2023/04/01-2023/04/10
#採掘場
悩みそのものが価値
▷坂本龍一氏と大江健三郎氏が、まったく違う人物なのに、私の脳内ではなんか近い位置にマッピングされていて、そのお二人が相次いで亡くなる、という、私だけにとって少し不思議な体験を味わっている。
▷SEOだらけなのと、嘘が混じるのと、どっちがいいだろうか。
← 2023/03/21-2023/03/31 / 2023/04/11-2023/04/20→
https://note.com/rashita/n/n926e8cd70916
そして、たいていの純化がよくない結果をもたらすように、
昔は、「一分間hogehoge」といったタイトルの本を見かけると、ふ〜〜〜んというさめた感情が湧いていました。
世界中の人がそんな「ちゃんとした本」を読むほどの暇はありません。だとすれば、その啓蒙思想は人に線引きをしていることになります。ぜんぜんリベラルじゃないのです。
もちろん、「一分間hogehoge」的なものすべてがOKという話ではなく、中には紙束みたいな本もあるわけですが、それは別に「一分間hogehoge」的な本に限ったことではないでしょう。ようするにちゃんと中身を見てからその是非について考えよう、と思うようになれたわけです。
⇒「大全」から良書を探す的な。
ブログだと時系列に情報が並び、最新情報にアクセスしやすい分、過去の情報が探しにくくなってしまいます。すると初心者ほど入門が難しい状態になるのです。これはよろしくありません。
私やそれに類した人にはキャッチなー言葉ですが、そうでない人には届きにくい言葉でしょう。私やそれに類した人はもはや初心者とは言えないわけで、そこをターゲットにするのは違っています。
「まず作ってみて考える」が信条ではあるのですが、コンセプト=サイトのタイトルが決まらないと、ドメインが取得できません。
ようするに自分がやりたいのは知識労働者向けに必要なスキルを提供するということなのではないか、と。万人に向けて「知的生産の技術」を啓蒙しようというのではないし、「ライフハック」を再興しようというのではない。むしろ、もっと切実にそうした技術を求めている人に向けて、その入り口となるような情報=知識を提示することではないのか、と。
⇒なんか、「一分間hogehoge」のところから伏線がつながっている感じがする。
しかし、ググッてみると丸善さんのサイトが見つかります。
そりゃまあ、ここまで一般的な言葉なんですからすでにサイトはありますよね。
というわけで、ここからひねります。「Work」と似ている「Walk」です。「Knowledge Walker」はなかなか良さそうではないでしょうか。が、どう考えてもKADOKAWAさんのWalkerシリーズを彷彿とさせるでしょう。
「知識労働のため」だったのかと考えると、やっぱり疑問が生じます。
しかし、「知識を歩く人たち」と表現を変えると、途端にしっくりきます。
https://gendai.media/articles/-/108176
――日本では1990年代のオウム真理教事件、2001年のアメリカ同時多発テロ、そして最近の統一教会問題、宗教二世問題などから「宗教は危ない」という認識が根強く、信仰が身近なものという感覚は希薄です。
小川 逆にインドネシアでは、イスラムでなくてもいいけれども「インドネシア国民である限り、なんらかの信仰を持ちなさい」というのが国是となっています。私自身は特定の宗教に対する信仰はないのですが、共産党を壊滅させたスハルト政権(1968~98年)時代は、安易に「無宗教だ」と言うと、共産党員かと疑われる可能性がありました。現在でも宗教が倫理、道徳の基礎になるという考えが強いので、ともすれば信仰がない=倫理的な基盤がない人物、といぶかし気に見られてしまいます。
https://gendai.media/articles/-/108455?page=2
あたかも、この宇宙に自分一人しか存在していないかのような孤独な思考を「自分で考えること」として擁護する姿勢は、いかにもロマン主義的なものだというほかはありません。そんな姿勢の歴史的な役割は、遥か以前に終っているはずなのです。にもかかわらず、二〇世紀も終ろうとしているこの時期に、なお「自分で考えること」の重要さが改めて指摘されたりするのは、どうしてなのでしょうか。
それは、そう主張する者の歴史的な無知をあからさまに示しています。あるいは、その指摘で何か別の主張をしたいと思いながら、それにふさわしい言葉が見当たらないのか、それとも別の主張をしたがっている「自分」自身に無意識なだけなのかもしれません。
そもそも、教育とは「他人とともに考えること」の実践としてあるはずです。そのために教師が必要だし、クラスメートも必要なのだし、書物を読むことの意味もそこにあるはずです。
https://gendai.media/articles/-/108454?page=2
そもそも、「自分で考えること」の重要さを指摘する人のほとんどは、「個性重視」や「独創性」を主張する人びとの場合がそうであるように、「自分ひとりで考え」たことの帰結としてそう宣言しているわけではありません。多くの場合、まったく「自分で考えること」などせず、あたりに流通する言葉を機械的に反復してみたにすぎないのです。
https://note.com/keizokuramoto/n/n17601da1cec6
…みたいな「アイデアの断片」はどんどん出てくるんですよ。
でもそれ、いくつも出てくるアイデアの中から人間が選び取って「そのアイデアめっちゃいいよ!」って言わないと、AIは全然こだわりがなさすぎて次の改善ですぐ忘れちゃうんですよね。結局また「最初からサイコロの振り直し」みたいになっちゃう。
このメッセージ自体は「あるある」な話ではありますよね。
でも、「いや、俺はそんな天才とかじゃないし、”AIにできない人間だけの仕事”とか無理だよ」って思ってしまうかもしれない。
、「結局どうなのか?」みたいな何らかのテーマ性を持って実態を掴んでいくようなことは、そもそも情報がAIに渡せる形に存在していないわけなので。
あと、「人々が持っている思いをひきつけて旗印を立てる」みたいなことも、人間にしかできないこととして残り続ける。
要するに、人間の仕事はある意味で「悩むこと」だというか、「理想とのギャップ」に悩み、「こうあってほしいのにどうしてこうならないのかなあ」という事について悩み、その解決の方向性について実地に色々とぶつかって悩み、一つの「ナマの確信」を得ようとする事が大事。
逆に言うとそうやって「結局本当はこっちに進むことが大事だけど今はここですれ違っているんだな」というような明確な理解を立ち上げることができさえすれば、それを社会に通用させていくにあたっては、AIが力になってくれるということなのかなと思います。
https://note.com/keizokuramoto/n/nd577964ad3f3
今まではかなり専門的な数理的訓練を受けた人材の分厚さと、アカデミックな先端分野における国際的に密な協業が必須だったから日本は少し遠い距離にいたが、2022年以後、実際にそれを「どう使うか」の段階になると、むしろ日本が本来的に強い分野になるのではないか?というメッセージになっている。
6●とりあえず”遊びで”使いまくるべき
なんか、この一ヶ月二ヶ月ぐらい、欧米では
・ChatGPTはAGI(汎用人工知能)といえるかどうか?
とか、
・AIの加速が人類の手を離れて危機に繋がる可能性を考えるべき
とか、結構大真面目な議論を展開してますよね。
でもなんか、日本人はそのへん結構ぽかーんとしている(笑)
欧米人がAIに危機感を抱くのは、「AIが最高の知性による結論として何かを主張」したら、それには従わないといけないと考えている人が多いからじゃないかと思うんですね。「知性」というものがすごく「重要」なものとして扱われている。
でも日本では、「知性」の観点から見ればこれが結論です・・・と言われても、「あ、そ」って感じで(笑)それを取り入れるか入れないかはまあ”みんな”の気分次第だしな・・・みたいなところが正直あるからね。
AIがムチャなこと言ってきたらただ無視すりゃいいじゃん、と思ってるようなところがある気がします(笑)
⇒そうね。日本の“カミ”って、「触らぬ〜 」ことができるからねw 布教してくる宗教家のほうを弾圧すれば、それで済む。
とはいえ、そんな「遊び」に使ったからといって大きなビジネスに繋がるの?っていうのはそれ単体では難しいところで、今世界中で急激に立ち上がっているChatGPTのAPIを使ったサービス群では日本は明らかに出遅れ気味なように見えますが…
ただね、「遊び」を徹底的にやることの意味は、
・その「遊び」からユニークな使われ方が見いだされる
っていうだけじゃないんですよ。それも今後必ず見えてくると思いますがそれだけじゃなくて
・社会全体でAIを活用する時の抵抗感を減らす
…という非常に重要な意味があるんですよね。
欧米社会では今「AI警戒論」みたいなのがかなり出てきて、開発をストップすべき、みたいな署名まで立ち上がってますよね。
そういう警戒感を超えていくには、「皆が遊びで使っている」という部分の経験を分厚く積んでいくことがかなり重要になってくると思います。一握りのインテリの世界だけで起きていることにしてはいけない。
https://tunnellingchannel.substack.com/p/a46
語れない理由2:守・破・離でいうと「守」の段階
元の投稿にも少し関係しますが、アウトライナーの使い方で特別、あるいは個人的な工夫はしていません。
アウトライナー歴はだいたい10年くらいでしょうか。その間、Tak.さんをはじめとしたアウトライナーについて発信されている方々の方法を使っていました。
*
それでも"好きなおにぎりの具"について語る
ただ、のらてつさんがここまで書いてくださいました。
多分、有効かどうか、真新しいかどうかなんてことは関係なく、「アウトライナーを使ってこうしています」というのを聞くと楽しくて嬉しいのだと思います。おにぎりの具は何が好きか、なんていうことで割と楽しい会話になったりするのと同じようなものかもしれません。
https://blog.tinect.jp/?p=81037
誇りとかプライドとも呼ぶべきモノを持たずに豊かに生きる事は人間には難しい。
それらを持たない事で苦しんでいる自分自身にアイデンティティを感じているタイプの人間もいるはいるが、少なくともそういう冷笑的態度は苦しみそのものからの解脱と呼ぶには程遠いものである。
https://finders.me/articles.php?id=3546
当時のフリーターバブル時代に、「正社員になる奴隷たち」に対して優越感を感じていた人たちと、「稼いでる金額の感じ」がかなり似ているのが少し気になりました。
日本社会では時々、「自分ではそういう選択肢を選ばないくせに、やたらロマン込みで持て囃す」傾向があります。
⇒人を欺いているつもりはなく、羨ましがってる心象風景で書いている人もいるにしても。
【漫画】見えない敵から人類を守る大学の先生
【漫画】誰も好きじゃない私と、”誰でも大好き”な後輩の、名前のつかない日常
【漫画】既婚者なのに大勢の彼氏に囲まれていないと満足出来ない…友達がモテモテな話
【漫画】世界観が世にも珍妙すぎて、各所の編集さんが頭を抱えてNG出した『全男性が女性のペットになった世界の話』
娘さんが作文の宿題を面倒がったのでAIに家庭教師になってもらったら、ものの10分でスラスラ書けてた「これは理想形」
▷これ、どういう指示を出してからお子さんに渡したのかな。気になるな。
▷それはそうと、この完成度でこちらのアイデアを引き出してくれるのなら、「マインドマップ」とかと同じで、一つの発送法のツール名として、「GPT」というツール名は成立してしまうのかもしれない。
https://www.sankei.com/article/20230402-NHSLDBUAONP3XL6SRRAZYZRT4Y/
依存症患者の最初の動機はストレス解消といった感情面が主な要因。その後はパブロフの犬のように、繰り返すたびに刷り込まれて無意識的に行うようになるという。また、アルコールや薬物に頼る「物質依存症0」の患者は居酒屋の風景などの視覚情報が刺激となり飲酒や薬物摂取に走ることが分かっており、
キーワードは「記憶の再固定化」。元武俊(ウォン・ムジュン)院長(50)によると、記憶する際に人間は、曖昧な経験を思い出した後、より詳細な記憶として脳に再定着させる。そのため同クリニックでは、この再定着を妨害して記憶を薄め、依存度を減らす治療を取り入れているという。
その方法は、患者に窃盗の状況を話してもらいながらパズルを解いてもらうというもの。曖昧な記憶の再定着時に別の刺激を与えることで、記憶が薄らいでいく。
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20230406/1680742595
現在の私には、商業媒体で何かを書かせていただく機会もあり、それはそれで貴重だ。いまどきは、グルリと回ってブログやツイッターよりも商業媒体で書かせていただくほうがかえって自由、なんて側面もあり、一番尖ったことを深堀りするなら商業媒体で書かせていただく機会が最高だと思う。しかも商業媒体の射程距離はなかなか長く、はるか遠くの未知の読者さんの手許にリーチすることだってある。それら全部をひっくるめて私は「商業媒体って面白い」と今は思っていて、機会がいただける限り挑戦したいなと願っている。
じゃあ、そうした商業媒体でこのブログに書いてあるようなことが書けるか・表現できるかといったら……Noだ。
断然、Noだといえる。
やっぱりブログじゃなきゃ書けないことはたくさんある。たとえばアニメの感想、ゲームの感想、日常の細々とした所感、そういったものをアーカイブ化しておく場所として、ブログはかけがえのないハコだ。
私はブログに書くことで読者のかたに何かを届けると同時に、未来の私にアーカイブを手渡すことにも成功している。私はお調子者のナルシストなので、ゲーセンでハイスコアを狙っている時も、ここでこうしてブログを書いている時も、誰かが見ていてくれている時のほうが調子が出るらしい。ほんの数人、いや、誰か一人でも
https://rocketnews24.com/2023/04/05/1823653/
ここで、話を「仕事」のほうに戻したい。ある程度の研修期間が終わると、メンターたちは「さらに儲かる高収入ステージ」の世界へと誘ってくる。
たとえば、今までの報酬が300円だとしたら、一気に倍以上の700円になる……といった感じ。
その世界に入るためには、とあるアプリをインストールしなければならない。しかし、そのアプリというのは、簡単に言えば「乗っ取りアプリ」なのである。
少しだけ具体的に書くと、そのアプリはヤバすぎるため、通常のApp Storeなどでは流通していないオリジナルアプリ。
LINEみたいな連絡ツールと、「怪しいサイト」へのアクセスと、向こうの世界での「残高管理」と、仮想通貨の購入が同時に行える、地獄の幕の内弁当みたいなアプリである。
そのアプリをインストールするためには、まず「構成プロファイル」というファイルをスマホ本体にインストールさせ、さらに、アプリの提供者にスマホ自体を遠隔管理させる「リモート管理」をも許可せねばならない。
早い話、自ら「乗っ取られ」に行くのである。己のスマホをメンターに捧げるのである。
これを家に例えるなら、相手に家のカギを渡すどころの話ではなく、家のドアノブごと相手指定の商品に交換するようなもの。
その結果、位置情報の把握や、盗撮、盗聴、連絡先やメールの確認あたりは余裕で可能だと私は思う。
ちなみにリモート管理について調べたところ、私のスマホを遠隔的に「ロックする(使えなくする)」ことも可能らしい。
真の狙いはそっちなのではないかと私は思う。
なぜなら、さまざまな「いいね販売屋」の価格と比べても、どうも収支が釣り合わない。とにかく、なんか変なのだ。
お金で日本人の情報を買っている……的な肌感があるのだ。
https://nikkan-spa.jp/1902038/2
さて、この「おじさん構文」なのだけど、実はこれ、おじさんがおじさんに送ることがほとんどない代物だ。この点が実に興味深い。それこそ素の状態でこれを送るおっさんなど存在せず、あわよくばと狙っている若い女性に送るときにこの構文が爆誕するのだ。  そう言った意味ではこれは「おじさん構文」というよりは「おじさんがちょっと狙っている若い女の子に送る構文」と表現するのが正しいし、そんな場面で登場するということは、おっさんのなかでこの構文は狙っている女性に対して有効なコミュニケーション手段として確立されている可能性が高い。そこに大きな問題がある。
https://twitter.com/t_kotobuki/status/1581816184718393344
最近のデザインはなるべく身長差体格差を無くしてデザインを並べて欲しいという依頼が多い気はしますね。”主人公タイプ”でバリエーションを作って欲しいと言われます。コンペ等でも残るのも上のタイプの方が多く感じます。
https://note.com/rashita/n/ndb3879b2c6c3
だって、「骨」と「子」の漢字なんて小学生で習うでしょうし、その意味もぱっと見ればわかるじゃん、と第一感では思ったのですが、そういう反論したいために原稿を読んでもらっているわけではありません。まさにそうした自分では考えられない反応をもらうために読んでもらっているわけです。
だったら、どういう言葉なら意味の通りがよいのを確認してみると、「要点」とか「核」とかならまだセーフとのことで「重要な部分」あたりならもっとセーフティーという感じでした。なるほど。
ようするにそこで言われている言葉の難しさとは「普段聞きなれているか、自分で使っているか」あたりの指数なのでしょう。意味としてわからなくはないが、脳内の「漢字変換の候補の最初の方」に出てこないので、そこで読みづらさが発生してしまう、という現象なのだと思います。
すご〜〜〜く当たり前の話ですが、そういう難しさは「普段どんな言葉を使っているか」で決まってきます。漢字の構成の難しさは関係ありません(だから多分"憂鬱"は難しくはないのだと予想します)。
⇒そういう意味で、「本読みになると、さらに本読みになれる」という拡大再生産が起きることが示唆される。
エンジニア兼SF作家がGPT-4執筆支援を実戦投入できないか実験してわかったこと|Anno Takahiro
情景描写、人物描写の単位では、ゼロから描写を考えるよりもとっかかりを出してもらった方がはるかにスムーズに執筆ができた。そのまま無加工で使うことはないものの、多いに参考になる叩き台を提供してくれる。実戦投入待ったなしである。
これは、風景や顔貌の描写は全体の筋から比較的疎結合だからなのではないかと考えている。個人的に、小説の文章は各モジュールが密結合になっていればなっているほど良くなる感覚を持っているのだが、物や風景の描写はその度合いが比較的弱い疎結合なモジュールに相当するのではないかと思う。ただこれは書き手の作風やスキルに大きく依存しそうだ。
7) プロットから本文をビルドする→ ×まだ自分には全然制御ができなかった
ちゃんとアウトラインに従って出来事が起きていっている。エンジニア的にはめっちゃ凄い。めっちゃ凄いが、作家的には残念ながらまだ実作で使える水準ではない。アウトラインの表現に引っ張られすぎていて、表現が拙い。分量目安もxxx文字ぐらいで、と指定しているものの、制御はできていない。
この下書きをベースに改善しようとしても、ゼロから書くより時間がかかってしまう感覚があった。絵師の人がAI絵を手直しする時、自分でゼロから描くよりも時間がかかる!と言っていたが、まさにそういう感覚である。
この方向性でのワークフローは将来的にはありうるのではないかと考えているが、現時点でGPTにやらせるとすると、制御性が足りなさすぎる、自分の文体や作風を埋め込むのにすごく時間がかかってしまう。GPT4の実行にも時間がかかってコスパが悪い。