2023/08/27-2023/08/31
▷そういえば、ちょっと山に行ってたんだけど、口で本当に「ウェーイ!」って言い合っているウェイな人達がいて、びっくりした。 本当に言うのか。
▷2人並んで立つと、前原氏の見映えの良さはやっぱりすごいんだなあ。本当に。困ったもんだ。
▷アンケートで出てくる、(政策方針は理解するが)「政府は説明を尽くせていないと思う」という反応は、「言っていることに現実的には納得できるが、感情的には納得できない」、もう少し言うと「感情的には気分の悪いことを、合理性で無理やり納得させられた」という反応なんだと思う。実際の説明がどう
▷というのではなく……。 自分の側に飲み込まされた不条理への腹立ちがモヤモヤと溜まっている。
▷「新時代だ!」「ワッショイワッショイ」って、気分一新に発散させる方法があるといいんだが。
▷確かにな。君にもワンチャンあるわ。99チャンは相手にあるが。
▷「もう9月なんだし、そろそろ平年気温を下回ってくれないもんかねえ」 「おいやめろ! そんなことを令和ちゃんに聞かれたら……!!」
▷読書感想文の、家族による支援が、ある程度「口述筆記」みたいになってしまうのは都度仕方のない部分はある。 その中で、小石のように不純物をどれほど飲み込ませていけるかが、寄り添うというか、その場に“居る”人の努力だよね。ゼロだとよくないね。
▷@rashita2 結構、力技というか、手間をかけたわけなんですね。あくまでも、字組までできた形で、TLに共有したかった、と。
▷根本的なところで、このカード風の連投はどうやってやっているんだろう。 twitter.com/rashita2/statu…
▷歩いている2人組を追い越すとき、間違って話しかけられないように気を遣う……
▷進撃の巨人ですら、「あれ? 俺なんでこの物語を追ってたんだっけ?」って、気持ちに追いつかれる瞬間はあるからな……。
▷葛藤というか挑戦の物語構造がずっと変わらないお話のほうが好みかもしれない。 パイロットになるでも海女になるでも、その大望とそこへの努力、という構図はずっとそのままで、叶うとしたら、そこが最終回、みたいな。
▷画的には「素の天野アキに戻る」なんだろうけど、実際にはむしろ、演技度の強度あがってそう。
▷@norixnori 親子仲が良いのはいいことです……。 うちはきょうだい仲は悪くなってきましたが、親子はそうでもないですね。
商品選択をとおして自己演出するにあたり、好ましいブランドがあった。好ましいアニメがあった。好ましい本があった。だからサブカルはそれらをとおして自己演出した。対してオタクは自分の好きをむさぼった。その対比でいえば、確かにサブカルvsオタクというライフスタイル上の対比は可能だった文字数
そういえば、現実の美人って顔面の解剖学的形態の重要性って半分ぐらいで、表情変化も含めた行動で残り半分ぐらいが決まるから、ものすごく顔面の形態に難があるのでない限り、行動傾向でそれはカバーされるのではないか、等々
実はコナンの好きなところって同性同士が仲良くなる過程が上手なところなんだよな…蘭と和葉、蘭と灰原、灰原と歩美ちゃん、服部とコナン…最初から仲が良いんじゃなくて徐々に互いを知って仲良くなるとこ…これが本当に丁寧に描かれていてめちゃ好き
「情報整理ツール」という言葉がしっくりこないのは「情報整理」を行った結果としての創発性がそこに表現されていないからだ。
あるいは逆に、「整理」という言葉に創発的な意味を新しく付与していけばいいのかもしれない。
⇒加理、付加理? 探理、創理とかか。まあ、言葉を新しく作らなくてもいいわな。
情報を適切なリストに振り分けて終わり、みたいな作業は掃除的というか片付け的な印象があって、「整理」とは違うかもしれない。
「整理」は、理で持って整えるということだが、理を整えることもあって、後者は創発的な営みだと言える。 ⇒「理に沿うように整える」ことの印象が強いよね。トップダウンならぬ、“既決ダウン” みたいな生き方の象徴的な動作として。
もっと言えば、継続的なものは生成的である、となる。
一見、老いや変化を受け入れて〝成熟〟した人間のようにも見える。しかし実際のところ、彼女は老いを受け入れることで成熟を回避している。醜いマジョリティであることから逃げてマイノリティになれば、抑圧されながら社会と闘うクールな存在になることができるからだ。
いまの米国では、右派は自分が都市部エリートやリベラル・ファシズムの抑圧に抵抗しているつもりで行動し、左派は自分が家父長制やファシズムと闘っていると考えていて、誰も〝抑圧する側〟の責任を果たそうとはしない。闘争することによって成熟から逃走する現代のアメリカ人たちは、
⇒弱者の正義棍棒で抑圧者を殴ることができるから、と言うことだけではなく、“抵抗するもの” というアイデンティティで自己を一貫化……、というか凝集させることができるもんな。
右も左も「反〜」になっちゃって、「向かい風」を受けるていでしか自分たちを位置付けられないし、「俺たちの闘いはまだまだこれからだ!」という形でしか物語の始末をつけられないというのはまさにそういう時代なのかなという感想ですね下RT。
恨みとかつらみとかに着目しちゃうと、自分の欲望を思い出せなくなっちゃうよ。本当はハワイに行きたいんじゃないの?それ以外どうでも良くない?
「自分の倫理観」と「社会のモラル」と「普遍的な善」が一体化してる人とは、
その人の信仰する倫理に迎合しない限りはコミュニケーション不可能なので、基本的に距離を置くしかないと思ってる。
少なくとも、昔の親中派の文化人は「中国と仲良くすることで今後アジアは繁栄し平和になる」という前向きなビジョンを示してはいたんだけど、今「中国と仲良くしろ」と騒いでる人たちは「中国に逆らえばひどい目に合うぞ」っていう恐怖感を煽るしかできないのは本当に不幸なことだと思うのよ。
学術会議の軍事研究禁止方針は、自衛隊違憲論に立たないと正当化できない。それは個々の研究者に自衛隊違憲という立場を強要するものであり、憲法23条の保障する学問の自由や憲法19条の保障する思想の自由を不当に侵害する。ただちに撤回すべし。
息子の高校時代。
LINEグループから外され、文房具は隠され、ロッカーの鍵が壊され、制服が泥だらけにされた。
学校に行きたくない…
号泣する息子の様子を担任に報告。
「無理に学校に来なくても…」
私は激怒した。
「休むべきは加害者だ。被害者が登校出来るように環境を整えるのが学校の責任だ」
少なくとも今年5月の広島G7サミットできっちり議題に入れて「首脳共同宣言」に処理水放出プロセスへの支持を入れ込ませ、その流れから8/3〜のEU食品輸入規制全廃を勝ち取って、岸田首相訪米から日米韓首脳会談で地固めして(直接の議題には上がらなかったそうだけど)、放出直前(8/16)には米ブリンケン国務長官にも「海洋放出の計画は安全で満足している」と述べさせています。
これは私見ですが、中国のかなり強い反発は、こうした自由主義社会側の結束への危機感や焦りもあるんじゃないかなと思うし
「あの人たちの境遇は他人事じゃないよなあ」という同情や共感が連帯の基礎だと思うので、フランスの修士号待ちは「日本の労組ごとき」に〜という言い方がそうした基礎を厚くするのか薄くするのかどちらなんでしょうね、とは思います。
「明日は太陽が昇らないかもしれない」のはたしかにそうなんだけど、そのように言う人はでも本当にその懐疑を徹底していれば取れないはずの色んな行動をすでに取っていると思うんだよね。明日の朝のパンを買ったり、週末の予定を立てたり。
自分が本当のところ信じていない主張を他人の議論を否定する時にだけ選択的に持ち出すのは卑怯ということに尽きるんですよ。
どの時代にも表現者になれるという蜃気楼のような願いがあり、どのネットメディアにも表現者ワナビーとでもいうべき人たちが存在していた。積極的に表現者ワナビーにならなくても、「自分にもワンチャンあるかも」という薄らぼんやりとした霧のなかでネットライフを過ごせる雰囲気があった。
冷静に振り返ってみれば、どの時代にも表現者になりきれる人はわずかで、その他大勢は表現者たり得なかった、というのが本当のところだろう。もちろん純然たる日記としてブログを書いていた人もいたし、SNSを情報収集や身内のやりとりに専ら使っていた人もいたから、表現者なれる雰囲気に全員が感化されていたわけではないが。
皆がすでに複数のネットメディアを使っていて新しい誰かのために可処分時間を割くことに慎重(または億劫)にもなっているため、新たにフォロワー数を稼ぐことが昔ほど簡単ではなくなっている。
誰もが表現者になれる時代が来た試しは無いけれども、誰もが表現者になれると思い込みやすい時代は確かにあった。
「全てのひとが全ての人に向けてTikTokを発信する、それゆえ真の意味では誰に届いているわけでもない」
社会保障制度の充実には金がかかるんで、増税かインフレ税か、になり、後者がいいだろうとざっくり言えたとして、どういう制度設計かは問われる。で、確か、厚労相は通年の専門家部署はなさげ。
僕としては、安倍政権は、国際的に見て普通の経済政策と安全保障政策をしてくれるだけでいい。
社会保障政策はどうするんだ、と、言えば、これは、まともな選択はほぼないうえに、そのまともが国民に嫌われる政策になる。
問題は、社会保障を厚くするのはよいとして、そこに回した税が、消費活性に好影響するかというと、しないだろう。
「日本人の本来あった、謙虚さ、美徳、慎ましさ、和を以て貴しとなす そういう精神」というのは、そもそも歴史的にはなかったんじゃないかな。あるいは、「和を以て貴しとなす」なんだけど、これについては絶対的な権力の表現では。
現行のリベラル派は、雇用や社会保障に注力するため、結果的に、互助組合的なナショナリズムに収斂して行かざるを得ないだろう。具体的には税負担のない国家参入者を差別することになるだろうし、そのためにレトリックは乖離していくだろう。
金融、軍事、医療というのは、高度に専門化してるんで、直接民主主義みたいなもんが直接介入しないような民主制度がいいだろうとは思う
枝野さんが選挙で「ボトムアップ」「草の根」を強調していて、まあ、心情的にはよくわかるんだけど、現代世界の政策は高度に専門化してて(医療や金融や安全保障)、実際にはボトムアップが役に立たない、というか、ボトムアップ的な政治にはある限界があって基本は地方行政。国政ではあまりない。
金融政策は比較的単純な系だけど財政政策はもう少し複雑。成長戦略はほぼ複雑。外交・軍事は中程度。教育は複雑。
自分としては、現在騒がれている憲法問題はどうでもいい。安全保障は国難レベル。経済政策は金融に関してはIMF提言どおり継続しつつ、主に地方を中心に構造改革が必要。とすると、教育や社会保障、女性問題、などが背景化するけど、これ前景化して財政出動や再配分とか言っても、効率良くない。
《日本は絶え間ない財政刺激を通じて厄介な債務の山を築いたという見方が一般的だが、それは現実のほぼ正反対だ。実際には、刺激策は停止と開始が繰り返されており、日本の債務返済コストは世界で最も低い部類に入る。》
迫る消費増税、安倍政権の悲しい節目 - WSJ
子どもに「科学とは何か」と難しいこと聞かれたので色々考えた結果「偉い人が言ってるから従おうという権威主義の反対語だよ」と答えた。例えばアリストテレスは偉い哲学者だけど、無生物から生物が生まれるって彼の考え方を本当に?って疑ってどういう実験すれば検証できるか考えるのが科学である。
これちょっと面白くて、実際は多くの人にとって「科学」はむしろまさに「権威主義」のことになっているんですよね。東大教授が、IAEAが、ハーバード大学の研究グループが言ったから「正しい」のだと認識してしまう。
正解を選ばなければならない息苦しい社会をやめるには他人の不正解によって被る迷惑も許容することになるけどそれは皆なかなかできないのでこのまま行くしかないにゃん
江戸の町で、桶職人がただひたすらに桶をつくる話(1/4)(再掲)
好きなものが時代的にウケない時の対処法TOP5
1:ウケてるものの中から、まだ好きっぽいものを探す
採用率一番高い方法。まずはこれ。
2:好きなものの中に、ウケてるジャンルで抵抗ないものを取り入れる
採用率同率1位。歴史だけだとウケないが、転生要素いれてみるかなど
3:超ハイクオリティな作品を作り、むしろ時代をねじ伏せる
皆の憧れな手法。簡単にできれば苦労はない。また逆に言うと「時代にあわないならハイクオリティは前提」といえる。でもいうて、1+2を取り入れてたりする
4:好きなものの時代が来るまで、じっと待つ
時代は巡る。一度きたものは、若干形を替えて再度くる事が多い。一度も来てないものは3を目指せ。意外にありだったりする。「こればっかやん!」からの流行チェンジなんて飽きるほどみてる
5:ウケてるジャンルを好きになる
理論値最強。実践値最低。
でも「好きを増やそうとしてない」のはオタクとしてどうなん?ってのはあるよねー。今どき、好きなのが少ない自慢ってダサいっていうかー。
以上
なお、好きなジャンルがばちこり流行ってても、だからといって自分が浮かび上がれるわけではないものとする
ここでは、欲望は他者(の欲望)に駆動されるものを指し、欲求は自らの身体(認知も含む)が求めるものを指します。おそらく、この区別がここでは決定的に重要で、その重要性は現代の情報環境においてクリティカルに効いてくるのではないかと大風呂敷を拡げたいところですが、ここではやめておきましょう。
私たちはまず欲望を持ってツールと出会い、その後段階的に自らの欲求に自覚的になっていく。
⇒自分の欲望が、そんな「欲望」であると自覚しておく。
「酔っ払うとやらかしちゃうんだよね」じゃねーんだよ。酔った自分を別人格みたいに扱ってても、何度も人に迷惑かけていることを自覚しながら飲み始めるその瞬間のお前はシラフなんだよ。
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【速報】
ハライチの岩井さん、刑法学の中でも有名な論点である「原因において自由な行為」につき、構成要件モデルを採用することを示唆か 勉強の苦手な生徒が言う、「分かりやすい個別指導塾の先生」っていうのは、大体、横でやる手順を全部言ってくれる先生だったりする。
@0315 osami わかる気がします
わしも学校で聞かれたときに,その問題の解法の背景に考え方等をヒントとして伝えたりすることがありますが"そんなのいいから早くやり方教えて
よ"的な目をされることがありますね
@6176_youtube やり方をすぐ教えてくれるのが分かりやすいと感じると、じっくり考える指導がやりにくくなりますよね。
聞違いないですね。自分で結局手を動かさないと成績は上がらないので、
その部分を省路する先生はちょっとまずいかなって思います。もっとも、限られた時間で超初歩の基本から教えないといけない場合、一から十まで教えるしかないので難しいところではありますが.....。
@mathmentor_2023 解き方を全部先生が説明しても、結局、生徒が聞いてるのは、最後の答えのところだけだったりするんですよね・・・。
手順を全部見せるのは、大切なことだと思うのですよ。特に勉強の苦手な学生に対しての初期段階においては。
但しその後に、類似問題を何も教えないで自分の力で解けるか確認する事が必要。
大学生の時に歴史を勉強しようと思い立ち、本を色々読んだものの全然覚えられず悩んでいたら、父から「覚えなくていい。学ぶことの目的は覚えることじゃない。"学んだ時に何を考えたか"が大切だ」と言われた。当時は全く
ピンと来ず、知識として定着しないと意味ないじゃないかと反発心もあった。
大人になってアウトプットの機会が増えると、やっとその意味が分かり始めた。誰かに何かのメリットをプレゼンするとか、我が子に何かを教えるといった場面での頭の動きの滑らかさ、使う言葉の豊かさ、思考の奥行きのようなものに「これまでどれだけ色々なことを考えてきたか」は現れる。
どんな学問にもいえることなんだけど、学問というのは学習方法を自ら定める、ということ自体が、すでに学問の解釈に入ってるどころか、その中核になる。アプローチの方法を「自分なり」に導き出すことに時間をかけるのは、ムダではないどころか、きわめて重要なプロセス。参考書に頼ってはだめ。
なるほど、そうだと思う。
学校の勉強は考えるための素材。
学校で習う内容は「目次」として
役立つから無駄にはならないが、
目次を読んで終わる読書はない。