2021/10/01-2021/10/10
#採掘場
品川駅の広告の話題。
ハフに拾われてから、そんな話題があったことに気づいた。
あれ、メッセージが偉そうとか、そういうこと以上に、「全部の看板に同じメッセージを書いてしまい、しかもそれらの複数個がいっぺんに目に入る配置だった」ことが大きかったんじゃないかと思う。
あのメッセージが、例えば一番手前の一個だけで、その奥にある看板には、“意識高い系ポエム” か “昭和のシバキ系説教” が書いてある、というような並べかただったら、そこまで嫌悪感はなかったのではないか。
まったく同じ顔でゾロゾロ現れて、同じ台詞を連呼されているような、そんな違和感が嫌悪感を増幅させた側面は大きかったのだと思う。
検査を受けていたら、受けることになったら
新型コロナ新規陽性者数がかなり小さくなり、出くわす可能性がかなり小さくなった、2021年10月。
ちょっと不満なことがある。
学校への登校ルールや、会社の上司を通じた報告ルールに、
「家族がPCR検査を受けている場合、参加できません」
「家族がPCR検査を受けることになった場合、すみやかに連絡してください」
という指針があることだ。
このルールがある状況で、風邪様症状を呈したとする。
熱は37℃台前半、倦怠感はさほどなく、鼻や喉のいがらっぽさが主な症状、という感じだったとする。
これだと、医者にかかったとしても、PCRを受けることはおそらく、強くは勧められてこない。本人の希望というか、判断となる。
そもそも医者にかかる必要もさほどなく、通常の社会活動を送ってしまうことも、難しくはない。
まあ、学校なら熱がある時点で休めばいいし、仕事だった在宅勤務ができるならすればいいのだろうが。
まして、病院を介さずに保健所に自分で連絡するという発想には、まずならない。
ここで、自分の判断で、医者にかかった際に、「念のため」「他の人を心配させないため」と、弱気な善意でPCR検査を受けると、「やったもん負け」のような状況が発生する。
この、“家族がPCR検査を受けることになった場合” というのは、元々は、
「職場の、自分のいる部署かチームで陽性者が発生して、その人のクラスターを調べる過程で自分が候補者となり、保健所な指示されてPCRを受けることになった」
とか、そういうことを想定した文言だったのだと思う。あるいは外国から帰国していたとか。外食したお店でクラスターが発生したことがわかったとか。
そうでない場合においては、マイナスのインセンティブを発生させずに、なるべく多くの体調不良者がPCRを “念のため” 受けてしまえるように、前述のような文言はもっと限定して記載されたほうがいいのではないかと思う。
「濃厚接触者の候補者として、感染ルートを確認する目的で、指示されて検査を受けることになった場合は」
というような形で。
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「鬼滅の刃」に女性が熱狂する理由|小山晃弘(狂)
たとえば「強い男なら弱いものを守れ」という規範がなぜ必要なのか。それは男たちが自分の力を誇示し、弱いものを痛めつけることを一般に好むからです。規範とは現実の裏返しであり、別にわざわざ言われなくても誰もが守るようなことは規範にはなりません。
つまり強固な規範とは、それ以上に強烈な欲望の裏返しとしてのみ成立しうるわけなのですが、「鬼滅の刃」の世界にはその「欲望」が存在しないのです。
主人公の炭治郎が典型ですが、彼には利己的な欲望が一切ありません。
⇒SNSでは割とぼこぼこにされている論考ではありますが。
(まあ、構成要素の一つをすごく大きな声で言えば、仕方のないところではある)
それでもやはり、炭治郎が良い子でありすぎるのは当たっているだろうし、そのさわやかさが(特にオタクを超えて広がる過程で)女性に受けるときのとっかかりになる部分は、たぶんあったのだと思う。実弥玄弥兄弟あたりかなあ、男にとって違和感のない男性造形は。
で、主人公側に、欲望や葛藤が見られないことについて。これは物語が大きいからなのだと思う。大きな物語。
小児科医・森戸やすみさんが「スマホ育児」批判のおかしさを指摘し続けている理由
育児のあいまに新聞を見ても「新聞育児」とは言いません
⇒まあ、“新しいもの”って、それが引き起こすデメリットがどこにどれくらい出るのか、許容可能な範囲で収まるのかのデータが当然まだないわけだから、「特に子供への導入は、控えめに、ゆっくりと」という判断や方針が出るのは仕方のない面もあるよね。
それが、“新しい力”の魅力にいち早く取り憑かれて、「どんどん進めていこう」というやる気になった人との対立直を生むのだとしても。
みんなただの石ころだけど、すごくなくてもいいじゃない?/ヨシタケシンスケさんインタビュー
――人々を前にした校長先生のような男性が、「みなさんは、ひとりひとり違う、世界にひとつだけなのです。例えて言うなら、線路の下の石ころです」とスピーチしているイラストですね。
「世界にひとりだけ=すごい」がわからないから、みんな悩んでいるんだし。……と、こういったことを、どうにかこうにか笑いに変えられないかなと、日々考えています。
⇒“日々考えて” いるのだなあ。
「そのままでいい」人なんて本当にいる? 美談を疑う子どもたちへ/ヨシタケシンスケさんインタビュー
本当に気を病んでいる人に、「あなたはそのままでいいから」と言っても、「いや、そんなはずはない」となるだろうし、対照的にだらしがない人に限って、「おお、俺ってこのままでいいんだ。ラッキー」となりそう。「いや、ホッとしていいのはおまえじゃないから! おまえがその救いを持っていくな! 違うから!」って(笑)。
どんな言葉を使えば、届いて欲しくない人に届かずに、届いてほしい人に届くのか。難しいですね。
『すべてはノートからはじまる』から始まる物語
⇒なんか、《「はじめに」と第1章》、《そして「結」である補章と「おわりに」》だけ読み返すのもありなのかもしれない(笑)
⇒まあでも、コアになるような ひと章というのはあるものなのだろうな。scrapbox本ならあの章、みたいな。
「男の子はどう生きるか?」JJからボーイズへの遺言|アルテイシアの熟女入門|アルテイシア - 幻冬舎plus
⇒ああ、あのセリフな。わかる。
https://honz.jp/articles/-/46108
たとえば経済的に成功者が多いのは内向的な人種である。人には最適な覚醒度があり、それぞれの個体で異なる。たとえば刺激に対して敏感な人は、最適な覚醒度が低いため強い刺激を避ける行動をとる。クラブやパチンコなど大きな音がする場所は苦手であり、図書館のように落ち着いた色調の静かな空間を好む。たくさんの人が集まるパーティーや、はじめての人との会話でもすぐに疲れてしまうのもこのタイプだ。
逆に覚醒度の高い外交的な人は、強い刺激を求める傾向にあるため、バンジージャンプや激辛ラーメンなどに挑戦する。極端に外向性指数が高くなると、覚醒度を引き上げるために死亡率の高いスカイフライングなどの刺激を求めるようになってくる。アメリカの人種別年収分布(2018年)によると、最も「内向的」である傾向のアジア系が8万7000ドル(約900万円)で、白人の6万6000ドル(約670万円)よりも30%以上上回っている。