手段の目的化は、いつでも悪いのか
好きなことをやって、大きな目標に向かっていても、その中の一つ一つの作業には苦手なこともあったりする。それをやらなきゃいかないってときには、
その「『苦手』『嫌い』の中に、さらに小さな『楽しめる』『好き』な部分を探す」ということをすることになる。
「そんなことをできるオレ、プロフェッショナル!」
教会の建設現場でレンガを積んでいる2人の男に「あなたは何をしているのか」と聞いた。
Aさんは「レンガを積んでいる」と答えた。
Bさんは「教会をつくっている」と答えた。
一般的には、この話のオチは「Bさんのほうが目的を持って仕事をしているので偉い」ということになります。 しかし私は、Bさんは手が止まってしまう危険性が高いと思っています。 (位置: 346)
たとえば、「最近部屋の掃除もできないほど、気力が落ち込んでいる。きっと大きな目標がないからに違いない。カンボジアに学校を作ろう!」などと突飛なことを言いだすことになるのです。 (位置: 885)
これはもちろん、駄目な例を戯画化して書いているけど、タスクの上位目標を探り直すというのは、モチベーションの管理方法としては基礎的なものだとは思う。 他にも、上位目的を知っていることで、対立する勢力の目的と合意を締結できる可能性が高まるというメリットもある。