2019/08/11-2019/08/12
ヒューリスティック
リスクが低いと聞くと、メリットも大きいとイメージしてしまう
ベルトをズボンの内側に巻く
さて、何の変哲もない、この写真のベルト。
メッシュ式で、穴の位置にかかわらずどこでも止められるベルト ×1本
ショルダーバッグなどのハーネス(肩かけ紐)が肩に食い込んで痛くなるのを防ぐための肩パッド ×2個
でできている。
もちろん、こんな極太がベルトループに通るわけもなく、これは
・文化系優越感ゲーム
人文分野やサブカルチャー分野の多くの人は、こちらの形式をとる。文化系優越感ゲームにおいては、知識の有無や集めたコレクションの優劣、消費ガジェットのセンスなどが優劣の判断基準となりやすい。 具体例を挙げるなら、「アップル社のパソコンを使っている俺様は、感度が高い」とか「○○を読んでいる俺様は、そこらのライフハック書を読んでいる連中よりもハイセンス」などだろうか。 ・体育会系優越感ゲーム
体育分野や実績主義な世界では、こちらの優越感ゲームになりやすい。対戦格闘ゲーム界隈などのように、オタク分野でもこちらの形式をとることがある。知識の有無や消費センスはあまり忖度されず、実行力が優劣の判断基準となる。 具体例を挙げるなら、「○○高校でレギュラーを取っている俺様は優秀」「この超絶弾幕を避けきれる俺様は、プレイヤーとして優れている」などだろうか。
自分が優越感ゲームが優越感ゲームに浸っている時、あるいは他人の優越感ゲームを目前にした時、ここでいう文化系/体育会系のどちらの優越感ゲームにニュアンスが近いのか立ち止まって考えてみると、気付くことがあるかもしれない。色んなこともあるかもしれない。 自分の能力や価値観が評価されることのない状況で汲々としている人も、iPodさえ用いれば「お前らには俺のこういう音楽を理解することができないんだろうな」と優越感に浸りながら自分の世界に没頭できる、というわけだ。自分自身が評価されない状況、自分自身の文化的バックボーンに理解を示してもらえない状況において、iPodは密やかな優越の世界を脳内に作り出すツールとして用いることができる。 だがこうした手ごろな優越感ゲームも、テクノロジーと文化爛熟のお蔭様であることを思い出し、せいぜい感謝しておくのが適当だろう。誰もが同じ音楽を聴いていた時代・音楽や文化の選択肢がまだまだ少なかった時代にはこんな真似は難しかったし、iPodのようなツールがなければ職場や学校で独り優越感ゲームに耽るのも難しくなってしまうことだろう。
なぜなら、コミュ力に関して求められているのは、ユニークで独創性の高い身振りではなく、わかりやすく誰もが理解できる身振りだからだ。コミュ力の優劣の次元では、個性なんてものは必ずしも必要ない。いや、時には邪魔ですらある。
それを間接的に証明しているようにみえるのが、“コミュ力に心血の大半を費やして、過剰適応の挙句にメンタルヘルスをこじらせてしまった人達”だ。どちらかといえば女性に多いこのタイプの人達は、コミュ力に心血を注ぎすぎて神経を参らせているだけでなく、「何の為にこんなことしてるんだろう?」「コミュ力以外は空っぽの私」といった実存的・アイデンティティ的な苦痛にしばしば苛まれている。ルックスも身のこなしも抜群の