欲求(マズロー)は、階段を上るのではなく、バランスを分散させる
欲求(マズロー)は、階段を上るのではなく、バランスを分散させる
てのは、有用なアドバイスだ。
確かに、所属欲求は、承認欲求に比べて双方向性の肯定ストロークをこちらから発しないといけないし、束縛も発生する。
でも、「何者にもなれない」「大したことのない」自分が、社会の中でどう充足して生きていくかという課題に答えるものだし、
「Takerの自分がどうGiverになっていくか」というイニシエーションの課題としてもちょうどいいサイズのものという気がする。
反面、ある日、なんらかの理由でインターネットにアクセスできなくなったり、承認欲求を充たすための材料が無くなったりした場合、かなり困ってしまうのではないだろうか。
私は、モノも人間関係も、ある程度は減らしたほうが生きやすくかろうとは思う反面、少なすぎてもいけないのではないか、とも思っている。
そんな境遇になった時、承認欲求しか眼中になく、自分自身が褒められたり評価されたりすることだけをモチベーション源にしていては、自分自身の伸びしろの限界に直面するばかりです。 所属欲求を敬遠してきた者は、スキルアップのためのモチベーション源を、専ら承認欲求に依存せざるを得ません。 優秀さに囚われている人などは、そこらへんを上司や同僚に察知されてしまい、難しい課題を処理するポジションに、良いように転がされてしまう危険性が高くなる。「絶対に認められたい」というこだわりは、見える人には手に取るように見えるので、付けこまれる隙となる。 金銭欲や栄達欲しか見ていない人には、一見、無駄にみえたりコストパフォーマンスが悪かったりする付き合いや趣味の世界が、「ここで認められないと詰む」を軽減させるためのバッファとして、あるいは自己評価のリスクヘッジ先として有効に機能している人はたくさんいる。