2023/12/22-2023/12/26
『Beatless』がヒリヒリするくらいおもしろくて、やはりSFはある種、人間の自意識を揺さぶるとか、今そこにある転換、みたいな問題意識があってほしいという自分の琴線があるのだろうと思う。 20世紀の古典SFなんかにおける、「宇宙」「核」みたいなテーマで書かれた作品が、いまいち響かないのはそういうことなのかもしれない。
「○○はSFであるか/ないか」というよりは、「私がSFに求めるものは○○」ということなんだろうな。
▷私ごときアカウントだとまだ別に付かないんだけど、人様のツイート履歴見ていくと「プロフ見て」侵食ってかなりひどいな。
▷もう、注意書きとして「“プ●フ”はミュートワードにしておりますので、リプライ等でコメントする方は、この単語を含めないようにご注意ください」と言う人が出てきていて仕方のないレベルだな。
▷これ、アニメ化、最終巻までやるのかな。主題歌が流れるのが楽しみ。
▷そこまでして、うまいものを日々食いたいという人類が解せない。
料理、加工と加熱と調味が全部別のスキルツリーのくせして、「一揃いの技術でござい」という顔をしているのが解せない。
日本語から漢字はなくせない。
@rashita2 「シタ」って、Doneではなく、groundのことだったのか!
▷キリトって、言われるほど特徴のある造形かな。
黒ずくめってことと、TUEEEってことくらいでは?強いことなんて主人公特権であることを考えればごく一般的なラノ
べ主人公くらいの強さだと思うのだが。
1巻からそれなりに苦戦するし。
▷あ、「ソロプレイヤー」って特徴はある
か。
▷ロシアのほうで、「キツネを、大人しさで選別しつつ飼育したら、家畜化がおきた」という研究をした人がいたけど、あれをサルでやったら、とんでもない成果が出た可能性があるってことだよね?
▷人権を与えないといけないかもしれなくなったかもしれないくらいには、やばかったとも言える
子供のお受験を計画している友人には、「知能の遺伝率は成長とともに上昇していくから、幼児期は遺伝より環境の影響のほうが大きいので、親の努力が結果に結びついて報われやすいけど、結局、思春期を過ぎると本来の遺伝的な資質で成績が決まるよ。」とは言わず、「凄いね!」と返すようにしてます。
懐かしい仲間と飲みが進んで俗な話で盛り上がった。男女ともに性的な話や下ネタで笑い合い、然からは同性愛の話をするのだが、あ、千葉さんそうだったよねと自然に話が展開し、いろんな角度から人間というものの踏み込みすぎない掘り下げがあり、という時間。とても心温まった。
疲れた時には「サンショウ 冬芽 葉痕」で画像を検索するといいと思います。
もし100人中1人しか木の高さの求め方を知らなかったら、「計算したら10mでした、計算法はこうです」「俺が計算してみたら20mになったぞ御用学者め!俺の計算法はこうだ、この海外の論文を見る」「私の感覚だと30mはあるに決まってる!危険だ!不安だ!汚染水だ!」という人の誰が正しいかわからない。
「女性の犯罪率が低いのは違法行為やっても周囲に庇われ表沙法にならないから」というのは前々から児童虐待犯の7割が男性なのに子殺しの7割が女性になる現象等で示唆されてたけど、今回の頂き女子/パパ活詐欺執行猶予で直接的に「女性犯罪者は司法により徹底的に庇護される」が可視化されてしまった
な
「今の若者は男女平等を当たり前のものとしてビルトインしている、偉い」という話と「今の若者の間に"フェミニズム"を馬鹿にする風潮があり困る」という話が同時に流れてきたが、私の霊感では両者は同じ事態の別の言い方であるように思える。
本当は黙っていたかった、ウイグル絡みでの水面下の対中対抗言論形成の活動を、ネトウヨと『選択』の怪文書のせいで公開しなければならなくなったのは痛恨です。手の内が知られたから、中国からトルコに国際宣伝で強い巻き返しありますよ。有力な先生方に協力してもらった9月の活動が水の泡です。
溢れかえる成功法のせいで、「失敗から何かを学ぶ」という基本的なことが置き去りにされてきたのかもしれない。
強制捜査はこれはまあ当然なのでしょうが、「検察ファッショ」という古い言葉はときどき思い出してみても良いかもしれません。所詮は民主的正統性のないプレーヤーですよ、彼ら彼女らは。
これ↓と、以前TLに流れてきた「「一命を取
り留めた」はその後順調に回復して元気にな
ったという意味ではなく、その多くは生きて
はいるけど意識なくベッドに横たわっている
だけか又は重度の後遺症を抱えることになっ
たという意味」というのは肝に銘じておこうと思う。
⇒「命に別状はない」もかなりひどい状態だ、って話もどこかで見た。
この間読んだ本にピンチへの対峙の仕方が書かれていた。
「皆何かあるとすぐ9回裏だと思ってしまうからおかしくなる。本当はまだ4回裏のつもりで、慌てず、逆転のチャンスがあると思えばいい」
つい反射的に「後がない」と焦ってしまうけど、大抵そんなことはない。粘り強くやりきれば最後に勝てる。
首都高は35歳以上の男性利用者が全体の75%。さらに全体の約20%が年収1000万円以上。ウェブ広告がひたすらうざくなっていく一方で中高所得者層へは一周まわって屋外看板に回帰。/首都高でいまだに「広告看板」を見かけるワケ 和の時代になぜ?本
水に効果的なのか
現代は、「関心を集める」から「注意を集める」にどんどんシフトしていて、前者は興味深い内容への動線なのに対し、後者はアテンションを獲得したらそれで達成となる。その場合、表面がすべてで、中間的なものがなく、反応は直線的なものに留まるだろう。
集中力がないときにできる作業のリストを持っておくこと」と「朝一は集中力が必要な作業にできるだけ取り掛かるようにする」という姿勢はセットで持っておくと良い。#ー
分間タスク管理
つまり、「なんでも一つにまとめる」原理主義だと、別段必要のない情報にまで、その他の情報と要件を合わせるようになってしまう、という。
パスカルの賭け【Pari de Pascal(仏)】(哲/神)理性によって神の実在を決定できないとしても、神が実在することに賭けても失うものは何もないし、むしる生きることの意味が増すという考え方。<フランスの哲学者ブレーズ・パスカルが提案>
著名人だと52歳で亡くなった作家中島らもさんが有名ですが.......そんなに多いのか。
年末年始皆さんお気を付けて。/医師になるまで「酔っぱらって階段から転落して人生を終える人」がこんなにいるとは想像してなかった
コミュニティ志向について面白い考察。「彼らの動画を見ることで自分も仲間に入れたような気持ちを味わえる。地元の仲間の集まりに入れてもらえたような疑似体験」/なぜ大人世代には「人気ユーチューバーの面白さ」
がわからないのか...「ひき肉です」や東海オンエアの共通点
しかも言い訳してきたのでそれもいったん受け止めてもう一度。疲れたけど嫌な胸の重さはなし!(いえい)
ひとつひとつの言葉に自分のラベルをつけずにシンプルに届くように嫌で嫌で仕方ない人ですが教えたことを守らないので注意しました。自分に嫌な気持ちが残らずに済みました...!(発見)
文字はコミュニケーションツールとしてより、固着させることに意味がある。そこで一回、時間を止めている。時間に介入する装置としての文字。
いや、ほんとうに Threadsは今Twitterよりも可燃物が多い気がする。写真中心のInstagramではまったく平和にポストしておられた人たちのアカウントが、テキスト中心のThreadsではがぜんナイーブで攻撃的に変じている。可燃物だらけだ、ほんとに「Instagramアカウントの人格の裏面SNS」
みたいになってる
ついに Threadsの「おすすめ」に「ワクチン
陰謀論者の宣伝」が流れてくるようになってきた。それと「なんか道で遭遇したどっかのおっさんに対する痛罵」とか。インスタが持ってた良さを失わせるサービスになりつつあるのでは、あれ。
Twitterが落ちてるのにトレンドに Threads
が出てこなかった時点で、本当に終したのはスレッズだったんだなってわかった
threads、あまりよく知らない人のポエムとなんかいいこと言ってやった風の中途半端なアカウントに溢れていて、確かに昔のtwitter はこういう感じだったけど、今必要なわけではないんだなぁと実感する
⇒そういえば、blueskyアカウントではなにを書こうかな。RSSがないから、案外あとで取得しにくい。
「空腹は最高の調味料」はある程度真理だろうが、飢餓の人に向けてこれを言ったら間違いなく怒られるだろう。
「貧乏こそが、最高の「かくし味」だった」という惹句が表紙に刷り込まれている最新のエッセイ本をみかけたが、これがおそらく
1993年刊行なら何の違和感も覚えなかっただろうが、2023年の本だとすると著者が必ずしも意図したところではない、刺激が生ずるのではないかと思った。
スティーブン・ロジャー・フィッシャーは『文字の歴史』の中で、日本語における漢字
を擁護して、もしも英語の「know」や「write」から「K」や「W」を省略したらどれほど混乱するか......という議論を展開している。文字は単なる音声の記録ではなく、視覚的に読み取りやすいことも重要なのである。
⇒「enter」のほうが「entre」よりも読みとして現実に近いじゃん、はそうなんだけど、そうすると「entrance」とか「entry」とかとの語源・語幹の感覚が途切れちゃうってのと似てる。
欧米人「なぜ日本人はいまだに漢字とかな文字の混ざった複雑な文字体系を使ってるの?
もうシンプルにかな文字だけにしちゃえばよくない?」
日本人ぼく「なぜ欧米人はいまだに ABC順でアルファベットを覚えているの?もう最初からQWERTY順で覚えればよくない?」
「失敗を恐れるな」って、信じんなよ嘘だか
ら。
挑戦はマリオと一緒で、ミスったらちゃんと死ぬねん。
残機ゼロならゲームオーバー。
だから大事なことは残機を増やすことなんよ。
一撃即死のギャンブルはやったらあかんねん
残機を残せるゲームを選ぶんよ。
100$持ってカジノ行ったら、
ミニマム 100$の卓につかんやろ。
そらミニマム 1$でチマチマやっても拉致があかんと思うかもやけどな、
それは掛け率がゴミなんじゃなくて、プレイヤーとしてのお前がゴミなんよ。
ゴミらしく少額でチマチマゲーム数を稼ぐね
んて。
⇒アカギの鷲巣麻雀の点棒……。
印鑑登録印があるということは紙での申請が必須ということじゃないかな。それなら
EXCELでも何でも作りやすいもので作れば良いとは思う。
紙での申請が必要なフローを止めよう、という意図かと思った。
1文字ずつセルが分かれてるのは論外なんだけど、このエクセル様式の問題点はなんだろう?
ファイルの中身をプログラムから読むという観点だと、Wordに書かれた表よりもエクセルの表の方が情報とってきやすい。1文字とか1行ごとにセルが分かれてるのは困るけど、1項目1セル(結合セルはOK)なら取りやすいくらいまである。
電子申請とかフォームにしようとかならわかるけど、Wordにしても解決しない気がしていて
モンベルツイートに反応が多いので、登山専門家目線でモンベルを評価してみます。
・イメージでいえばモンベルはトヨタ車
・機能的にはかなり高得点。常に85点をとってくるイメージ
・モンベルより良いブランドは存在するが、それらは価格が2〜3倍する
2012年のスレだけど、ネットの匿名交流に関する考え方として今も通じるものがある。
昨日話してたおまえらと今日話してるお前らは違うおまえらなんだよな・・・
おまえらが明日も2chにいるとは限らないんだよな
でも明日も2chに「おまえら」はいるんだよ
違うおまえらだけど反応はたいして変わらない
個々はバラバラの人格を持ってるのに、「おまえら」「おれら」としてはある程度
共通の人格を形成している
さらっと「シリコン」といってるドラえもんにこのブルジョアが!」とスネ夫に対する以上の怒りを感じた小学生時代の私(TOM I
XのシリコンがNの車輌セットぐらいの値段
したのでそんなもの大量に使われた日には)
たまにキャラに先生が憑依しますからね...
そもそも男はメカにくるってこそ当然だ! 興味もないというほうがおかしいのだ!!
シリコンっていつの時代よ?
今はレジンとコピックインクやメディウムと言いかけて、
書かれた時代に思い至って腰を抜かす。
.....あっ、唐突に気づいた!
フィクションの催眠アプリって、あれ最初に催眠を掛けられてるの、「アプリの使用者」なんだ!きっと!
「こんな都合のいいものがある訳ない」「アプリであるなら開発者がいるはず」「使用履歴とか残るんじゃ」といった「当然の疑問」が、催眠で気にならなくなってる!
⇒夢オチみたいなもんか
私も人並みに、人から恨まれたり、人を恨んだりする機会はあった。でも、ここに宣言できるけれど、神さまのゆえに、イエスキリストのゆえに、少なくとも私の側からは恨みを捨てます。
「感情がやってくる」ことは避けられないとしても、その感情に対して「いや、私はそれを深める選択をしない」とはいえます。
それは、やってきた怒りを「自分」と同一視するのではなく、自分の心を叩いている訪問者だと考えるのです。その訪問者を受け入れるのか、拒否するのか。その選択をする。
もう一つは、罪があることと裁くことを分離した点。たとえ誰かに罪があるとしても、そのひとを「裁く」ことができるのは誰か。神さまに変わって自分が裁こうとするならば、それは自分を神とする行為になってしまう。
そして、罪も赦しも救いもわからないなら、キリスト教というものはなんの意味も持たないのです。
キリスト教は大変プラクティカルなものとも言えます。私たちが日々感じている虚しさ、頼るものなど何一つないのではないかというおののき、そして自分のしてしまったことは決して取り返せないという一回性。それらと対峙するためのマニュアルが聖書です。
プラクティカルな話に戻ると、あなたが親をいさめて親が改心し「そうか!私が悪かった!他者に対してもっと誠実にふるまうべきだった」とある日を境に切り替わる可能性はきわめて低そうです。
自分があるとき、とんでもない失敗をしたとする。ああ、時間をほんの数分、いや数秒でいいから巻き戻してくれ!さっきの私の一言を取り消させてくれ!...そんなことを思った人は多いでしょう。でも、時間は巻き戻せないし、放った言葉は取り消せない。「抜き差しならない一回性」とはそれです。
その「抜き差しならない一回性」の重みを自覚した人でないと「罪」はわからない。「罪」がわからないということは「赦し」がわからないということです。「赦し」がわからないということは「救い」がわからないということです。
「おなじ穴のムジナ」って、音だけ聞くとジブリみがある。
アメリカというのはゼロベースでものを考え、実行できてしまう国で、そのすごさはあるが(そしてそれゆえに独特の不安を抱えていて、それと関わる文化芸術があるが)、そのやり方を、歴史と経緯が複雑な場所に持っていくことは、ときに解放的に働くが、つねにそうなのではない。
若い頃は、本質なんていう言葉を聞いたら条件反射で脱構築しなきゃいけないと思ったわけよね。でも、本質ってあるんですよね。
ちなみに、中年のゲイが妙に人生達観したようなことを言いがちなのは、そのセクシュアリティの(日本の現状では) 特有のライフコースから来るもので、ストレート男性の同年代が同じことを言うのとは別扱いにする必要があります。
一時期、ツイッターとは距離をとって、とかやや落ち込んでいたけど、だんだん元気になってきて、また挑発的な言い方で遊べる調子が出てきたってことで、よかった。
90年代教養主義育ちの僕にとっては、挑発というのはポジティブワードですからね。
同性愛というのは、性愛の相手が同性「なだけ」ではありません。人生の捉え方、欲望の捉え方も違うし、感覚のあり方も多少違うと僕は思っている。単純なパラメータだけ違っていてあとは同じ、という見方に、僕は生涯
をかけて抵抗すると思います。
自分独自のものを創造するとは、そんなものができたらいいなと思っていた理想が破壊されて、思いもしない不気味なものとしてある種の自分の現実が露呈し、それがまさに自分自身の本質であるにもかかわらず、見たこともない他者のように目の前にごろっと現れる、ということだ。
成功したのは太実家だからだみたいな単純すぎる因果性でものが言われること。他方、ゲイなのは生まれつきだからだみたいなのも単純な因果性で、まあ話が飛躍するが、つまり、人生の多様性をちゃんと見る気がないということなのよね。
がんばることすらできない人だっている、とツイッターでそれなりの言語表現で書ける人は、がんばることすらできない人である可能性は低いのではないかと思う。
ドラゴンボールなどを見いていてもわかるが、最初の頃はいろいろ新しい技を覚えるが、ある程度強くなった後は当人のスペックが向上して技自体は使い慣れたものを使い続けることになる。
薬屋のひとりごとアニメ面白いんだけど、猫猫の「ダウナー・男言葉・化粧すると美人・イケメンに靡かない・陽キャと一線を引く・自身の(特殊な)得意領域で一目置かれる」などといったあらゆる要素が、オタク中高生女子が自分を投影しやすい(似ているとは言ってない)キャラ造形すぎて集中できない。
俺はキリトくんのキャラ造形を見て中二病時代を思い出してこっぱずかしさで布団に顔を埋めて足をバタバタしてしまった側の人間なので、猫猫を見て布団に顔を埋めて足をバタバタする成人女性オタクがいてもまったく不思議だとは思わない...
「薬屋のひとりごと」へのつっこみ、正直自分もほぼ同じこと考えてたけど、べつにいいんだよ。
「男の子ってこういうのが好きなでしょう?」があるように「オタク女子ってこういうのが好きなんでしょう」だってあるだろうし、胸張ってそれを楽しめば良いのだ。
あと「女子って毒とか薬とか好きだよね」とかも思った。
ふと思ったのだが、自分自身に対して「水遣り」をするべきなのでは?
生い立ちや環境から、辛いことが多い。挫けそうになるし、毎日無意味に感じる。SNS以外では、私はいつも誰かをケアしフォローし後始末をする役回りで辛い。
そういうときに自暴自棄にならないために、淡々と自分に水遣りをすべき?
でも、日常はそれ…無形の贈与?みたいなもので回っている。特に子どもやしんどい状況の人は、そういう贈与を多く受け取らないと安定した精神状態でいられないと感じることが多い。
贈与かお布施か水遣りか。
気にかけるとか、好意とか、優しさとか、悪い方向に行くのを止めることか、慰めるとか、気持ちを整える手助けをするとか、そういうことを回していかねばならない。それはすぐ効果があることではないし、自分にリターンがあるようなことではないので、資本主義的感覚に染まってると無意味に感じる。
私はノストラダムスの1999年7月以降、長い「余生」を送ってきたようなものだ。なのに、今でも「期待」してしまって「失望」している。老いるために生きなくてはならない。
くそれは格差婚、すなわち女性が自分よりも学歴や収入など社会的地位の低い男性と結婚する傾向が少ないままだから、ではなかろうか。>
多分、低位の男と結婚すると女世界において「負け」みたいになるからではないか。もし、そうなら、その女世界の解体が重要かも。
いつか読もうと思った本も、全部とは言わないし、読む時期も在るだろうか、大半は、今から読まないと、読めなくなっていく。
「死ぬまでする●個のこと」は、ほとんど、今、やんないと、もうするに手遅れになってるもんだよ。
総じて言うなら、未摘花は醜女というより、光源氏から見て古い尊い世代をその価値のまま生きてる女なんだろう。
山本七平が齢取るってから、子供時代の記憶を書いて昭和初期の社会の感触を伝えていたが、自分もそうした番になりつつあるか。
来年は、67歳。まあ、我ながらよく生き延びたもんだ。そして、心底、死が怖い。そしてそして、時間に流されていくのも怖い。自分が実に矛盾しててくだらない。
あと、10年若ければ、がちに研究やってたんだがと思うが、10年前もそれなりに子育ては大変だったというか、まあ、研究に全振りはできなかったなあ。まあ、そういうもん
か。
極論すると、古典・漢文を学ばなくてもいいという人はそうやって生きて行けばいいと思う。恋の悩の経験のない人生だってあるのだし。
「突っ込みどころ満載」という表現が否定的な評価として使われることがあるけれど、古典的な名著はみな突っ込みどころが満載ですね。だからこそ素晴らしい。
「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」と問われると、僕はYesだなあ。
⇒まあねえ。職業と配偶者も、住む場所すら自分で選べなくても、それでもその形でで生きるだろうな、私なら。それくらいなら。
考えてみるに、自分がへボいことにいちいち落ち込んでいたらキリがない (だからもう気にしない)、という理解は結構たいせつかもしれない。
官民問わず多いんだけど、オンラインでの申請という時に「WordやExcelで作った申請書に入力して送信してもらう」...という発想から脱却して「Webフォームに入力して送信してもらう」に切り替えていく...というのがまだまだ向こう数年かけて最初にやってかなきゃいけない「DX」の第一歩だと痛感して
る。
生長の家はGHQ下にさっさと順応して、米国ニューソート系に衣替えした。その後は右派になったり、さらになんだかんだあったらしい。わからん。
沖縄は、「反基地イデオロギー県政」というものでもないと思うが、内実は、なんとも言い難い。内地の人が沖縄を理解するのは難しいと思う。親族システムが独自でその中に入らないとわかりにくい。あと、それもあって、人間関係が多層。
生長の家の、出版物=布教=献金システムは、オウムや幸福の科学も踏襲した。
幸福の科学は、初は、角川文庫になってたりもした。当時は、「人は分相応に生きなさい」的な諦観説教も多かった。立ち読み知
識。
日本の、オウム前の、オカルト文化は、宝島と平河が結構推進してた。まあ、中二病向けの面白さはあった。あと、たま出版とかあったな。八なんとかという老舗もあった。
薄オカルト系は、健康法とあいまって、戦前からあったんだろうな。
『ムー』はオウムの基盤になってるが、あれはかなりピュアな中二病向けで、宝島・平河の読者は見もしなかった。あと、そう、ノストラダムスがあったが、あれは、お子様(小学生)向けだったと思う。お茶の間は、宜保愛子だっか。
オウム以前のいかれたオカルト文化は、電子化されてないので、このまま忘れられていくだろうな。国会図書館には残るので、半世紀ぐらいしたら史的研究が進むかも。