2023/06/13-2023/06/18
そんな女性はいない的な話題
▷他者とは、自分に対してダメ出しをしてける人か、そうでなければ厄介ごとを持ち込んで、何か世話を要求してくる者のことである。
▷共感脳が高い人は特に……
▷常に“肯定文”で指示を出すのって、要は「命令」なんですよね。「禁止」でこそないものの。 それはレコメンドなんかの強化版で、“意思の押し付け”の側面を持つから、頭が疲れるだけでなく、精神的にも(最初は特に)疲れることだと思うんですよね。
▷国が基準作って、官僚が指導して、画一的だから個別対応なんてしてくれず対応は遅い前者と、 プライバシーなんかなく、善意の勝手な押し付けが横行してて、家族を基盤とするのであれ、会社や地域共同体を基盤とするのであれ、貢献の搾取と同調圧力と、狭い有力者が絶対の校舎と、 どっちが好みよ?
▷そうしたら、公権力を伸ばして治安を守らせる(抑圧か統制か方向)か、自然発生的共同体/中間団体を作る形で群れて、外界の怖い個体から守ってもらうか、2つに一つになっちゃうんじゃ。
▷リバタニアリズムで生きていけるほど強い個体ならいいけど、個体間相対では敗者になるような弱い個体だから、弱者やってんのよね? この世界でも。
▷唐突に思ったのだが、「心情において弱者の見方を望み、政治信条では自由人(リベラル)を志向する」ってのは、根本のところで不可能なんじゃないか。
▷デフォルトモードネットワークよりは休めているかも?
「下手な考え休むに似たり」というけども、考えることはエネルギーを結構消費するので休みには似ていない気がする。
▷あれ? そういえば、「 〜できないから」を、 「できないですから」とは言えるけど、 「できないだから」とは言えないんだな。
▷そういえば前に、「魔法瓶」という言葉を口に出したら笑われたことがあって、今では断熱機能がほぼすべての水筒に行き渡った結果、「魔法瓶」という言葉自体が今は使う機会がなくなっていたのだとか。ほえー
▷ランニングのおとものぺこぺこのやつとか、アウトドアで直火にかけられるやつとか、園児が遠足にいくときのプラスチックのやつとか、非魔法瓶水筒を魔法瓶から区別したい文脈はあるはずじゃん!!
▷@koh_izuremo それななんですよね。まあ、ちょっと「魔法瓶」って、重いというか大仰な感じはする名前ですよね。“魔法”って単語も、画数も、あと響きも(笑)
▷ちょっと、「回らないお寿司」と近い、言葉のすたれかたがここにもあるわけか。
▷ところで、「いえでん」って、漢字で書けないよね。
▷グルカサンダルも見慣れたなあ。少なくとも画像だと。 新しいものって、どうやっても最初は違和感があるものなんだな。
▷「らんまん」 このおっさんたちいいなあ!
▷「製作/配給/興行」か。これでいうと、クリエイターである製作や、地場の店の経営である末端部分は応援したくなるけど、配給・流通のフェイズは、なんとなく「うすぎたない」イメージになるよな。
▷話題の漫画、むしろなんで、私には(あまり)響かないんだろう。 要素に分解していったら、好きな要素しかない、というか要素の山盛りなのに。
▷アレの後遺症の説明として、感染時には無症状だったのに、後遺症としては大きな障害が出ることがある、みたいな話があったと思うんだけど、 熱中症にも、なんかそんなのがある気がする。
▷暑い最中には、「それほどでもないな、全然いけるな」「別にダルいとか、頭痛いとかではない」という感じなのに、冷房のある部屋に戻って2〜3時間たって、「なんか肩の痛みが抜けんなー」的不調を自覚するようなのが。
一方、推されてキラキラするのは承認欲求に近く、実際、大勢から推されることで心理的に充たされたと感じる人は、そのとき承認欲求が充たされている。推されてもプレッシャーに負けず、キラキラして応援を自分の血肉にできる人は承認欲求の充足を自分の力に転換する力の強い人だと言えるし、カリスマたるもの、そうでなければならないだろう。
しかし「推す」側はそうではない。どれだけ熱心に「推し」を推しても、自分自身がキラキラすることはないし承認欲求が充たされることもない。
これは、マズローの欲求段階説でいえば所属欲求ということになる。
自分自身が褒められたり推されたりするばかりが心理的に充たされる経路ではない。「推し」はその最たるもので、推しを推している時、人は自分自身の承認欲求のことを忘れていられる。
マズローが社会的欲求を承認欲求と所属欲求(と自己実現欲求)に分類したように、コフートはナルシシズムを充たしてくれる対象を鏡映自己対象、理想化自己対象、双子自己対象に分類した。特に前二つについてはかなり色々と書き残している。
ナルシシズムというと大げさに聞こえるかもしれないが、要は、「人間って、だいたいこの三分類のどれかに相当する対象をとおして社会的欲求を充たしているよね」ってことだ。先回りして言ってしまえば、「推し」の対象とは、理想化自己対象である。
鏡映自己対象を介してナルシシズムを充たす体験は、だから承認欲求を充たす体験によく似ている。
けれどもマズローになくてコフートにあるものもある。それは、ナルシシズムの成熟の問題、社会的欲求を充たすにあたってより社会的に妥当な形式、大人然とした形式に成長していけるかどうかの問題だ。「推し」にしてもそうだと言える。「推し」をうまくやる人もいればうまくできない人もいるし、「推される」側にまわることについても同様だ。そこには巧拙があり、成熟、未熟の問題がある。
理想化自己対象を介してナルシシズムを充たし慣れていない人の場合は、それはそれで周囲が困ったり自分自身が苦しんだりすることが珍しくない。
たとえば「推し」に入れ込み過ぎて自分の気持ちがコントロールできない人。そのアンコントローラブルな気持ちは金銭的なトラブルを生むかもしれないし、ファンコミュニティのメンバーにカルトな忠誠を強要するものかもしれないし、「推し」の言動が自分自身の理想から僅かでもズレているだけで文句を言う厄介ファンとなるかもしれない。ひどければ、推しを推しているようには傍目にはみえず、「推し」をストーキングしているとか、「推し」に加害行為を企てているようにしかみえない場合もある。
こうしてナルシシズムが未熟なままの人は、鏡映自己対象を介した充足でも理想化自己対象を介した充足でも他人や社会との摩擦を起こしやすい。
その評価の結果は、多くの場合教えてもらえません。
当然ですよね。
相手への評価など、開示しないほうがいいに決まっています。
だから、怖いのです。
「安達さんの話、面白いね」と面と向かって経営者に言われたら、それは喜ぶべきシーンではありません。
むしろ、褒められたことで恐怖に震えるべきです。
コミュニケーションお化け同士は、本音の語り合いになる
では、コミュニケーションお化け同士の会話はどうなるのか?
これは、とても意外ですが、「化かしあい」かと思いきや、「本音がぶつかり合う場」になりやすいのです。
コミュニケーションお化けたちは、最初の10分くらいの会話で、相手がコミュニケーションお化けかどうかを判断できます。
そして、「相手がコミュニケーションお化けだ」とわかると、「小細工は辞めて、単刀直入にいっても大丈夫そうだ」と判断するのです。
だから、できるコンサルタント同士の会話は、観察していると、意外にも「本音でぶつかる」という事が発生しやすかったです。
巷にはスタートアップの経営者などが
「わが社は、遠慮なく意見を言うことが求められる」
と自慢げに語る本がたくさんあります。
しかし、それは文化がそうなのではなく、
「コミュニケーションお化けがそろっている」
と考えたほうが実情に近いでしょう。
米国のハーバード大学(HU)とコロンビア大学(CU)で行われた研究により、「世も末じゃな」という言葉に代表される道徳的荒廃は錯覚に過ぎないことが示されました。
2000年前の歴史家から現代の政治家まで、人々は「道徳が日に日に低下していく」という感想を持ちます。
こうした考えは別に特別なものではなく、調査を行うと人類の中で「圧倒的多数」を占めていることがわかっています。
実は2000年以上前にローマ史を記したリヴィリウスによって記されたものです。
さらに現存する古代の文献を調べてみると、多くの歴史家たちが、彼らの生きていた時代で道徳的荒廃が急激に進行していると書き記されています。
よりわかりやすく言えば、2000年前の古代ローマの歴史家も、1000年前の中世の修道士も、100年前の明治時代の文豪も、そしてもちろん現代の私たちも、誰もが
もし彼らの言葉が正しければ、人類は少なくとも文字を使い出した数千年前から今現在に至るまで、回復することなしに道徳性が低下し続けていることになります。
そして理論上、私たちの道徳性は過去のある時点で最高点にあり、数千年間の絶え間ない道徳的堕落を経た現代は、黙示録的な世界となるはずです。
しかし、過去にそんな道徳的ユートピアがあっという話は聞いたことがありません。
また現代社会にも多くの問題があるものの「数千年分の道徳的荒廃が積もった地獄のような世界」というわけでもありません。
渋谷での電車待ち、隣にいた女性二人組が「渋谷にもイオンがあればいいのに!」「だよねー」的な話をしてて、「そういうのが嫌な人が来てた個人店の多かった渋谷」と「ほぼ大型資本店の傘下ばかりの渋谷」の断絶はいよいよ深いものがあるし、確かにいまの渋谷だったらモールで十分よな、と思うなど。
「母はパートの方が育児しやすい」って人と「正規の方がむしろ仕事のやり繰りができて育児しやすい」って人は住む世界が違うんだと…
後者はたぶんオフィスワーカーで、その中でもアッパー層。前者との間にもう1階層、個人の裁量がなく使い潰される系のロウワー正規雇用という層が横たわっていてだな
アッパー夫とロウワー妻、またはロウワー夫婦だと、妻はパートの方が育児しやすいってなると思うよ
この延長線上なのかもしれないけど、そもそも衆議院の小選挙区制ありきっていう。。
私は(そこに至るまでの普段の活動や地方選等での努力が大切で)衆院選自体は一種のお祭りだと思っているのだけど、それも考えようよな。。
野党共闘の発想は、基本的に「政権では自民を選ぶか野党を選ぶか」ではなく「自民の政権に対してどのように団結して抵抗するか」という発想
前者の立場から見ると「路線が違う各党が共闘するなんておかしい」ということになるが、後者の立場から見ると「力を合わせて自民に対抗するのは当然だ」となる
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だから当然、メリットもデメリットもある。
他でも書いたように、政策議論ではなく「アンチ自民」「自民の横暴を抑える」みたいな発想だけで熱心に投票してくれる気になった有権者が大勢いる時でないと、この野党共闘はうまくいかない。
雑駁な言い方だけど、「自民党が諸悪の根源でこれを排除すれば日本は自然に良くなる」は2.26事件のような日本型テロリズムの論理。
「自然に良くならならないがまず自民党を排除」は思想としてはありだけど、現実問題の逃避だと思うよ。
自民党を焦点化すること自体が、「甘え」なんだよ。
創作料理というほど大袈裟なものでなく「オイスターソースと豆板醤で炒める」「にんにくとタカノツメで炒める」「鶏ガラスープで汁にする」とか基本料理知ってるとなんでもそれで対応できるってこと。/自炊で苦なく節約できるのは「食事の七割が名もなき料理」で平気な人?
基礎をすっ飛ばして応用をしたくなる
ADHDの人は、まずは全体像や大局から理解したがる「同時処理型」が多く、
細かい積み重ねでは報酬系がはたらきにくく、未来の可能性を明示することによる、「強い動機付け」が必要な脳だからなのかもしれない。
要は、明確な目的が必要な「ハンター脳」。
そもそも、普通の異性愛の夫婦の性こそが、商品化・市場化の最たるものである。その性こそが倒錯しており(フロイト的意味で、と言っておく)、お望みなら猥褻であると言ってもよい。そのことは、庶民はよくわかっているが、世のエスタブはそこを否認して己れをノーマルとするわけで二重に猥褻である。
インターネットを見ているとみんな被害者で、加害者はどこにいるんだという感じではあるが、実際には誰もが少しずつ被害者であると同時に加害者でもあったりするのだろう
「他人からこんな酷いことを言われた」というのは気づきやすいしSNSに投稿しやすいが、「他人にうっかり酷いことを言ってしまった。言うべきではなかった」というのは気づきにくいし投稿しにくい。本来は同量あっていいはずなのだが
日本人に恩知らずが多いのでは問題、山岸俊男とか費孝通的な話なんだろうなと。サーチライト型知性も差序格局も発達しなかったので、会社やイエという所属の「箱」の中での長期多角決済によってしか恩愛という資源を決済できない。選択と集中による一点集中投資が苦手。
頭痛いけど、昨日の睡眠時間が長かった効果だと思われる「疲弊しきってない」「過食欲求に駆られない」が発動していますね。
睡眠はすべてに勝つ。
長年の自分(頭)のこだわりを回避して、体を守るのは、簡単にはできないと思いますが、長い目で見て充実している生活を選択できるように、フルタイムワーカーとしての定時退社だけではなく、「日常のやりがいや不安からの定時退社」も取り組んでいきます。
ありがとうございます。
よく寝て元気で残りの時間でできることをする。それ以外は諦める。これかと。
ご仏前に備える銘菓でも送ればOKよ」。なるほどと思って、とはいえ電報だけではあまりに寂しいので、電報、スタンド花、それからご仏前のお菓子の三点セットをお送りした。すると相手はめちゃめちゃ感激し、貝柱ちゃんにはすごくよくしてもらったというのである。聞くと寂しい葬式だったそうで、
大学院でMBAを取りに来ているエリート達、月〜金で激務をこなした上で、まあまあな量の課題をやって、土日は9時17時で大学院の講義に参加し、講義後は"人脈を広げるため"に飲み会を開催していて意味が分からなかった。
そのうち1人に「どうやって家族の理解を得ているんですか?」と聞いたら、
「得られる訳ないじゃないですか」とのことでした。
日本人の労働意欲や愛社精神についてのコメントはツンデレなので額面通りに受け取ってはならない(戒め)
平等を声高に叫ぶ人達は何故か「低い方に合わせる」平等を主張する。
そして、平等を叫ぶ人達は総じて金持ちやエリートだったりする。
不満を煽りながら、周囲を引きづり落とし
自身の財産や資産、利権を守る
社会構築主義的な考え方もいいが、ここまで来るとついていけない。これが言い切れるなら、人間は全方位において不自由で自由意志なんて無いことになる。増田の批判する構造を打破しても、だ。圧倒的不自由しか、ない / “だからさ、コミケで過激なコスプレをしたり水着撮影…”
40代の編集に「広末涼子ってそんなにいいかね」と訊いたら、怒気を含んだ声で「ハイ」と答えられ、2秒で会話が終わった。
←:煮沸すると飲める水
煮沸しても飲めない水:→
生水を飲んではいけないと言うのは有名ですが、山には煮沸しても飲まぬ方が良い水もあるので注意。
動物の糞尿・キタキツネなど病原菌も流れてるので
煮沸で解決できる問題でなく、川の水は飲まんほうが無難ですよね、きっと。
“嘘松”にまつわる思い出。昔々、2ちゃんで男のふりして(当時の匿名掲示板は女と名乗るだけで荒れるためそれが普通だった)妻の話として自分のことを書いたら「そんな完璧超人みたいな素晴らしい嫁いるわけねーだろ童貞妄想乙」と返され「さ、さ、最高の褒め言葉か!?!?」と一人で赤面したことがある
他人の可愛い彼女、優しい嫁、頼もしい夫に理解ある彼氏、素直で賢い子供、面白い友人、興味深い仕事、素敵な出会い、奇跡的な出来事。判断つかないからみいんな嘘松ということにして己を防御して、井戸の底の暗がりで耳を塞いで生きていく君の人生に幸あれ。と、嘘松って指摘を見かけるたび祈ってる
医学療法士さん「筋トレなどの運動を大人になってからはじめて一年以上継続できる人は全体の4%っていうデータがあるんですよ」
わたし「4ぱーせんと」
医学療法士さん「なので、一年以上継続して運動が出来る4%の人のことを、敬意を込めて『変態』と呼んでいます」
わたし「敬意のこもった変態」
定型の誤解は、『言外の意味の解釈は人によって同じになる』という幻想的な想定に基づいてコミニケーションを取っていることだと思う。
意外と言外の意味の解釈は人によって違っている。ただ、その解釈のずれを補正しながら会話しているだけ。
A「このExcelファイルに検索機能を付けて欲しい!」
B「そんなこともあろうかと『Ctrl』と『F』を同時押しで検索機能が起動するようにしておきました」
A「うおおぉぉ!!すっげえぇ!!」
ワロタwww
しかし、自分もつい最近「田+v」でクリップボード出てくることに、PC歴21年目でやっと気付いた😂
A「シートが多すぎてどこにあるのかわからなくなるよ~」
B「そんなこともあろうかと画面左下を右クリックすれば一覧が出て、ダブルクリックでジャンプできるようにしておきました」
A「うおおぉぉ!!すっげえぇ!!」
成績の悪い子は「考える」方法を知らない。手を動かしてメモや図を作らず、口に出して課題を確認したりもせず、ただ問題文をじっとにらんで、何かすごいアイディアが降ってくるのを待っている。そしてアイディアが降ってこないから自分は頭が悪いのだと思っている
自炊で苦なく節約できる人って「食事の七割が名もなき料理」で平気な人な気がする。名前の付いた料理を3食食べないと苦に感じる人は外食や買い飯のが圧倒的に苦労もお金もかかんないよ。よく後者の人に毎日料理できて偉いよって言われるけどあなたが思ってくれてるようなエライ物は作ってないでと思う
そうそう。あとこれうちの弟の話なんですけど、彼はほうとうの麺が家にあったらほうとうの具材が全部揃ってないと作れないんですよ。カボチャないからいっかってならなくて買いに行っちゃう。そういう人は確実にいて、そういう人は節約の為の自炊は向いてないなって思うんですよね。
「名前のついた料理」は、外食するのと値段さほど変わらない。
・・それどころか、外食より高くつく場合もある。
例えば、ハンバーグとか、ステーキとか作るとガ○トで食べた方が安かったな。くらいまである。
2歳くらいの頃、赤信号では止まって待つっていうの難しいだろうなぁと何となく思って【赤信号のときは力を溜める】というルールを作っていたのが言語化されてる感ある
改めて考えると何言ってんだって話だけど、いつも親子二人で「んーーーーーーー!!!」って力溜めてた😂