2023/11/11-2023/11/15
▷変態性とか癖というのは文化のことなので、動物どおりにならない、という意味で偏執狂的にならない範囲で殉じたほうが人間的だとは言えるよね。
まあ、見かけ上その逆の「普通そんなことしないよね」もまた、文化なんだけど。
▷「誤解を与えたなら謝罪する」って逃げ口上みたいになってるけど、たまに、本当に「切り取られの発言に空気で噛み付かれてるだけ」のことが混ざるから困る。
▷安易なイメージダウン戦略、や、「本音がポロリと出たんじゃないか疑惑的注目」は控えたほうが長期的には吉。
▷人間性とか本性とかの情報は、他人を知るときにいらないんじゃないか。
▷「楽しかった青春時代に戻りたい」とか「無邪気でいられた子供時代に還りたい」みたいに言うときの、空想上の“帰る場所”とか“ふるさと”みたいなものが、私の場合、自分の“脳内”で、「はやく脳内に帰りたい……」みたいになる。
▷ある種、妖怪人間の言明とは逆向きですね。
▷ルーチンの軸と左脳の軸か。
▷@rashita2 「分数」。
▷縁も流れた?
▷「40歳」というのが年下であるという事実。
「人間は欲望を自分で生産できず、他の人からこっそり盗んできます。もしかすると、人間は欲望が欠如していて、それを隠すために欲望まみれの姿を取りたがります。やりたいことが見つからない人の方が圧倒的に多いのです。」(山内志朗『小さな倫理学入門』慶應義塾大学三田哲学会、P11)
フーコーの権力論にしても、ジラールの「欲望の三角形」理論にしても、学部時代に知った時にはまさに目から鱗で感動していたのだが、行きていく限り、それらが指摘する構造からは「逃げられない」のもすぐに分かった。でも、「解毒剤」にはなる。ここが重要だと昔から思っている。
漱石の様々な作品は「三角関係」、特に「好きだったけど一旦他人のものになった女を奪い返す男」というモチーフが多いけど(エディプスの反復、もしくはジラールの「欲望の三角形」)、漱石もこんなメモまで残して考えていたのね(同書245頁)。ここまで「自覚的」とは凄いな。
これは恥ずかしい間違い
都市博は東京都の企画であって国際的な条約もなければ関連付けられた開催の歴史もない単独の博覧会
大阪で予定されているのは正式な国際博覧会であって、5年ごとの開催は立候補制で国際事務局が承認する
いわゆる最大規模の「登録博」を中止にすれば国際的に信用を失うのは当然
マクナマラの誤謬
ベトナム戦争当時、国防長官を務めていたマクナマラは(中略)
「アメリカ兵の死亡数と敵兵の死亡数の比率」に着目し、「アメリカ兵の死者数よりも多く敵兵が死亡している限り、軍は勝利への道を進んでいる」と判断したわけです。しかし、マクナマラは戦争が両軍だけでなく関係国家の民間人も関与していることを考慮していませんでした。マクナマラは「測定できない物を管理することはできない」という有名なビジネスのフレーズを用い、自身の考えが正しいものであり、死者数以外の定量化できない指標は「戦争の勝敗とは無関係」と主張し、考察から除外しました。
この結果は広く知られている通り、アメリカの敗戦で終わりました。
バークソンのパラドックス
バークソンのパラドックス(英: Berkson's paradox)は、条件付き確率と統計学において生じるパラドックスで、バークソン・バイアス、合流点バイアス、バークソンの誤謬などとも呼ばれる。これは比率の統計的検定において生じる交絡因子である。特に、研究デザインに確認バイアスが内在する場合に生じる。ベイジアンネットワークでのexplanation away現象や、グラフィカルモデルでの合流点による条件付けなどと関連している。
見かけ上の負の相関
性格と容姿は無関係なので、「イケメンだけどイヤなやつ(左上)」「イケメンでいい人(右上)」「ブサイクだけどいい人(右下)」「ブサイクだしイヤなやつ(左下)」は同程度の分布だと考えられます。
しかし、女性にとっては「ブサイクだしイヤなやつ(左下)」や、「ちょっとイケメンだけどかなりイヤなやつ(左上の一部)」、「かなりブサイクでちょっといい人(右下の一部)」はデートの対象にならないので、「なかったこと」にされてしまいます。こうして残ったデート対象の男性のみ分析の対象とすると、hotとniceの相関は青色のラインとなり、「hotとniceには負の相関がある(=イケメンはイヤなやつという傾向がある)」という、前提とは異なる結論が導き出されます。これがバークソンのパラドックスの一例です。
このほかのバークソンのパラドックスの代表例が、「大学の新入生について考えた場合、共通一次(SAT)の得点と高校時代の学業成績(GPA)の点数には負の相関がある」というもの。もちろん高校時代に学業成績が良かった者ほど大学入試の得点が高いと考えられるため、これは直観に反しています。
しかし、大学入試においては、「SATとGPAが良すぎる者はひとまわり上のレベルの大学を志願する(右上)」「SATとGPAが低すぎると入試で落とされる(左下)」という2つの現象が発生します。そのため、この2つを除外して考えた場合、残るのはグラフの青色部分となり、この部分のみを分析の対象とするとSATとGPAの間には負の相関が成立します。
⇒さっきのイケメンの話も、「すごくイケメンでしかもいい奴」は、すでに他の女のもの、って観点を足すと、完全に回帰直線が引けちゃうよね(笑)
ハマスの背後にイラン、イランの背後にロシア。
これをハマス=イラン=ロシアとイコールで結びつけちゃう人がいる。
これってDS陰謀論もそうで、ユダヤ=グローバリスト=米民主党で語られている。
単純化した方がミスリードし易いんだろうな。。
⇒日本はアメリカと運命共同体だけど、別にイスラエルに感情移入はしないもんな。
ハマスのバックにロシア、中国、北朝鮮がいる!わけはないです。
ハマス、特にカッサム旅団のバックはイランのコッズ部隊。というか、ハマスは今やコッズの手駒みたいなもの。
それとは別にイランとロシアと中国が互いに利用し合う関係はあります。これは今後の世界の最要警戒危険事項です
TLが荒れてるけど、みんなアメリカ空軍が功績のある軍人に贈るクソダサい剣”Honorary Sword”を見て落ち着いてほしい。マジでダサいんだよ
年の差婚、むしろ思いっきり歳が離れていて、あからさまに歳下の方の遺産狙い(ゴールドディガー?) に見える方が、実は「キモい」度が低いみたいなところあるのではないかもはや。
哲学科の院試は哲学史が必須みたいで、しかたない面もあるし、哲学には系譜というもののあるが、哲学自体は史的把握すると個々の本質は必然的に抜けると思う。
これは、後期ハイデガーの西洋哲学総体への批判から、「言葉は存在の棲み家」(Die
Sprache ist das Haus des Seins) EIl
て、普遍を擬した格物致知に対する宣長の「もののあはれ」論じになる。ゆえに、「もののあはれ」は感興の言いではなく、存在論である。
で、意外にも、後期小林秀雄はこれに取り組んでいるし、普遍を標榜すら朱子学に対抗した本居宣長にその根はある。(ベルクソンを介している)
つまるところ、やはり、私たちにとって、哲学とは何?というのを、宣長を含めて、英米
哲学くらいには進化させるべきなんだろう
が。
現代哲学において、言語論的転回は決定的なんだけど、この「言語」は普遍言語っぽくかつ西洋言語っぽい。ここでサピア゠ウォーフの仮説のような珍妙な物を出さずとしても、東洋哲学でも言語論的な転回はあるだろうし、そもそも日本人である私たちにとって言語論的転回って何?
三島由紀夫が自決に失敗してたら、唯識と陽明学を混ぜた変な物から脱して、もう一度、小林秀雄に向きあってくれたんではないか
な。
「日本のことはもう諦めた、アンタらバカどもに任せるよ、そのまま天下を取ってなよ、日本がどこまで堕ちるか、ここから見てるから」という心境の人、日に日に増えていっている気がする。
⇒このツイートは、末尾に「俺もそう。」とは付いていないし、「なんで諦めるんだよ、発奮しろよ!」とも付いていない。だから、著者にはなんのリアクションもできないし、するべきでもなかろう。
⇒ただ、これをむしろあるレベルある対象に対しては、積極的に肯定して、モブの倫理としたい気分がある。
⇒政治権力そのものに奴隷になる必要はないけど、世論や多数派には、「最終的に決まったことであれば、従う」って意識は必要だよね。
右も左も関係なく俺が政治に求めたいのは
①議会制民主主義の正常なプロセス破りをするな
②公文書は破棄改竄するな
③歴史は修正するな
④差別はするな
なんだけど今の自公政権①〜④ガン無視で突っ走りそれが大した問題にもならない。良
識的な与党議員この状況下でよく発狂しない
なと思うよマジで
⇒言ってることはごもっとも。
⇒ただ、実際には、差別心は人の中からはなくせないし、社会は法律だけでなく文化にもよって統治されているから、社会からゼロにはできない。
できないものを「するな」とシンプルに言っちゃうと、どうせダブスタというか、基準はグラグラになるだろうな。
⇒歴史も「アウシュビッツはなかった」とか言ったらそれは偽ならなっちゃうけど、「江戸時代は幸せな時代だった」と言うだけなら、(やめてほしいけど、)「物語り」でしかないから、止められないだろうな。
①②はもっともなんだけど、言葉尻を切り取るマスコミと、ワッと湧き上がるお気持ち世論の糾弾があると、心が弱いほうに流れちゃうのはわかるし、大目に見てしまう気持ちはあるな。これは私に、だけども。