気にならない」「善意なのだから嘘も方便」と思っているのか、虚備の被害や解説を書き込んでいるひとがけっこういる...
例えば、「不確かに見えるけど、自分の知識と照らし合わせて正しいと確信できる情報」をシェアすると、他の人も「正しいかどうか判断する時間」が必要になって被災者の時間をどんどん奪っていくことになる。
だから災害時は公的機関以外の情報はシェアしない。スクショやキャプチャ画像も拡散しない。
それが「自由意志vs決定論」という対立構図に還元されるという考え方自体が、じつはすでに歴史性を帯びた態度だということを認識することで、色々と楽になることもあるんじやないかな。
他にも「私とは何か」みたいな問題も、近世
以降に生まれた問題のように思う。アリストテレス以来、哲学は普遍性を扱うものであり、この私の特殊性のようなものは、哲学で扱うべき問題でなかった。「普遍が特殊化する仕方一般」は問題とされて、これは個体化の問題とか言われたけど。
哲学の問いってそもそも歴史性というか文脈から切り離せないものだと思う。たとえば、古代ギリシアの哲学者たちは基本的に自由意志を問題にしない。これが問題になるのは、哲学とセム的一神教が出会ってから(例外としてローマ法に意志の問題があった)。
Perfume「FAKE IT」ではくいらないのよ的な><生きるわ的な>という「的」の使い方が特徴的です。歌詞では必ずしも多くないのではないかな。このような「的」は、く跡は野と
なれ、山となれ的に>(岩野泡「耽溺」)の
ように明治時代から使われています。
怒るほどボルテージが上がってる時は、だいたい言ってることの脇が甘くなるよね。リアルでは相手が鎮火しようすることが多いので、主張そのもののディテールについて冷静に言及されることが少ないだけで。SNSだとそれが冷ややかにジャッジされてしまうというのはある。
16年分の寿命に見合ったリターンを得られる人間はほんの一握りだ、殆どの人間は支払った犠牲に見合ったものを得ることはできな
い
一方で義務教育のみの時代は9年払って35年働く。教育期間に対して4倍近く働くことが出来るので、支払いは少なく、時間に余裕があるのでリターンを得るのは非常に容易だ
調べればいいのだが、ちょっと前に「普通倒錯」という概念を提起したフランスの分析家たちは、性に関する近年の状況をどう見ているのだろう。
ホモソーシャルとは、セジウィックの議論では、ヘテロ男性の同質的関係で、女性の排除と同性愛嫌悪を条件とするというのが基本的
定義だが、それはそれとして、概念のバリエーションを考えることもできる。女性にも様々なホモソーシャリティがあり、男女どちらの同性愛者にも様々な形で見られる。
この間友人に連れてもらったいった安いステーキ店で驚いたのは、全てセルフサービスで客はお盆を持って動き、焼いた肉をもらいそして米もスイッチを押すとボトボトと自動で落ちてくる。給餌機みたいに。囚人か動物になった気がして、やっと千葉雅也さんの言ってることがわかった。
真と善が無前提に結びつくとは、私にはどうも思えない。善を真に優先すべきだという主張は分かるが、そのとき、善が無前提に万人に共有されるはずもない。ましてや善を主張すれば「正しい」とは限らない。
実際聞く側のセンスの問題も無くはない。囃
家だって客の頭の回転遅かったらレベル下げるしな。でも「じゃあまずは誰でもクスリと来るレベルから」ってのができないのは芸として成立してねぇと思うよ。
場違いな行動や発言とか、ユーモアって基本はなんらかの「間違い」に依拠するもんだからな。自分は正しい側に立ちたいと思ってる奴ほどユーモアから遠ざかっていく。
意味が分からない人へ:
日本年金機構のWebサイトを使えば、会社の中で厚生年金に入っている人が何人か......
つまり会社の社員数を調べられる。少なすぎると怪しい。
なお、検索欄は素直に会社名を入れてもいいが、法人番号を別途ググって検索欄に入れる方が確実。
怪しい会社見つけたらとりあえず被保険者人数を見に行ってしまう人は挙手してください
避難所の運営を住民が行う事を知りませんでした。
市町村が管理して指示で避難してる有志が運営に動くのかと思ってました。
災害の時は避難所へ行けば助けて貰えるの認識だった事を恥ずかしく思います。
知らない人が多いと思いますが、行政は避難所を開け情報の連携をするだけで、避難所の運営は、このポストのように避難してきた住民が自分達で行うものです。
熊本地震の時、熊本市内の避難所は行政に文句を言うだけの住民ばかりで、避難所運営がうまくいきませんでした。
一方で、郡部の避難所では、→
敬遠されがちな町内会や自治会、やっぱり大事なんですね。
日頃の面倒も保険のひとつと考えれるべきなのかもしれませんね。
記者と言われる人たちが
<国民の代表として質問してる>とか二度と言わないでほしい。
頼んでないし、聞きたいことそれじゃないし。
って内容ばかり。
JALの会見で改めて思った
記者って性根腐って非常識な奴しかなれない
まだ原因を確定できない中での会見なのに、最初からJAL の過失や隠蔽を前提に質問するから噛み合わない
人の心を閉ざして何を聞き出せる?
これほど人を不快にさせる仕事は他にあるか
だからマスゴミと言われるゴミだよ、情けない
マジでこのTBSの女記者なんなんや...
震度7の誤報があっても人は死なんけど、それについてマスゴミがガーガー言って次から
二重三重に確認取らなきゃならなくなって発言遅れたらガチで人死ぬんよ。
「不手際」ってなんやねん岸田下げに必死になる前にやる事あるやろマスゴミが
トラウマケア自助会で自分のトラウマを語る時、震えたり泣いたりする人とニタニタしながら「まあ私も悪いけどW」と語る人は同程度いた。自分ごとだと真剣に受け止めているからこそニタニタしちゃう人が存在することが世間に知られていなさすぎる。 この人がどうかはわからないが知っといて欲しい。
たくさん災害や怖いことが起こる中で、極度の緊張があるとニタニタしてしまう人は言葉に詰まる人と同程度いること覚えておいてほしい。報道などで現地の声の中継などは生放送ではなくあくまで「中継」なのでニタニタ
しちゃったり皮肉を言って心を守る状態の人はカットされるが一定数いる。→
能登半島地震の被災者に比べてJAL機のTwitterは少ないので、一般人なのにそのツイートに注目が集まり過ぎる。ちょっとした言葉遣いも許してくれない人たちがいる。注意した方がいい。一旦、Twitterから離れた方がいい。
炎上したJAL機に乗っていて助かった人たちは、しばらく Twitter止めた方がいいと思う。注目されている状態でツイートするのは、リスクが高い。高度な広報能力が求められる。
社会の中核として社会をデザインしている層と、その下で一般労働者として社会を支えてる層は違うんですよ。例えば平成不況時代に一般労働者だったのは20代の団塊ジュニアですが、その社会を設計してたのは50代の団塊世代。どちらに重きがあるでしょう?
まあ、うだうだ書いたが、若い世代の人に過去や歴史を学べとか言う気はない。そうして、「言われたもの」からは、歴史の感覚は学べない。
コロナ騒ぎでも思ったが、世の中というものは、メディアの政治で人々の記憶を操作する。とくに、歴史記憶の経験感覚のない人はこれに抵抗できない。
そしてそんな団塊の世代が、自らの職を守るために新卒採用を止めて犠牲にしたのが自らの子供世代にたる団塊ジュニアというのは皮肉以外の何者でもない。その結果としての超少子化と、それに伴う年金/社会保障危機を思えば、荒唐無稽ながら医療費を5割負担させても生温いのでは...とさえ思えてしまう。
あわや大惨事と大惨事の差は、結果からすると大きいけど過程の差は小さい。
老人というのは、歴史的には、30年くらいのスパンの人類の危機対策システムだったんだろうな。ヒンメルが死んで29年とか。これに、伝承入れて、100年は保つか。
僕(66歳)なんかだと、中華航空140便墜落事故はけっこう昨日のことのように覚えてて、自然に連想する。30年前なんだな。思い出せるのは、今の45歳以上か。まあ、なんだろ、歴史の記憶があると、見てる世界は普通に変わるよなあ。
これは「政府も行政も企業も、場合によっては個人も、現在のような新聞やテレビの論調であれば無視するのが正しい」まであと半歩くらいということを意味しています。
事故にあった日航機内の「ドアを開けてください」という子供の声をクルーは無視して全員無事だったこと......は象徴的な意味を持ち始めていると思います。記事の見出し等に使われたことによって。
「政府批判したいだけ」というより「政府批判をしなければならない」と強迫的に思い込んでいるひとたち...だと思うけれど、そういうひとたちの声は「無視するのが正しい処方」という認識まで来ていると思う。
高度成長期は1954年から1973年までの約
19年間。団塊の世代は1947年から1949年に生まれた人。1948年生まれをモデルにすると、高度成長期は、6歳から24歳。社会の目まぐるしい成長期でマインドセットされてる世代とは言えるかも。
これからの目標は「死んでも元気」でいこう。死んでからも「あいつ元気だったよなあ」って思い出してもらえるような人になるうってことでW。
能登半島ですが道路2本切れたら事実上でっかい陸の孤島になるわけで、実際1本切れちやってるし、本当の孤島と違って平時は道路が通ってるので大きな港もないんですよね。
で輪島ってひょっとして隆起で港が浅くなってたりします?
ちなみに、
トルコキキョウ
は、トルコとなんの関係もない。
僕は、源氏物語の作者は紫式部ではないと思ってたが、まあ、その後親族冠位を見てると作成に深く関係はしてるだろうな。
若手の話を聞くと
「ハードワークでもいいから高給が良い」
「ほどほどの給料でたくさん休みたい」
という人で2極化していて
「高給でたくさん休みたい」
という自分が少数派だと知った