2019/12/02-2019/12/08
マイナス検索とかできるようになると、 #採掘場 タグの効果がさらに増すよなぁ。 「反抗的かつ遅効性」は、なんだろうか?
⇒不動
⇒手のひら返し
⇒飽き性
私は、心では不動でありたくて、実際には[天邪鬼→一周遅れ]を一つの対象に時間差でやってしまうところがある。
・友だちいなくてもやれましたよ
・ちゃんと今でもうらやましいし、憧れます
ゆり
・外面だけはいいんです
・こうしてネットにいます。文字を書いたりして、交信しています。
「健康管理をしっかりしようよ」
おはよう世界
ページタイトルに『』を付けていないので、ここは『Dr.STONE』アニメ版の第1期OPのことではない。(←あいまいさ回避)
「ただいま自分」作成舞台裏
言い訳が多くなってリズムが悪くなりそうだったので、心象風景だけを独立させて切り出しました。
これだけやっても、視力はほとんど落ちない。たぶん、生まれつき遠視ぎみなので、近視になりにくいんだと思う。
まあ、そんなこと言ったって、ホルモンの周日リズムとか怖くはあるので、iPhoneの「夜になると画面が茶色っぽくなる機能」はオンにしているし、画面の輝度もぐっと下げるようにして使う。
子供の方が、「目が悪くなるよ?」と注意して(気づかって)くれる状況。
にもかかわらず、そうそう悪くならないんだな、これが。
ブラウンはさらに踏み込んで、そもそも今日のホモ・エコノミクスほど徹底的に新自由主義的となった個人は、もう「関心」というものを持たないかもしれない、とも述べている。企業化・法人化してしまった個人に、ほんとうに「心」などというものは必要だろうか? 本の高価格化(それは大量生産・大量消費の時代が終わったことの反映でもある)は、いっそう進むだろう。20世紀は「大衆」という人々のあり方の上に、厚みのある社会的な中間層が形成された時代であり、リベラル・デモクラシーはその中間層によって支えられていた。本のニッチ化や高価格化は、社会における中間層の崩壊の反映ともいえるし、「社会に影響を与える」ことでそれを促してしまうともいえる。 ⇒物理的な本屋がなくなっても、新聞の下半分の「本の広告」がなくなっても、もう私個人の趣味や行動にはほとんど影響をあたえないだろう。
でも、他の人たちや次の世代にはどうなのか。
楽しいことを、ストレスが解消されるようなことをするためには、その前にストレスが発生することもままあります。 旅行にいくにしても、それを実現するためには負担がかかりますし、本を読むにもストレスが感じられるときだってあります。楽であることも計画的に、計算して導入しなければいけないのだなということが、すぐにわかりました。