2020/09/01-2020/09/11
二番手が嫌い
ある種のカリスマ
Opera
一般的にはいくつくらい
「普通これくらい」というのが、言いにくい背景がある。特に専門家は言いにくいだろう。
例としては、ーーここではなんでもいいのだけどーー、例えば、ヒトの歯の本数。
「28本なのが一般的です」と言い切ってしまうと、親知らずが生えてきた人は異常があることになってしまう。「一般的には」という言葉自体が、ある種のポリティカルなアンコレクトを持ちつつありますし。
なので、「28〜32本くらい」というような言い方になります。
ここで私の話をすると、私の上顎は親知らずが生えて来ちゃってます。特に隣の歯と干渉したり、歯茎に斜めに生えたりもしなかったので、そのまま一番奥にあります。
ところが、下顎には親知らずがありません。「まだ生えてない」んではなく、その芽すら形成されてないらしいです。おや。
それどころか、奥歯の中で一番手前、犬歯のとなりの奥歯のところにも、永久歯の芽がなくて、乳歯のまま残っています。おや。だから、上と下の歯の本数が4本くらい違うことになりますね。
で、それを結構すらすら歯医者さんで聞いたので、専門家からするとそれほど珍しくもない事例なんでしょう。
とは言っても、専門家が「いろいろあります。多いことも少ないこともあります」的なことしか言わないでいると、「100本にもなる」「3本でも正常」みたいなデマが発生してこないとも限らない。
ベルカーブ、正規分布
⇒“インディーズエッセイスト”……、うめぇ、うますぎるw
finalventさんの、政治と生活のダークに関する一連のツイート
finalvent 2020/09/01 10:00
人の本性というのは、それがあるなら、「会計報告書」に現れる。 ヴェーバの『プロ倫』は、つい「倫理」や信仰で語られるけど、プロテスタントが会計報告書でお金を管理することで本性を規制・専心した、のがポイント。
finalvent 2020/09/01 09:56
別の言い方すると、「アベノ10万」の会計報告書、書けますか? 「そんなの書かなくたっていいだろう」は、なしね。当然のことだから。
finalvent 2020/09/01 09:29
「アベノ10万」について、「私たちの政党に預けてください。困窮者に届けます」と言う政党はなかったと思う。大衆のダークネスをまったく無視するほど純化できる野党はない。
finalvent 2020/09/01 09:26
この微妙な嘘に、安倍政権をこっそり支持する心性が含まれている。
finalvent 2020/09/01 09:25
大衆(あるいは大衆の原像)とはなんだろうと考えさせられる最近の例は「アベノ10万」。ほとんどの人がどう使ったか語らない。「当然だもっと寄越せ」という人は、無意識に不労所得の後ろめさがあるだろう。「生活費で消えちゃいましたよ」「貯金した」「そもそも減税でしょ」にも微妙に嘘がある。
finalvent 2020/09/01 09:15
安倍政権の安定は、倫理的なダークネスを安倍さんが攻防し、現実のダークネスを菅さんが攻防した。 菅さんの一輪ではうまくいかない。
finalvent 2020/09/01 09:13
ちなみに、生活にダークを抱えていると、野党的心性ではさらなる純化を声高に語り、排除に勤しむ。自身のダークネスを無意識に否定するため。 現実に女性レイプをしながら、理想社会を語る人々もいる。
finalvent 2020/09/01 09:10
他例で言えば、自民党のダークは汚れでこれに触れたものは汚れているから排除される。ちなみに、新型コロナも放射性物質も汚れなのでこの神聖純粋日本から除去しなければならない。幸い、covid-19 感染者については隔離せよの主張で済んでいる。
finalvent 2020/09/01 09:06
文学の例で言えば、野党の心性は、漱石『こころ』のK。
finalvent 2020/09/01 09:04
finalvent 2020/09/01 08:57
別の言い方すれば、自民党が上手にダークネスを押さえ込んでいれば、野党も安定する。 でも、「令和」という時代はもう、自民党的なものでダークな政治課題を押さえ込めなくなる。 で、どうなるか。現実のダークネスを無視すると、太平洋戦争末期の大本営のようなことが野党に起こる。
finalvent 2020/09/01 08:53
例えば、ユーミンは安倍夫妻とお付き合いがあってとか言わばご近所的な心性で、「だんなさん大変ねえ」くらいで言ったことが、すぐにイデオロギーの文脈に置かれて排除される。 ユーミンに十分な政治影響力があれば排除の意味もあるが、ないでしょ。
finalvent 2020/09/01 08:49
finalvent 2020/09/01 08:48
より正確に言えば、過激化した各種野党に、ダークな面も抱えて生きている生活者はついていけない、それでて自民党に消極的にダークを任せておけばいいから、表層的な無党派ができあがる。 この無党派は、自民党のダークが安定していれば野党的。野党が現実を離れれば自民党的になる。
finalvent 2020/09/01 08:44
ちなみに、野党が衰退しているのは、野党であれ政党維持の政治的基盤にダークな部分が介入せざるを得ないが、ここで自己撞着を起こす。 最近の例では、都知事選。
finalvent 2020/09/01 08:39
ちなみに、ネット右翼というのも、この構図では野党の部類。
finalvent 2020/09/01 08:39
野党支持者は個々の理想の純化のために排除を活発化する。これで結果的に自民党が肥る。
finalvent 2020/09/01 08:39
ところが、日本人はこのダークな部分を自民党に押し付け、現実政治に関わらない各種の理想を各種野党に押し付ける。野党は安心してダークな面を無視して理想を語る。というか、野党はそれが存在価値。
finalvent 2020/09/01 08:39
どの国でも現実の政治課題の解決には理想通りにいかないダークな部分がある。つまり理念と現実の妥協は正常な野党運営に含まれているはず。
finalvent 2020/09/01 08:39
日本で強い野党が生まれない理由は、僕の考えでは、日本人の二面性(欺瞞性)だと思う。
finalventさんの、欲望と道徳に関する一連のツイート
finalvent 2020/09/02 07:17
ある種の科学者や変態さんは、社会に害なく、自己の欲望のままに生きている。が、なんかあれは、違うだろという気もする。
finalvent 2020/09/02 07:16
もう一つ直感的に関連しそうなことだが、アイドルやイケメンにキャーキャー憧れる(欲望する)集団の所属意識が、「共欲望」とでもいうか、これは自分には汚辱に感じられる。
finalvent 2020/09/02 07:12
あとこれに関連するような気がするが、「正義をかざして他者の死を願う人々」は、そこそこ美女・イケメンのポートレートで現れる。
finalvent 2020/09/02 07:09
もしかすると、個の欲望の自覚は、多分に他者への欲望だが、抑制の臨界に背徳性があり、これを回避して、正義と欲望を連結させたとき、「他者の死を願う」心性が現れるのではなかろうか。
finalvent 2020/09/02 07:07
個の欲望の背徳性は、多分に、エロス性と関わる。バタイユではないが、あるいはジラール的にも、欲望は「他者」をその地点で介在させる本質があるか?
finalvent 2020/09/02 07:04
ある物が欲しいというとき、市場経済ではお値段がつく。お値段によって、欲望が抑制される。 ただ現在の私たちがお値段ゆえに抑制されている欲望の上限価格は意外に低そうだ。
finalvent 2020/09/02 07:02
その背徳性は、「正義をかざして他者の死を望む」欲望に似てる気がする。
finalvent 2020/09/02 07:00
個に目覚めるというのは、自己の欲望に目覚めることだろう。が、これは基本的に背徳的なものではないか。
finalvent 2020/09/02 06:59
例。「私は異性が好きではない(同性が好きでもない)」というときで、「うんたらなら好き」というなら、実は、欲望はない。
finalvent 2020/09/02 06:57
単純な例。「ケーキをお腹いっぱい食べたい」に、「でも太るからやめとこう」となるのは、なぜだろう。「太るのはいや」を欲望が突き抜けない。
finalvent 2020/09/02 06:54
「自分が何がしたいか、欲しいか」というとき、日本人の大半は、「人から好かれたい」「認めて欲しい」ではないか。 しかし、それって、個の欲望ではないし、そもそも個の欲望を抑圧する心理機構だよなあ。
finalvent 2020/09/02 06:42
自分が何欲しいか。何が好きか。意外にわからないことがある。
finalvent 2020/09/02 06:41
finalvent 2020/09/02 06:47
科学的な事実と市民倫理がうまく噛み合わないことがある。 いい例ではないが、女性特有の癌を予防するには、不特定多数の男性との性交を避け、20代で出産し母乳で育てる……これは医学的に裏はあるが、市民倫理にはならない。ただどこかに社会全体利益に均衡点のようなものはありそう。
母のことは相変わらずしょーもない奴だなと思っているが、しょーもない割には頑張って生きているし、しょーもない奴なのにこんな頑固な娘を育てることになってさぞ災難だったろうな、という同情心から優しく出来るようになったし、いいところもそれなりに見つけられるようになった。
「世間」に生きている日本人は、一般的に変化を嫌い、大きなものに頼ります。それを「所与性」と呼ぶと、僕は何度か原稿に書いています。 とりあえず、「大きなもの」に頼っていればいいんだという感覚です。 この人は自分の味方なのか敵なのか
「自我」というより「集団我」です。 仲間とか集団の決定を自分のアイデンティティーにするという傾向です。 「世間」つまり身内なら、少々おかしなことを言っていても「間違うこともあるよ、人間だもの」と許し、論理的に正しいことを言っていても「社会」つまり敵だと思ったら「人間は理屈だけで動くんじゃないんだよ。情だよ情」と反発する、ということです。 相手の発言内容ではなく、味方か敵かが一番大事なことなのです。 世田谷区がPCR検査を保育士や介護士2万人に無料で実施するという決定をどう考えるのか。意味があるのかないのか。子供を保育園に通わせている人とそうでない人では判断が分かれるかもしれません。 「GO TOトラベル」に東京を追加する動きをどう思うのか。 今まで「世間」の判断に任せて来た人は、どこかに正解があると思いがちですが、私達は未曾有の事態に直面しているのです。誰にも絶対の正解なんて分からないのです。 「世間」ではなく、自分の頭で考えることがコロナ禍を生き延びる道ではないかと僕は思っているのです。 何が正しいと思うか、自分の頭で考えること
⇒「自分の頭で考える」って言葉が私はすでに嫌いなんだけど。言う人は投げっぱなしでもあるし、自分で判断した結果あんなになるんじゃ、パターナリズムのほうがマシだな、みたいな部分もある。 日本の同調圧力もアレだが、ドイツのデモなんかも実に実にアレだ。 ⇒ただ、ここにある「トレーニング問題」を見て思うのは、「ほら、よく言われてる、『社会の、正解のない問題』だよ」「それなのに、つい『こっちが、正義』って思ってない?」というメッセージが聞こえること。 ⇒考えた結果の不安を、「集団我」に預けないこと。自分が、「考えた結果、自分の仮説だから、今は“間違いの側”にいるかもしれない」という自覚でもって、社会を見ること。
インターネットが好きでたまらない人のなかに、「身体的なコミュニケーションやFace to Faceなコミュニケーションなど要らない、ないほうが快適に決まっている」と述べる剛の者がいるのは私も知っている。が、そういう人はネットでは目立っても世間では目立たない少数派だ。
書店に行って売れ筋ランキングの上位本をリストアップしますか。それともISBNを乱数発生させてランダムに本を選びますか。
しかし、その本を読んだことがないからこそその本を読むわけですから、これはもう避けがたい事態だと言えるでしょう。本を読むことは、一種の賭けなのです。
そういうスポ根ノリは私は嫌いではありませんが、
たとえば、お金の不安があると、それを口にしてしまいます。すると、それを聞いた妻が、私の数倍も心配性のため、まったく異なるテーマについて、私に怒りをぶつけてきます。
どうしてそういうことになってしまうのか。私にはわかるようで、わかってもどうにかできる性質ではなかったため、自分の問題を「タスクシュート」に預けてしまうことが多かったのです。
つまり、「妻の機嫌をとるタスク」を追加してみたり、「妻にもっといい生活がさせてあげられるように、より多くの仕事を増やすタスク」を追加してみたり、さらには「妻の怒りをすべて記録しておき、それらの事態を未然に防ぐためのプロジェクト」を作成してみたりしたのです。
だいたいこのような戦略では、私がバカみたいに忙しくなるだけです。
しかし、うすうす感づいていたことながら、このような方針を進めれば進めるほど、ますます妻の機嫌は悪化していくのでした。
トラブルを未然に防ぎたいというのは、トラブルの起きるのが怖いということです。
この怖さを、こともあろうに「人に」見ていたのですから、そう認識される人が不愉快なのはとうぜんです。私がうすうす感づいていたのはそのことです。
生物とは1つの「穴」であり、その穴を埋めるのが生きるということだと、私は思っていたのです。胃というのは象徴的な「穴」であり、空になれば空腹になるので、それを飲食で満たしてやる必要がある。
⇒外見、能力、可能性。
若い頃のナルシシズムには天井がないというか、自分には可能性があるとか、何者かになれる余地があるとか、まあなんでも適当に夢想できた。夢があれば、自分を過大評価することも、自分を騙すことも難しくはない。 ④自己評価が高い×自己肯定感が低い
根本的には「自分は優秀でなくてはならない」という、過剰な自分への要求、思い込みがある。
このような傾向は「無価値な自分は優秀でなければ・いい人間でなければ生きていてはいけない」といった罪悪感によるものであり、つまり根本にあるのは「生きていてごめんなさい」だ。
右翼は、不良学生や在日の互助組織だった。イデオロギーの代わりに男気。
⇒つまり逆に、左翼は “男気の代わりにイデオロギー” による、相互承認や共同体。
ある種の美意識とか、インテリ的・知的の権威性による序列とかだろうか。
⇒例えば、私は、「怒りを安易に発散しない」みたいなことを教条として、自分の周りにクラスターを形成しているのだと思う。人間を一分子として考えるとしたら。
⇒右翼だと、「憲法改正!」とか言い続けないといけない、みたいなのがあるだろうか。
まあ一般論として、「青春」とCOVID19の感染対策はめちゃくちゃ相性が悪い。ほぼまっすぐに矛盾している。 ⇒出会ったり、叫んだり。
⇒ドラマの絵作りとかもな
そりゃ理不尽な厳しさなんて選手からしたら無い方が良いですけど、残念ながら今の日本だと理不尽な厳しさあるチームの方が強い事多いじゃないですか。僕はやるからには勝ちたいんで、合理的だけど勝てないチームより、理不尽でも非合理的でも勝てるチームに属したいです。という選手の言葉は深いよな。 何だろ、あんま自分の意思で決めたことがない気がするw
「職業を選んだ理由」って大検だったから社会的信用がありそうな金融が良かっただけだし。そんな安直な理由だし。ただ退屈とは程遠いからよかったなとは思うけど。こんなの運だしなあ。いつも流されるままに生きてる感じは否めないw
「制限のある中で与えられたもの」で満足して感謝して。だからあんま野心とかなくって。目の前にあるものを精一杯やるだけ。だからそんなには不平不満が出ないんだよな〜。そりゃ疲れたとか人間関係の辛さって普通にあるけど。 結局「好き」なのかな。どんなことやらされても楽しい。
「これが出来る自分だったらさらに楽しいだろうな」ってそれだけだけど。
意識低いから、大きな夢とかじゃ全然ないけどw
叶った日のことを思うとちょっとドキドキする(๑˃̵ᴗ˂̵)
文章にしろ絵にしろ『ちょっとの練習』と『めちゃ楽しんで練習度外視でガリガリやる時間』が毎日必要になるので、「あの神絵師が学生!?その若さで!?」みたいなのたまに見かけるけど、社畜よりはそりゃ若くて体力も時間もある学生の方がスタートダッシュは決めやすいよ
パパ活、まあ良くないことなのかも知らんけどさ、若くて可愛い女の子が、ちょっと一回やってみよってやって食事とかだけで何万も貰えたらそりゃやるわ。8時間も拘束されて嫌な思いして手取り15万とかあほらしすぎるだろ。まあ個人でやっててリスクはあるけどさ。何正義感振りかざしてんだよと思う
父は、母ほど私に直接ダメージを与える毒持ちではありませんでした。
しかし基本的に自分の言うことは何一つ間違っていないという考えの持ち主で、父の毒は主に母に向かっていました。母は、父から受けたストレスを「私に父の悪口を聞かせまくる」という形で発散していたので、結果的に私が毒を浴びる形となっていました。
この「母親が娘に父親の悪口を吹き込む」も、毒母あるあるだと思います。あとね、「娘を褒めるときは“さすがママの子”、悪いところをけなすときは“パパに似たのね”って言う」。これ絶対あるあるだと思います。
毒親とは縁のない人生を歩んできた人と、親との関係性について話をするとき、「そんなに嫌なら実家に近寄らなきゃいいんじゃん」というようなことを、全く悪気なく言われることがあります。健全な親子関係を築いている人にとっては、きっと簡単なことなのだと思います。
私は彼と結婚する前、実家から二駅しか離れていないとはいえ、一応ひとり暮らしをしていたので親と会わずに生活することは可能でした。しかし実際のところ、必ず週に2~3回は実家に帰ってご飯を食べたり、母と連れ立って買い物に行ったりして、その度に頭痛と吐き気で起き上がれなくなったりしていました。
親に呼び出されても本当は行きたくない、顔も見たくなければ声も聞きたくない、でも一回断っても絶対にゴネられて、ラリーが続くとゴネからのブチギレになって、また泣かれて、それを宥めて、思ってもないことをたくさん言って、母の気が治まるまで付き合わないといけない。それが分かっているからこそ、母からの誘いのLINEに死んだ目で「行くー」と返事をしてしまうのです。吐き気をこらえながら、楽しそうなスタンプまで押して。