2022/10/15-2022/10/22
#採掘場
買い物メモくらいまでだな、通知に入ってもこなせるのは。
認知を超えた情報を扱わないといけないから、リマインダーやめもをつかうんだけど、それで情報の総量が大きく減じるわけじゃない。
軍国主義や独裁政治や国際発行額が、
進み始めたら止まらず、進むとしたら一方向にしか動くことはない、と“感じて”いるから、些細な微調整も受け入れることができない。
家庭に仕事を持ち込んでサービス残業をしていたりする。
生活が削れることに不満を持たれるのも、一緒に怒ってくれるのも苦しい。
いろいろひっくるめるとそれが最善、というときには、それを選ぶことを迷いなくできるように、褒め称えてくれよ、って感じる。
一強無限の“お題目”は、まずアンチをぶつけて、二項対立に持ち込むしかない。
「おいしくなーれ(ジャムおじさん風)」と、できあい調味料(化学調味料を含む)万能主義、
高カロリーバズレシピと、自然派・手作り礼賛。
圧倒的理念と、現実の極地。
その中間は、努力をしていてすらみみっちく見えるし、ニュースバリューもない。
女の
かわいいの演技
男の
マイナスのケア
あとから息苦しくなる、入りやすく忘れにくい物語。
想像容量が大きくて、言語が得意で、さらに文字耐性が高くないと小説は読めない。
政治を「何もしないよりマシ」とコメントするツイートがあったのだけど、「何もしない」ということはありえない。
少なくとも、選挙という定例チャンネルが維持され、現状の分配比率を変えないという意思判断はなされた。
『ONE OUTS』のルール違反合戦の回。
読者も相手も、明らかに視野狭窄に導かれる。焦りもあるけど、新しいルールというものの強制力の強さ。
小林よしのり氏を過小評価するのも、それはそれで違う気がする。
もちろん、コロナに関してはバランスをくずした部分があったし、統一教会に関してもかなりだけど(ただ、教会については、個人的な過去の印象もあるだろうから、そこは大目に見ざるを得ない)、あの戦争論近辺での言論を見ていなかったら、今これだけ社会を両義的に見れていたかという懐疑は、自分の中にあるんだよな。
いまだに、権力は悪、アジアは全員、だったかもしれない。
ファウスト教養、ファシスト教養
← 2022/10/01-2022/10/14 / 2022/10/23-2022/10/31→
https://note.com/rashita/n/n884fd92838ac
「かつて書いた原稿」が山のようにあり、とても自分だけでそれらを整理するのは不可能なので、こういうやり方も一度検討してみても良さそうだと感じます。
少しずつTODOリストの項目は増えていき、やがてそれを目にするのも嫌になってきます。
特に、「タスク管理」という救済のノウハウを求めている人ほどそうなります。
https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/interview/regista_uno/21470
中田敦彦とか箕輪厚介とかもその中に入ると思うけど、いわゆる「インテリ層」が黙殺してきたことによって一定の影響力を持っちゃったものって結構あるじゃない?
レジー それは確かにそうなんですよね。本の中で映画『花束みたいな恋をした』の話をしていて、そこでも「麦はビジネス書を読むにしても『人生の勝算』を選ぶべきではないのでは?」という旨の指摘をしているんですけど、『人生の勝算』も箕輪厚介が手掛けたものです。「インテリを気取る人たちの忌避しがちなものが、忌避されていたがゆえに強大になっている」という状況への問題提起は『ファスト教養』を通じてしたかったことの1つでもあります。
ただ思うのは、映画って音楽とか他の表現形式と比べても、リファレンスと文脈とそれまで映画を見て培ってきた見識が見方を左右するものだから。そういう「線」ではなく一つの作品としての「点」で接することしか知らなければ、ファスト映画みたいなものに流されるのも無理はないとは思う。たとえばサッカーとか野球とかのリーグ戦で、ずっとそのチームの戦い方を追ってる人と、たまたま一試合だけ見た人では、その試合の面白がり方が全然違うじゃない? そこで「結果だけ教えてくれ」ってなるとしたら、そのスポーツを見ることがその人に向いてないってこと。それと同じで、ファスト映画はそもそも映画に向いてない人たちの営みでしかないから。
ただ思うのは、映画って音楽とか他の表現形式と比べても、リファレンスと文脈とそれまで映画を見て培ってきた見識が見方を左右するものだから。そういう「線」ではなく一つの作品としての「点」で接することしか知らなければ、ファスト映画みたいなものに流されるのも無理はないとは思う。たとえばサッカーとか野球とかのリーグ戦で、ずっとそのチームの戦い方を追ってる人と、たまたま一試合だけ見た人では、その試合の面白がり方が全然違うじゃない? そこで「結果だけ教えてくれ」ってなるとしたら、そのスポーツを見ることがその人に向いてないってこと。それと同じで、ファスト映画はそもそも映画に向いてない人たちの営みでしかないから。
そういう社会現象って、外部から総括されることで勢いが止まることがあるから。一方で、それでも残ったものはより先鋭化していくんだろうけど。
自己啓発的な姿勢と批評的な態度って、もうどうしようもないほど相性が悪いの。世の中がここまで「批評」と「批判」を混同して、「上から目線」みたいな言葉で批評を忌み嫌うようになったのと、ファスト教養的なるものが広がっていったのは、完全にシンクロしていると思うんだよね。
言葉にしちゃうと軽いかもしれませんが、「世の中よくなるといいな」っていうのは僕も本音としてあります。自分の立場では残念ながら何かを根本的にかつ短時間でひっくり返すことはできないですが、まずは届けられるところから誰かの態度変容につながるものを発信したいというのをこの本を書いて改めて思いました。
https://media.comicspace.jp/archives/9592
──4コマを描く上で意識していることがあれば教えてください。
はまじ:オチをつけるのはもちろんですが、4コマ目以外にも笑いどころ、ツッコミどころをなるべく描くようにしています。「きらりブックス」のときに担当さんに褒めていただいて、それ以来意識していますね。