2023/06/07-2023/06/12
▷郵便番号を7桁にしたのはそういう要素もあったのかね。
▷iPhoneのKindleアプリ、一回消さないと軽くできない仕様をなんとかしてくれー。
ギャグと胸糞の間
▷ギャグの面白さと胸糞に感じる人が出てくる隙間
⇒キレのあるギャグって、たぶんどこかで誰かは胸糞悪いと思ってるんだよな。
▷まあ、どうせ買えないんだから、ここの情報はいらないかな。機能が安定するまでに5年、値段がこなれるまでに10年くらいはかかりそう。
▷まあ、余裕や能動性のあるかたには参加してもらって、ハードの生産コスト低減とソフトのバグとりに貢献していただいて。
私はそういうのがさっぱり低いから、レイトマジョリティー(そんな区分はなかったと思うけど)になってから情報を集めよう。
▷「普通に」という副詞的用法があるのなら、「普通に普通」という言いかたもありえるわけか。
▷ワンチャン、ワンチャンある
ヤバいヤバい(すごくすごい)
▷それだと、「人間関係術」みたいなのが、現代では一大鉱脈ってことになりそうですね。
人が世界とやりとりするためのインターフェースとしての知的生産の技術。
▷handoverとタイプするとき、「v」は本当は左手で打たなければいけないのに、右手人差し指がおせっかいしにいく
▷se2はまだok?
▷なんか、人間の脳の五感も、ただありのままに外界を受信しているわけではなく、先読みで予想したイメージを先行で展開している的な話を、想起させる、
"Paragraphicaは、位置情報などを元にプロンプトを生成し、AIに渡すことで写真を生成するカメラ"
位置情報や天候からAIが写真を生成するカメラ「Paragraphica」 - PC Watch
▷勉強をやっても、向上しない人……、いや、いるか。いるんだろうな……
体育のほうが向上する間隔がある人……、も、いるか……。そりゃ、いるんだろうな……。
「勉強はやればやるだけ成績が上がるから好き。運動はいくら努力しても向上しないので嫌い」って話をしたら「逆じゃね?」と言われて、長いこと体育が得意な人たちと話が噛み合わなかった理由がわかった。
この2日間、皆が北陸新幹線全通の必要性を感じたと思う
東海道北陸に加えてリニアがあれば最強
▷そういえば、「男女カプでありながら、リバ拒否が宣言されてる」ようなジャンルも、どこかにはすでにあるのかな?
▷結局、ゴルディロックスな多様性尊重精神、という領域があるのかな。至上命題とかではなく。>リベラルな社会にこそ「保守の価値観」が必要な訳
▷ホスト型のシステムをサーバー型に変更する(脱ホスト/マイグレーション)という話を聞くなどするんだけど、分かりにくい言葉だな、と思う。
専門分野局地的な言葉の使い方なのかな、と検索しようとしても、うまく探せない。ホスト型とサーバー型の特徴。
▷ホスト⇔ゲスト、
クライアント⇔サーバ
の、対比なら分かる。
でも、ホストとサーバとは??
▷どうも、ホスト、のほうが、より大規模・独立な処理をする基幹的なシステムを指す文脈っぽいが。
▷その二つの情報を、より深掘りしやすい検索キーって何があるんだろう。
▷よく、嫌な雑念が湧いて仕方がないときに、思考を緩めたくてお酒を飲んだりするけど、本来雑念を抑えるのが前頭前野の役割なら、それは逆効果なのではないだろうか?
▷「薄まる」なるほど。
いい記憶もうまいことランダム再生されるといいですね。
BGMとかやけ食いとかと合わせ技のほうがいいかもしれないですね。
▷道着、乾かねえーなー
▷冷凍系のインスタント麺、ゆでるときに具を麺の上に来させると、器に流し込むときには麺の下に潜ってしまう。
▷「標語」……。なるほど。
「デジタルのめぐみを、あなたの脳に」的な、広いイメージのスローガンだったのだろうね。
悪く言えばポエムか。
キャッチコピー的な言葉は、どれくらいか行動メタファーで、とれくらいが構造メタファーで、どれくらいが到達目標で、どれくらいが方向性アジテーションでか、比率が分かりにくくはあるんだな。
標語。メタファーですらなく標語。あるいは「外部記憶装置」のかっこよい言い換え。
第2の脳とは、つまりなんだったのだろうかと、今更ながら考え始めている。
▷「教養」って言葉を、人間1人しかいない場面で使うだろうか?
「俺は、アイツらと違って教養がないから」
「あのかたたちは、教養がないから困る」
と使う場面では、見上げ目線か、見下げ目線かは違うにしても、振る舞い・趣味・コミュニケーションなどの、バックグラウンド文化の違いのように見える。
ああいうものを、真っすぐ見るな。ここはそういう場所で それが一番だ
でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、ロック。だから−−この話はここでお終いなんだ。
⇒そう、どっちの意味で衝撃を受けたのか、読み取りきれないよね。あれ。
エッセイで度々「夫は低収入だ」と書いてきたが、それはそう書かないと、結婚して私が安定したとか、夫の収入で育児をしているとか、誤解されそうで嫌だからだ。私は、「私が稼いでいる」「私が大黒柱だ」と自慢したい。それと、家族で収入差がある場合の高い側の心理を面白く書けたらな、という思いもある。
それなのに、「旦那さん、もっと稼げるようになるといいですね」
私は、低収入でも立派な仕事をする夫を尊敬しており、ずっとこのままで働いてもらいたいと思っている。変わって欲しくない。
つまり、「男性と対等になりたがっている」と私は誤解されているのだろう。
ちなみに、私の夫は貯金が〇(ゼロ)円で、ファーストフードアルバイトで生活するフリーターくらいの月収だ(私との収入差は、同等とか、ちょっと少ないとかではない)。それを夫は恥じていない。男のプライドの問題で悩んだことは、私も夫も一度もない。
この際だから、はっきり書く。私には、「男性と対等に仕事をしたい」といった気持ちはまったくない。また、「女性が生き易い社会を作りたい」「女性の権利を主張したい」という思いもない。
『フレンチアルプスで起きたこと』という映画
咄嗟(とっさ)に、夫は自分だけ逃げてしまう。その瞬時の判断を後悔して、夫はすぐに家族の側に戻ってくるのだが、そのあと延々と「父親なのに、子どもを守らなかった」と妻から責められ続ける、というストーリーだ。
人間だったら、咄嗟の判断を誤ってしまうことはある。もしも、逃げたのが妻だったら、「マッチョになって、子どもを守るのが普通だろ」とは責められなかったはずだ。男だから、怒られる。平等な社会を、と考える女性が、「『父親イメージ』から外れた男性のことは責めていい」と思ってしまう。今の時代の男性は大変だ、としみじみ思った。
こうやって、「母ではなくて、親になる」と書いていても、「性別に関する文章を綴(つづ)っているのなら、きっと、男性を責めているんでしょうね」「父親の意識を変えたいと思っているんでしょうね」「(中略)」と、またしつこく誤解されそうで怖い。
私は、「母ではなくて、親になる」と書いているのだから、夫に対しては「父ではなくて、親になれよ」と思っている。私は夫に対して露(つゆ)ほども、「マッチョになって、子どもを守って」「育児資金を稼いで」「ときには威厳を見せて、子どもを叱って」なんて思っていない。
私が父親役をやるわけではないのだが、家族のことを仕切ったり、何かを決断したりといったことは私が行うことが多い。「新聞に載っているこのニュースは、こういう問題が起きて、こういう解決策が提示されているのだ」といった解説も私の方ができる。旅行へ行くときも、ルートを決めたり、予約を入れたり、金を払ったりは私がやっている。赤ん坊が大きくなったときに、威厳を見せたり、きちんと叱ったりするのも、私の方が上手いに違いない。
だから、夫はそういうことは無理に頑張らないで、自分の得意なことをしたらいいと思う。優しさや愛情をたっぷり伝えたらいい。あと、朗読が得意なので、本の読み聞かせをやって欲しい。それから、他の親と仲良くなったり、保護者会に出たり、場を乱さずに自分の意見を発表したりしたらいい(私は人見知りな上、場の空気を凍(こお)らせる発言をよくしてしまい、礼儀やマナーもわかっていないし、メールなどのやり取りを滞(とどこお)らせがちなので、なかなか人と仲良くなれない。ママ友を作る気はない。だから、保護者同士の関係作りや、子どもの友人に関することは、すべて夫に任せたい。役割分担ではないが、お互いに自分が苦手なことを無理に頑張る必要はないと思う)。
あと、夫は高卒だが、頭がいい。そして、夫は「女性の方が頭がいい」なんて絶対に言わない。そこも気に入っている。
端的に書くと、「女性が男性よりも下の立場に置かれている」「女性だと仕事がもらえない」「女性に権利がない」と感じた経験を私はあまり持っていないからだと思う。
私より上の世代のフェミニストの方々が頑張ってくれたおかげで、私は学校で平等教育を受けている。「どうして女性と男性の二つに分けるのだろう」「女性という理由で『これをやれ』と言われるのはおかしいな」「個人ではなく、女性としか見てもらえないな」といった疑問を覚えることは度々あったが、女性の地位が低いとは決して感じなかった。
作家デビュー後は、ただの「作家」になったつもりだったのに、いちいち「女性作家」と紹介されることに抵抗を覚えたが、それは「女性作家」の地位が低いからではない。現代では、むしろ、男性の作家よりも、女性の作家は重く扱われがちだ。これも、上の世代の作家が仕事を頑張った恩恵をこうむっているのだろう。また、女性に対して変なことを言ってはいけないという空気が社会に満ちていて、男性が言い返してこないので、男性よりも女性の意見の方が世間に通り易いと感じる。
女性として振る舞った方が地位が上がるとしても、断りたい。地位が下がっても構わないので女性から離れたい。
女性として仕事をする気が毛頭ないのだ。「女性作家」という言葉には、「作家」とは別の職業イメージが付いている。私はそれを嫌悪している。
それから、私は「みんなが生き易い社会になればいいな」という思いを持っているが、「女性が」と殊更(ことさら)に言いたくない。「女性が生き易い社会を作りたい」といったフレーズを聞くと、耳を塞(ふさ)ぎたくなる。もしも、「男性が生き易い社会を作りたい」というフレーズが街中の看板にあったら、どうだろうか? ぎょっとするのではないか? たとえ、その真意に「男性だけでなく、女性も、誰もが」という意味も含まれているとしても、
とんでもなく会話劇がうまいな。
からあげとミミ姉のページとか、互いにボール2つラリーしてて頭がクラクラした。
技術系ミステリのように、技術の見せ方もうまい。
官房長官の頃に指示して、利水ダムを洪水調整に使えるようにするなど、ダムの事前放流の運用を大きく見直しました。
今回の豪雨災害で、31ヶ所の利水ダムを含む合計 55ヶ所のダムで事前放流が実施されました。
降雨の予測精度を高めるなど、更に被害を減らす取り組みを進めます。
福祉の専門家によれば、福祉制度が機能するのは2万人からだとか。確かに肌感覚と一致する。「市場」らしきものが機能するのもこの辺りかもしれない。5千人台だとコミュニティの物物交換がものをいうから、独身者には厳しいものがあった。
ちなみに植民地時代のアメリカは、2千人台だとわりと大きなコミュニティで、ヨーロッパにおける都市国家のような文化は育たなかった。僕は論文で「社会が形成されなかった」と表現した。社会というのは多様な人々が妥協して共存するもので、それがないと風土としての個人主義でいくしかなくなる。
⇒会社が楽しいのは100人くらいまで、みたいな話があるよな。みんなが同じ目的意識で参加していられて、貢献意欲が自然に生まれて、という。
⇒ただ、営業が途絶えなくて、福利厚生に期待できて、というのは200人くらいまでいかないとちょっとつらいんだよな。
文章の冒頭はいかにつかむかを考え、文章の終わりはいかに着地を決めるかを考える。たぶんそれは「内容」とはあまり関係ないが、全体を構成する大切な要素ではある。
⇒言われてみれば、そうか、それは内容ではないのか。内容ではないところで、我々は悩んでいたのか。
⇒炎上しないツイッターって、そこが楽なんだよな。そこがいらないから。
「完璧だと思う映画5本」というツイッタータグから。
自分が「上げるだろうな」と思う映画を挙げている人の、自分の知らない映画を覚えておく。例えば、ショーシャンクを挙げている人は気になる。タイタニックだと一つ下げる。
ソウ
シックスセンス
セブン
ショーシャンクの空に
バックトゥザフューチャー
マッドマックス 怒りのデスロード
ヒックとドラゴン
透明人間
コング 髑髏島の巨神(吹き替えを除く)
ミッション8ミニッツ
・ショーシャンクの空に
・レオン
・ズートピア
・WALL•E
・ヒックとドラゴン
君の名は。
すずめの戸締まり
ジョゼと虎と魚たち
ハロウィンの花嫁
アナと雪の女王
カリオストロの城
銀河鉄道999
機動戦士ガンダム3部作
ビューティフルドリーマー
愛·おぼえていますか
インセプション
ジャスティスリーグ スナイダーカット
トイストーリー3
ローグワン
アベンジャーズ エンドゲーム
■ザ・ロック■
■アベンジャーズ エンドゲーム■
■ゴースト■
■ショーシャンクの空に■
■バックトゥザフューチャー■
タイタニック
バックトゥザフューチャー
スティング
アイデンティティ
ロシュフォールの恋人たち
ショーシャンクの空に
フォレスト・ガンプ
インターステラー
セッション
怪物
千と千尋の神隠し
HANA-BI
万引き家族
パラサイト半地下の家族
ズートピア
⇒ズートピア上げる人が多いのは盲点だった。千と千尋の神隠しも意外と。
・サマーウォーズ
・リメンバーミー
・SING
・千と千尋の神隠し
・すずめの戸締まり
『七人の侍』
『ゴッドファーザーPARTⅡ』
『ガールズ&パンツァー劇場版』
『若おかみは小学生!』
『アウトレイジ・ビヨンド』
ウクライナのダム決壊なんだが、米国が「どっかのせいかわからない」というときは、「ロシアではない」の含みがある。ノルドストリーム爆破の時もそうだけど、米国はあれでも、あからさまな嘘はあまりつかない。これはゲーム理論的な背景があると思う。
それを言い出してもロシアの言い分はあるんだよ。もちろん、日本の現下のネットだとそんなの、総攻撃されるけど、そういう問題じゃないよというのが、伝わらない。
なんだろうか。『ヴィンランド・サガ』見てよ、かな。
記録という“元本”に計画という“リスク”を上乗せしたうえで一日を過ごすと、前日には得られなかった差分の記録が“リターン”として新たに得られる
このリターンを“再投資”、すなわち前日までの元本+リターンを新たな元本とすることで、より大きなリターンが期待できるようになる
この手のトラップは他にもいくつかあって、例えば
・山形県酒田市本町2丁目 (ホンチョウ2チョウメ)
・山形県酒田市本町11 (ホンマチ11)
とか、チョウとマチで読みを変えてて場所は違うなんてのがあります。この場合、東栄町の例と同様に郵便番号は違うんですが、
・兵庫県明石市和坂(カニガサカ
・兵庫県明石市和坂 (ワサカ) )
になると郵便番号まで同じ。
前者は町大字止まりで和坂14-1といった住所に(姫路信金明石支店など)。
後者は1〜3丁目がぶら下がるパターン(明石斎場など)。
住所の正規化がいかに難しいかで盛り上がっていて、なんか嬉しい😊
住所関連の開発、個人的にもかなり長い時間をかけたのですが、一番ヤバいと思ったのは
・新潟県新潟市北区東栄町(とうえいちょう)
・新潟県新潟市北区東栄町(ひがしさかえまち)
という2つの「異なる」地域が存在することです。
正論すぎて困る。AIが普及したら変わるって? 逆だよ、自動化できない面倒事だけが人間の仕事として残る。面倒くさ密度は上がるんだよ。
「資本主義」というのは、日本語の「主義」というより、資本が生産様式を規定する「現象」のことなんで、現象・様式の外的な規定と見て、人間タイプのような内性にはそれとは別の一定の方法論が必要だと思う。とういうか、そこが、マルクスとウェーバーの課題。
果物に貼られたシール、人間の作る平坦な秩序がかえって果物の生々しさを強調してるような感じがあり、好き
おんなじこと数学得意で国語苦手な友達vs国語得意で数学苦手な私でありました🤣
「数学は答えが一個しかないから難しいけど、国語は答えがたくさんあるから楽」って言ったら逆じゃない?って言われました😂
ツイッターでは誤読を恐れるあまり説明過多な文章になりがちなんだけど、字数の関係で説明を端折らざるを得ず不安を抱えたまま「(伝われ)」と祈りつつ投下したツイートに対して私の意図を正確に読み取ったリプライがついてるとめちゃくちゃ嬉しくなる。
でもpixivで20年近く前のスーパードマイナーキャラをイラスト生成AIでせっせと増やしてたAI絵師を見た時は「よ…良かったじゃねーか」ってなったよ。
すると「失敗の前兆者」は普通のレビュワーに比べて、映画に対して分析的で形式的な書き方をしていたのに加え、「私」のような1人称の代名詞の使用頻度が低いことが判明します。
またトップレビュワーかつ「失敗の前兆者」の特性を持つレビュワーの文章を解析したところ、高評価なレビューを書くときには他のレビュワーたちよりも、より多くの「副詞」が含まれているという特徴があることがわかりました。
※副詞は「ゆっくり」「はっきり」「とても」など、名詞以外の言葉や文章を修飾する言葉。
また低評価なレビューを書くときには、より一段と分析的にな文体になっていたことも判明します。
⇒明らかに売れそうだったり、感情の動員力が強い作品のときは、分析的に書き、売れなさそうだけど自分にとっての見るべき点がある作品のときは、個人的・感情的に寄せてアジるように書く。
⇒ええー? なんというか、程度の差こそあれ、当たり前ですよねぇー?w
ただどの方法でも最重要となるのは「失敗の前兆者」には何も変わらないまま映画レビュワーとして働き続けてもらう必要がある、という点です。
万一、自分が逆張り預言者として使われていることが知られてしまえば「失敗の前兆者」はレビューの書き方を「普通」に変えてしまい、予言効果がなくなってしまうかもしれません。
予言を外す預言者は、本人には不名誉なことですが業界にとってはとても貴重な人材になるのかもしれません。
それはつまり、自分たちの正統性にはまったく疑問を抱くことなく、言動に問題のある奴がいた場合は、その言動の悪さの程度に応じて制裁を与え、もしそいつが心の奥底から改心したと判断できたなら、キャンセルを解いてもういちど仲間にいれてやろう、ということでしかないのです8。実際そもそも「寛容」というのはそういうものです。自分たちが正しいのがわかっているから「寛容」が説かれる。こういうもののどこがリベラルなのか(最大限好意的に読んだつもりですが)私は理解できませんでした。 ⇒被害者予備群である弱者からすると、強者禁制のコミュニティーに他者を迎え入れるのなら、それくらい加害者性のなさを担保してもらえないと嫌だというのはあるだろうけど。
村上靖彦「客観性の落とし穴」とてもよかった。客観性VS経験の個別性は大体30年毎に攻守が交代するトピックで、それは繰り返しでもあるが、毎回新たな問題設定が加わるわけで、その最新バージョン。1970年代には科学VS人間みたいな問題設定だったのが、今は社会VS個人みたいに人間内部の問題になってる
ある程度の長さ生きていると、この交代の節目を跨ぐことで、両方の視座をなんとなく得られるようになるのかな、とちょっと思いました。
”そもそも他人の「ノウハウ」はその人の「苦手」です。 「苦労を見つめノウハウに仕上げるプロセス」が苦労を克服する。 出てきたノウハウは絞りかすに過ぎません。 絞りかすにも栄養はあるけど、プロセスこそが参考になる“
どうすれば上手に文章が書けるだろうか
それはそれとして、「自分はすごい方法を知っているんです」と言い続けるのもしんどさがありそう。
また白の綿素材というのが相性悪く
ハイター原液かけてもびくともしませんでした…
力技が1番有効とわかりましたが、こんなの何度もやりたくない😂
ありがとうございますー
マジックリンかけてウタマロ石鹸塗りたくり、風呂床ブラシでゴリゴリが1番落ちました
ハイターかけても変わらず
靴洗い洗剤に一晩つけて多少
でした
破れはないので大丈夫だと思うんですけどね🤣
何かを始める前の「言い訳」はひっかかるものが多いのだけども、それは着手にたする免責ではなく、結果に対する無批判を呼びがちだからだろう。
「おかたづけ」をコンプリートするためのタスクを漏れなく洗い出す代わりに、今すぐ取りかかれることを1つ見つけて即取りかかる🐧
取りかかることで「風景」が変わるので、改めて次にできることを1つ決める。
これに取りかかるのはまた明日でOK。
Vision ProってiPad ProとStudio Displayくらいのパワーがあって、さらにまったく新しい体験までできるんだから、あの値段はむしろ安いんじゃない?って思いははじめてきた。
ウクライナのダム決壊なんだが、米国が「どっかのせいかわからない」というときは、「ロシアではない」の含みがある。ノルドストリーム爆破の時もそうだけど、米国はあれでも、あからさまな嘘はあまりつかない。これはゲーム理論的な背景があると思う。
メモはNotionのデータベースをカレンダー形式にして、カレンダーからポチポチっとメモするようにすると、手軽なのにちゃんと残って、後々にあのメモ消さなければ良かったとか、どこいったがなくなるからほんとオススメ📝
メモアプリの話をしたら「Notionはどうですか?」とのメンションをいただきましたが、具体的な作業の進捗管理等にはNotionも使っています。なんでも出来て便利ですよね。
でも、曖昧なアイディアを日々メモするような用途だと、EvernoteやUpNote的なもうちょっと軽い書き味の物が好みなのです。
2007年頃にライフハックと言われていたものの多くはなにがしかのスマホのアプリや世の中にありふれた機能やベストプラクティスに吸収されてほとんど意識する必要のないものになったと思ってる
残ったのは、結局のところ自分との向き合いだけ。自分の中のなにを見つめるかという問題だけ
20年前
中学生「オタクです」
周り「オタクだ!異常者だ!!弱者だ!!叩け!!叩け!!叩け!!叩かれるのがいやならアニメやゲームを卒業して真っ当な人になれ!!!!」
それを言い出してもロシアの言い分はあるんだよ。もちろん、日本の現下のネットだとそんなの、総攻撃されるけど、そういう問題じゃないよというのが、伝わらない。
なんだろうか。『ヴィンランド・サガ』見てよ、かな。
公園で青少年が騒いだり焚火をしたり爆竹を鳴らしたりしていた時代とは、そうした青少年を近隣の大人たちが直接叱ったり、制裁したりして構わない社会だった。『ドラえもん』に登場する脇役のカミナリさんがリアルだった頃のことである。行政を介してクレームを入れるような迂遠な方法をとらず、直接介入するし、介入して構わない社会。逆にそういう社会だったから子どもたちが近隣で割と好きなことをやれた、とも言えるし、
それだけでなく、当時の状況はもう少し複雑だったように思い出される。不埒な素行の青少年をどこまで大人が叱ったり制裁して構わないかは、その大人が地域でどの程度の権力や影響力を持っているのかに左右された。あるいはその大人自身の腕力か。
直接介入可能な社会とは、誰もが好き勝手に介入可能な社会ではなかった。権力や影響力や腕力次第の不平等な社会、弱い者が泣き寝入りを余儀なくされ、強い者が世にはばかる、そのような社会だった。
対して(中略)社会契約に基づいた社会とは、法の徹底や暴力の独占が進行し、暴力や権力や影響力のローカルな分散がなくなろうとしている社会だ。そこでは、(中略)行政や管理機関を介したかたちになる。弱い個人でもクレームできるという点で、地域社会より平等だとはいえるだろう。たとえば隣の公園で夜通し騒ぐ青少年に困っている高齢者がその改善にクレームをあげられるのも、マンションの隣家の騒音に怯えている独居女性が管理機関に改善を依頼できるのも、そのおかげだ。
⇒力の偏在
⇒今は強いものはいなくなったけど、弱いものはいる感じ。
「終わりなき日常を生きろ」にはそこに、些細な生充足が暗示されていたが、今は「大切のは限定された幻想欲望」だろう。この限定は「倫理」だろう。
SNS時代になると、ニュースはますますそれがどう語られたかになってきて、人はそれに現実感を覚えるようになる。これは、私たちが、世界がリアルという感覚を喪失してくのに似ている、というか、リアルとは感情を惹起するものになっていく。であれば、人はリアルの退屈さや無力さを知るべきだろう。
⇒退屈。
⇒そう、しかも、単なる退屈ではなく、責任は重く、不幸はあちこちから目に入り、それでいて退屈。スタグフレーション的な。
昨今のリベラルの滑稽な風景は、久米宏が「ぴったしカンカン」や「ザ・ベストテン」を終えたあたりで先駆してた。ある凡庸さがリベラルを「知的」と幻想する空気である。これらは、その前の時代の大橋巨泉らの空気が微妙に劣化したものだった。所ジョージ、志村けん、タモリは、凡庸ではなかった。
⇒今だと何が “テンプレ知的” かな。論破とかか。
失恋や虐待の記憶は、維持すれば、自身を傷つける。が、その記憶がコアになって自我体制が形成されていたら、自我はそれを手放しはしない、というか、自我体制を自我は失わせないようにしてる。
⇒BUMPの歌詞のようだ。大丈夫だよ、その痛みは手放したって、そこにいる。
14歳娘が私に好きなボカロ曲を聴かせては感想を求めてくるので「自分のことは努力もせず全部理解して評価してほしいと言う割に周りの大人や友達への解像度が低くてステロタイプな甘ったれた曲だね」という本音を伏せて「お母さんも思春期の頃こういう曲あったら好きになってたと思うよ」と言いました
痴漢や盗撮、あとはカスハラの問題など全てにおいて迷惑な少数の人をどのように扱うかというのがこれからの社会の大きな課題だと思う。ほとんどの人は良い人でトラブルも起きないが、ごく一部の人の影響で社会が萎縮したり無駄なコストがかかったりする。昔からいたんだろうけどSNSで可視化された。
現実解は、
・女性専用キャンプ場が増えて、女性ソロキャンパーはそこを利用する
・キャンプ場利用料増を原資に管理人を置き、利用者間のトラブルを解決する
…ぐらいかなぁ?
こういう事例よく耳にするけど、特定少数の人物が繰り返しやってるんだろうと思う。他の男性にも迷惑。ただ現実問題としてどうしたらこの手の人を「排除」できるかはかなり難題では。/ソロキャンプ中にナンパ被害「なんだてめえ」と恫喝も 被害女性が語る恐怖の一夜
⇒自由権と、国家権力と、明文法化の綱引きだろうからね……
「男性として十分な経済力と社会的地位を持ちつつ、男性特有の無神経さがない男性」って、やはり「女性として要求される事は全部できて、社会性など男性的な能力も持ってる女性」と結婚しますね。似た者同士が惹かれ合うんで(続く)
もちろん、男は法律と道徳に違反してるので、社会からは叩かれるし、その反動で女は社会から慰められるんだけど、それって「社会の都合」で叩いたり慰めたりしてるだけなんですよ
だから、これって「同レベルの人間が引き合う」に影響しないんです
「女はクズに惹かれる」って良くツイッターで言われるけど、私もおかしいと思ってました。
「クズ女がクズ男に惹かれる」けど、「クズ男だけが罰せられる」だけなんですね。
なんかこの仕組みを分かってない人ばっかじゃん。
なんというか、根源的な話をしたいのだが、それがそのまま抽象的な話で済ませてしまいがち、という傾向も生んでいるような気がする。その辺のパースペクティブを変えていきたい。