2023/09/01-2023/09/05
▷そういえば、「地方を切り捨てる」とか、「弱者を切り捨てる」「封じ込める」みたいな意思決定って、日本文化だけのことなのかな? 単なる鳥瞰的判断でもそれは起こるわけだから、世界各地にあるんだろうとは思うわけだけど。
▷RT 「感情のとおりに行動することが自由なんではない」 こうーいうことを……、こだわりが強かったり衝動性が高かったりするお子にも、腹落ちレベルで納得していただきたいものだ。
感情が「人を不自由にするもの」ということ、共通認識をもつのなかなか難しい
一般に人間は、感情表現を自由と考えがち。(続く)
「激しい怒り」とか「絶望」とか「欲情」を例にするとわかりやすい。強い感情は、「人間の行動の選択肢を狭める」効果がある。強い感情にさらされてる状態では、自動的に行動の選択肢が足きりされる。
▷きらきらした贈り物とか、凝った演出とか、そういうものの中に、やっぱり、未来とか精神の中の善きものを、一緒に感じちゃうものでしょうけども。 そういうのも、無理して維持しているだけの人のカタチ、ってもんですよね。
▷生物はそんなにいないと思うから、期待しすぎても後の展開でがっかりするかもよ? という発想から、「いやー、付き合えもしない内からこんなにあれこれさせられてたら(それが競争の相場とはいえ)、結婚できた後は、反動でもうー……」って、つっこんでいたんですよね。
▷以前、アオアズマヤドリの回のダーウィンがきたがテレビから流れているときに、見ている感想として、「あー、こういうオスと結婚したら、その後もいろいろ良くしてくれそう、子育ても一緒になってやってくれそうー」みたいな事を言っていて。私は動物界の相場から考えて、両親がともに残って子育てする
▷心を痛めつつ、保身し続けるしかない。
▷巨大なものに対して何人かで対抗しているときに、ジリ貧だからといって、「部下を守るために、リーダーがまずその身を捧げる」って、愛があるように見えて、実際は何にもならないんだよな。 大抵は、残った部下たちは草を刈るようにその後で全員やられるだけになる。
▷今ちょっと車輪の唄を聴いてたんですけど、これがつまり、トロッコ問題だよなあ(、少なくともサンデルさん以降の)。 君は紐をはずすことの重みに耐えられるか? ってことだから。
▷@akizukid ものを減らすとか、黒歴史とかじゃなく、証拠隠滅。いいですね。
・48歳で人生を折り返しているので、そろそろ「証拠隠滅」を図っていこうと思う。
・普通、何となく爪痕を残したいとか、生きた証を、とか思うのでしょうが、逆に人生の証拠隠滅と思えば、色々と気楽になりそうな気がしました。
▷みんな平等が好き……、というか、「自分がハズレを引かされることだけは我慢がならない」だろうから。
▷ただじゃあ、各現場の責任者が、個性的で柔軟な運用をどんどんやったら、今あるクレームが減っていくのかと言ったら、むしろ逆に、増えるんじゃないかというのがなんとも。
▷ここでやっかいなのは、「結局、文部科学省の出した通達通りに都道府県の教育委員会も指示を出すし、各校の校長もその指示の範囲でしか動かない」みたいな要素が多すぎることで、身近な陳情回路があまりうまく使えないところ……。
▷「お金持ちはお金持ちで、お金の使い方に悩みはあって、どの階層の人もムダに使えるお金などない」という概念と同じような形で、 「国政の担当者は“国民一人一人の暮らし”になんか寄り添う必要はない」外向きの事やマクロの事だけに集中してくれていい」というのが、意識のあり方として必要だろうな。
「お客様は神様」と口にしてしまったら、その客はもう神様ではない。
のび太が天才だと思った瞬間
「イチ」「ペコ」などのネーミングセンス
「ママのありがたみを知りたい」などの機能の逆用・転用のセンス
神がなくても人が善性を失わないよ、という現代日本を、昔のキリスト教圏の哲学者に見せられたら、「じゃあもういいや」ってなって、もっと彼らの哲学書が薄くまとまったかも。
ぼざろの3階層;
人物、キャラ、表象
スーパー日本人
ずるずる
⇒どんなことが起こるんだろう?
マウント取りの自己アピールがうるさい人とか、人を不快にいじって笑いのセンスがあると勘違いしている人とかだろうか?
「思い通りにならないと癇癪」という表現は「物事を全部自分の思い通りにしたい」というとらえかたが背景にあると思われるけど、
本人としてはたぶん、「わからない、思い通りにならないことばかりの世界の中で、数少ない自分で見通しがもてることが崩れた」ときにメルトダウンするというのが近そう。
これ、俗説で実はそうじゃないのだ。確かに最初の予算はARPAから支出されたのだが、実際には大型コンピューターの計算リソースを効率的にシェアする研究から始まっている。後から「切れない指揮系統にも使えるぞ」という指摘の論文が出たから、「インターネットは軍事技術由来」という俗説ができた。
道徳の根源的めんどくささに向き合わないからこその「え?なんで反対するの?だっていい事だよ?」みたいな反応ってあるよなあとか。
荒川区議会は定員32人、区全体が選挙区なので、当選ラインが非常に低い。この↓議員は得票率3.19%で余裕の6位当選。最下位当選の人は得票率僅か1.78%。そういう制度だと、固定的な支持層があれば当選でき、中道票の獲得を目指す必要がない。
市区町村議会の選挙制度は改革すべき。
アメリカで虐められっ子が銃乱射事件を起こす度に、「学校に行かなきゃ良いのに」と思ってだんだけど、アメリカでは不登校になると逮捕されるんだな
いくら虐められても学校に行かなきゃいけないとかそりゃ、爆発する奴が大量発生する訳だ
アメリカの義務教育での不登校は違法とされます。
親のネグレクト(育児放棄)とみなされたり、最悪あなたが罪をお起こた事になります。
警察に逮捕されたり、裁判所に出廷しなければなりません。
アメリカ人の言う不登校は、「学校に行っておらずホームスクーリングもしていない状態」なので日本の不登校とはちょっと違います。親が教えるか、オンラインで勉強できる通信制みたいな環境を州が無料で提供してるので、それをホームスクーリングとみなしてるらしいです
あと法律も州によるかも
というのもクソデカい多民族国家なので義務教育は義務ってことをしっかり示しとかないと子供を働かせてしまう可能性があるとかなんとか。
もちろん精神疾患含む病気の場合はホームスクーリングもしないという選択肢もあるそうです。
底辺高に勤めていると「勉強できなくても音楽とかスポーツならできる子もいるんでしょ?」と言われるが、経験上、いない。
ここまで勉強のできない子は認知力も身体能力も低いし、自分で練習ができないし、根性もない。「ダメな奴は何やらせてもダメ」という厳しい現実がある。
筋肉はあるし、体格がいいやつもいる。けど、人のせいにするやつが多いし、周りのことまで想像する力がない。女性や弱そうと思ったやつの言うことは聞かない。強いおっさんに率いられないと何もできない。強気なのに判断力や意志が弱い。そのことに気づかないし恥じない。
可能性を否定してるんじゃないんです。趣味なら全くかまわない。
ただ音楽やスポーツは「少しできる」だけじゃ仕事にならない分野なのにそこが理解できなくて「好きだから専門学校に行く」とか言い出すから困るんです。親も「好きなことをやらせたい」とか言うし。
お金も時間も環境も必要なのに。
① このへんしか見てない(見えない)人がいるため、下のボタンを押すのではなくて入力欄を一生懸命タッチして
「何も起きないぞ!?」となってしまう
② 入力欄から一番近い”それっぽい”ボタンがクリアなので入力を乗り越えた人もクリアを押して消えてしまう
⇒「決定のボタン、円のボタンを押すという発想がない」って話も以前どこかで読んだな。
⇒タッチパネルがコンピュータの普及に必要だったのは、画面とマウス、画面とキーボードという別々のものがあって、ポインタやカーソルが一種のアバターとして画面内で行動してくれる感じが理解しにくい部分はあったみたいだけど。
それの高レベル版か。
うちの親は逆にタブレットなどで入力欄にフォーカスさせてからでないと入力できないことをなかなか理解しない。
昔(昭和・平成?)は物理的な数字ボタン使用経験からの類推が効いていたと思いますが、今だと数字ボタンの理解難しそうですね。凹凸のないボタンデザインが流行ってからさらに情報量少なくなってそう
雑談って時間の経過と共に徐々にレベルが上がっていきませんか?
大量に得た断片的な情報を記憶して整理し話を展開させていくって、高等芸能じゃないですか?仕事の会話は都度確認と整理ができて、目的がはっきりしているからまだ難易度が低いが、目的のない会話って情報処理と理解が追いつかない。
世に言う雑談の作法は、Aパートのネタの仕込み方なので、以降のパートの情報整理とダブらない質問の仕方は、教えてくれないんですよね。
パーティや飲み会のあと、さっき話してした人とまた会ってしまって最寄駅まで一緒に歩かなくちゃいけない状況を“第2ラウンド”と呼んでいるんですが、あの結晶化された地獄みたいな瞬間、何とかなりませんか。こっちはもう第1ラウンドで話し切って、人間の絞りかすみたいな状況なんですけど。
他人の話題に興味がないと飲み会がつまらないのは実際そうなんだけど、そういう人はそれ以外の会話でコミュニティ形成できるように模索しなきゃいかんのだな
⇒逆に、馴染めている人は、あれがどう楽しいのだろう
⇒女子会における、相手の持ち物をとりあえず褒めておく、みたいなのも、地雷を踏みにくいグルーミングよな。
こんなんは「へぇ!そうなんですかぁ!ほぉ~ん」とか言っとけば向こうはこいつと喋ると楽しいって思って勝手に好感度上げてくれるボーナスタイムみたいなもんなんだわ
それは「クルマの重さからくる慣性」みたいなものをいかに取り込むか、みたいな部分で、現代のEVの一部はそういう部分を一切運転者に感じさせないように、「全部意識的にコントロール」する形の設計になっているところが、ちょっと個人的には不満というか、最後まで多くの人に違和感として残る部分ではないかと思うところがあるんですよ。
その後、マニュアルのガソリン車である自分のクルマに乗ってると、「全部コントロール」する感じじゃないフィーリングに凄い安心するんですよね。
一速で始動したあと、その「エネルギー」は「重い車体が動く慣性の力」として、自分とは別個の存在として保存されるわけですよね。
そして、「車体の重さ分の慣性の力」が与えられて進んでいく状態を感じながら、適宜「ちょっと駆動力を足す」→「慣性で動く」→「駆動力を足す」→「慣性で動く」って感じになるんで、「全部コントロール」してる感じじゃないフィーリングが、やっぱり個人的には凄く落ち着くというか、「無理」をしないでいられる安心感みたいなのがあるんですよ。
「クルマという”他人”」の声を聞きながら、「あ、もうちょっと駆動力必要?じゃ足しとくねー」「ありがとうー(byクルマ)」みたいなコミュニケーションが常にある感じというか。(日産リーフにはちょっとこういう要素が残っているようにも思いました)
一方で一部のEVは「こういう関係性」が一切なくて、「自分という神様」の言うとおりに「車体を”使役”し思い通りに動かさせる」という感じで、そのフィーリングが自分はかなり怖いなあ、という気持ちになったんですよね。
そういう意味では、テスラ車に一日中乗ってると、なんかだんだん運転が荒くなってくるっていうか、「悪魔との契約でスーパーパワーを与えられた凡人がだんだんダークサイドに堕ちていく」ような気持ちにもなったというか(笑)
そういう視点から、テスラユーザーの人がやたら他の車種をディスりまくるようになりがちなのも、この「悪魔との契約」的要素があるんじゃないか、みたいな、なんかそういう話をします(笑)。
2023年6月14日付けで学術誌「ネイチャー」に掲載された研究では、幻覚剤を投与された実験動物が、これまでは幼い頃にしか学ぶことができないと考えられていたスキルを、おとなでも身につけられたことが示されている。
特定の社会的スキルを欠いた成体のマウスにLSDやシロシビンなどの幻覚剤または対照群として生理食塩水を投与し、一つの部屋では孤独に、また別の部屋ではほかのマウスたちと一緒に過ごさせた。それから、どちらの部屋で過ごすかをほかのマウスがいない状態で自由に選ばせたところ、幻覚剤を投与したマウスは、ほかのマウスがいた部屋の方を好むようになった。
⇒あー、ちょっとその治療を受けたいかも。
ただ、脳を変容させてから学習するというコンセプトなら、集団をお祭り状態にしてから学習すれば、それだけでもそこそこ効いたりするだろうか?
先に書いておくと
・当人の名前で予約されたホテルの部屋への爆破予告or通報がおこなわれ逮捕
・薬物をカバンに入れられたり郵送されたりしたことで逮捕
・ネット上で性的なメッセージの会話履歴や不倫等の証拠写真とされる画像(コラージュ可能な画像)の暴露流布
これらは前例が存在します
性の問題に関する状況を俯瞰し、諸対立の根源で何が問われているのかをメタ視点で記述するためには、SNSで目についた人助け的案件へのコミットは一切控えるべき。それは問題を混乱させる。そこまで自分を抑えて学問的研究ができる人が必要。
子供ものころ苦手なものでも、達成目標と練習手法を明確にすれば、それなりにできるようになり、存外に、それが好きになる。
人間の記憶は、いわゆるメモリーとして保存されてるのではなく、注意力のコンテクストとして同時存在してるものでしょう。