2021/05/06-2021/05/14
#採掘場
『ヒューマン・ネットワーク』
《「スーパーボウルの結果をアメリカでいちばん遅く知るのは誰か」というゲームで、参加者は、その年のスーパーボウルでどのチームが優勝したのか情報がなるべく入らないように逃げまわり、自らを「情報から逃げる人」(ナレッジランナー)と呼ぶ。P97
《男性の場合、平均で一三八人のプロフィールを閲覧し、一二人に初回のコンタクトメッセージを送り、うち四人から返信を得ている。女性の場合は、七三人を閲覧し、六人にメッセージを送り、うち四人から返信を得る。つまり男性は初回メッセージの三分の一しか返信がないのに対し、女性は三分の二の返信を受けとっている。》P145
《ある調査結果によれば、一九九九年から二〇一一年のあいだにアメリカの製造業で失われた職のうち、中国からの輸入増加によるものは一〇パーセントから二〇パーセントの範囲にすぎず、大部分は、テクノロジーの変化によるものだった。》P182
《抽象的な概念が理解できるということは、人類を科学的、技術的に大きく進歩させたが、その一方で、私たちを疑いや迷信、分極化にさらしてもいるのだ。》P223
《それぞれが二、三人の友だちと話すことで、一人ひとりのもつ情報がすばやく広がり、数回の反復のあとでは、自分とは直接つながっていない多くの人たちからの情報を間接的に取りいれることになる。》P230
世論を変えたかったら、平時からコツコツと人気者に取り入って、自説をすり込むということをやっていかないとだめということかな。P232
手を洗ったかを忘れる
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『悪魔が教える 願いが叶う毒と薬』
薬理凶室
軽度のうつ病には転地療法がよく効き
青色のハイライト | 位置: 418 オプション
これは環境がガラっと変わることで、脳が情報を入れようとやっきになってあちこちが活発になるから。その結果うつなんていってらんねー! となるのです(
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20210506/1620288757
しかしそんな私にとって、脱オタは自己否定にも自己欺瞞にもならない。入試面接も嘘にはならない。もちろんそれらには疎外がないわけではないけれども、だからといって、それらが完全に疎外でしかないなどということはない。自分を偽っているという印象は皆無だ。私はどんな役割を演じる時も、結局私として役割を演じる。何を演じようがどんな規範やコードに従おうが、結局そこには私の人格、私の筆跡が宿っている。
⇒私の、「中心的自我というものがない気がする」という感覚と、小さな対称性を持っている気がする。まったく別人になれるわけは私もないけど、必要な人間的資質の「別人」であろうとはしていたと思うし、「自分の味わいで役割を演じる」という主観はなかったと思う。そういう個性は「出てしまうもの、残ってしまうもの」という認識だったのだと思う。
https://note.com/sasakitoshinao/n/nb17d9fe205c3
自分の中にあるインサイダーの秩序から、どう解き放たれるか。それこそがアウトサイダーの大きな課題であるというわけです。アウトサイダーにとっては、既成の道徳を守る自分が気にくわない。しかしその道徳をみずから破ってしまうと、どうなるか。精神は一瞬は解き放たれるかもしれないけれど、それは長続きしない。最終的には身体的な本能に埋没する、獣のような存在に墜ちてしまうしかないのです。福田恆存はこう書いてます。
「世間的常識を破るさいに用いられた勇気が、いまや本能に身をまかせる怠惰と化してしまう」
自由とは『意思の強烈さ』にほかならず、それが必ず現れるのは、生き抜こうとする意思を人間によびさます極限状況に置いてである」
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20210505/1620194868#fn-1fa44f8f
誰かや何かを罰すること・裁くこと・けなすこと・低く評価することに慣れてしまってもなお、他罰的にならず、内省的であり続けるのは簡単ではない。これまでのインターネットの風景を振り返るに、そうやって悪鬼羅刹になっていった人は多く、内省的であり続けた人は少なかった。この場合、メンションがファクトかフェイクかはたいした問題ではない。どれほど正しい批判や非難だったとしても、そういうことをたくさんメンションし続けること自体をひとつのリスクと考えるべきではないだろうか。
たとえば日常生活の社会活動やコミュニケーションが乏しく、意志の弱い状態にある人が悪くいうメンションが瘴気のようにたちこめるネットコミュニティを覗き続けていれば、
じゃあ、意志が強くて社会活動やコミュニケーションに恵まれている人なら大丈夫かといったら、それはわからない。そういう人だって一時的に意志が弱くなることはあり得るし、数か月ではなく数年~十数年といった長さで悪くいうメンションを凝視し続けていれば、多かれ少なかれの影響は受けるように思われるからだ。
https://togetter.com/li/1708577
下読み中。新しい法律ができて世の中が変わったのでこういう舞台設定です、という作品は「なぜそうなったのか」がだいたい不足している。作者の都合でそういう舞台にしたいという我がままを通すためには、そのための辻褄合わせが必要なのだが、もしかするとSFを読んだことがないのかもしれない。
下読み中。時代・歴史小説は体裁を整えればそれなりに見えるのでもしかすると自己満足に陥りやすいジャンルなのかもしれない。歴史的事実を書いただけで満足している作品が多いのですが、そこで生きたり死んだり笑ったり泣いたりする人間のほうには関心がないのだろうか。なぜ小説を書くの。
下読み中。冒険小説は単なるアクションの数珠繋ぎではなくて、関わる人間たちがそれぞれの命を賭けて意地を通す物語。彼らがなぜ身を張るのか。納得のいくような設定を準備できるかが肝だと思うのだけど、そこに無頓着な書き手が多いんだよなあ。そんなぺらぺらの舞台では役者は踏ん張れないんですよ。
下読み中。主人公にどういう属性を持たせるかということにもうちょっと心を配ってもらえないものか。特にアクション小説。必殺技と主人公が乖離しているものがあまりに多すぎる。眠狂四郎に円月殺法といった、これしかないという決め技を作るつもりがない人はアクション小説を書かないほうがいいよ。
https://togetter.com/li/1686497
https://togetter.com/li/1358200
「構成」って理解しやすいようにお話を組むことです。「演出」ってつまんない話を さも面白いかのように思わせることです。
漫画は「話と絵」じゃないです。「話と構成と演出と絵」。構成とは情報を出す順番です。演出とは漫画においては コマ割り 構図 効果 演技 です。演技の中で一番重要なのは表情です。
「どうやってアイデア出すんですか?」って質問されること多いんですが、連載してると毎週いいアイデアなんかでないんですよ。実際は「普通のアイデアを特別に面白いように仕立て上げている」んです。その「普通の事をさも面白いように仕立てる」技術が、「構成」と「演出」。
https://togetter.com/li/1652374
動物の屠殺、日本では戦局の悪化で本土空襲が始まってからの悲劇として語られるけど、かの国では開戦早々に「ペットの生存自粛」が大っぴらに論じられるようになったという話に各論ののっけからドン引きしてる。
特に動物愛護精神に篤いわけでもないのに………
……民主的な手法で誕生した合法的独裁権力云々言い出すなら、ヒ総統のドイツよりこっちのほうがよっぽど合致しているのではあるまいかなどと思った私は民主主義の徒なのであろうか()
米国も「戦時国債を買え」「肉だけでなくモツも食え」「車は相乗りで」とか戦時中はうるさかったと聞くが、英国の圧倒的過酷さ…。米国に「太平洋より欧州を優先しろ」と言うわけだ。/まあ日独ソはさらに苛烈だが。
https://chanto.jp.net/childcare/popular/236359/
なんの気もないセリフを悪意にとってしまっているということはあると思います。
でも、例えば上記のセリフに対して「子どもがいないなんてさみしいよね、私は子なしなんて考えられないな」「子どもいなくて楽で羨ましい」なんて返事を返してしまえば、たとえこれらのセリフを本音100%、悪気ゼロで発したのだととしても、世間一般常識的にはどう見てもアウト、意地の悪い古臭マウント台詞ということになってしまうわけで、
「子ありは子なしよりも強者である」という世間感覚に押されて、子あり女性はだんまりを決め込むしかなくなっているところもあるのではないでしょうか。
https://honz.jp/articles/-/45897
そもそも、中世の神学では、「寛容」とは極めて実利的なものだったそうだ。不寛容に徹した方がよさそうなものは徹底的に排除する一方、寛容に対処した方が実害が少なそうだとなったら寛容に対処する。寛容は、そうした「多数派・強者のための、統治の倫理」だった。
この寛容に対する態度もそうだが、カトリック神学には一種の「統治者のマナー」のようなものがあるようで、表向きは堅そうな装いを見せつつ、実際には融通無碍な扱いをしていたケースが多い。
この「融通無碍」を言論面で担い、「カトリック言論の便利屋さん」ともいうべき働きをしていたのが、あのトマス・アクイナス(1225~1274)だったらしい。著名な神学者だから抽象的な話でもしているのかと思いきや、金貸しや売春を正当化する論理を展開するなど、相当に生臭い。
トマスの論理の基本は「小さい悪によって大きな悪を防御する」である。例えば、売春を正当化する論理をざっくり言うと、「アンタ、売春を認めなかったら、姦通、近親姦、処女陵辱、獣姦、同性愛(!)が蔓延るでしょ。それに比べたら、売春婦とカネ出してやってるぐらい、『悪』の程度は低い。売春は悪だけど、それによって社会は安定するんだから、まあいいんじゃないの」。
https://anchor.fm/shinya-kita/episodes/100-e104usj
腕組みしない≒麻雀
本棚の整理はとりあえずの気逸らしに役立つ(役立った)
気圧のせい
注意のウロボロス≒ズームがはずれない
トライアンドキャッチ? エラーを吐くように